85 すべてを投げ打たねば、ヤツには勝てない
85 すべてを投げ打たねば、ヤツには勝てない
『王立開拓学園』の敷地内にある時計台が、午前中の授業の終わりを知らせる鐘の音を響かせる。
その頃、ネコドランとイエスマンは学園の中庭にいた。
中庭の中央には、この学園の初代校長と教頭を模した像、つまりふたりの像がある。
その像は噴水になっていて、ふたりは満面の笑顔で口から水を放出していた。
噴水の周囲は特別製のベンチになっていて、『最上級クラス以外、着席禁止!』と立て札がある。
そこは、この学園にいくつかある、選ばれし者の憩いの場のひとつとされていた。
ネコドランとイエスマンは、すっかりやつれた表情で、像を見上げている。
「はぁ……。来月の頭にはきっと、この像も解体されてしまうのである……」
「像がなくなると同時に……わたくしどももこの学校から、いなくなっているんざますね……」
「我輩たちの像のまわりは、金の卵から生まれた、黄金のヒヨコたちの憩いの場だったのである……。
昼休みともなると、いつも黄金のヒヨコたちの笑顔で溢れていたのである……」
「そうざますね……。せめて初代教頭として、わたくしめの像だけでも残しておけないか、頼んでみるざます……。
それが、生徒たちへの最後の置き土産に……」
ふと、ふたりの後ろを生徒たちが通りかかり、ヒソヒソ声が聞こえてきた。
「おい、あの呪いの像に誰か座ってるぞ!」
「うわぁ、あそこに座るとマヌケさが伝染るって噂なのに!」
「しかもランクダウンが止まらなくなるんだろ!? あのハゲとザマスみたいに!」
「って、あそこに座ってるの、もしかして本人じゃね!?」
「うわっ、本当だ! さっさと行こうぜ! 本人までいるってことは、呪いが倍増してるに違いない!」
「クサっ! 負け犬の匂いが漂ってきた!
どうりでベンチどころか、まわりにも誰もいないわけだ!」
逃げるように去っていく生徒たちの足音。
ふたりの頬に、ホロリと涙がこぼれた。
「うっ……ううっ……。なんで、なんでこんなことになってしまったんであるか……。
ほんの数日前までは、生徒たちはみんな我輩のことを、父親以上に尊敬してくれていたというのに……」
「まったくざます……。このままではわたくしめまで、加齢臭のオヤジといっしょくたにされて、この学園の黒歴史となってしまうざます……」
「でも、もうどうしようもないのである……。新しい校長が来るまで、あと10日……」
「それまでに元の立場を取り戻すなんて、このハゲをフサフサにしろと言われるのと同じくらい、無理な話ざます……!」
「「うっ……うおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーんっ!」」
もはや人目もはばからず、抱き合っておいおいと泣くネコドランとイエスマン。
そこにまたしても、背後から足音が近づいてきた。
「あきらめるのはまだ早いですよ」
振り向いた先にいた人物に、思わずハモる。
「「ヴァイスくんっ!?」」
「僕に、考えがあります。おふたりを、元の立場に戻してさしあげられる、とっておきの秘策が、ね」
「「な、なんとっ!?」」
ふたりはさっそく食いついた。
「そ、それは、本当なのであるか!? 我輩たちが学園を追い出されるまで、もう2週間もないのであるぞ!?」
「はい。賢者であるこの僕にかかれば、不可能などありません。
しかし、おふたりにはそれ相応の犠牲を払っていただく必要があります」
「この学園に残って教頭を続けられるのであれば、なんでもするざます!」
「我輩は、それ以上の気持ちなのである! 命すらも賭けてみせるのである!」
「良いでしょう。それでは教育委員会の使者が帰ったあとで、『転移の魔法陣』を封印してください」
「なっ、なんと!? そんなことをしたら、この学園は陸の孤島になってしまうのである!」
「そうです。これからすることを外部に気付かれてしまったら、邪魔が入るかもしれません。
しかし『転移の魔法陣』が使えなければ、外部からは1週間は手出しができません。
そして内部の生徒たちを封じ込めるために、『非常事態宣言』を発令し、居住区からの外出を禁止してください」
「戦争や疫病でもないのに、『非常事態宣言』ざますか!?」
「いいえ、これは我々にとっての戦争であり、敵は疫病と同じくらい悪質です。
そのくらいしないと、完全に抹殺することはできません」
ヴァイスの口からあまりにも物騒な言葉が飛び出したので、コンビは「「ま、抹殺!?」」とまたハモる。
「そうまでして、キミはいったいなにを抹殺しようというのであるか!?」
「あっ!? ま、まさか……!」
「そう、レオピンです……!
おふたりも気付いているのではないですか?
おふたりのすることがなにもかもうまくいかないのは、おふたりのせいではないのです。
すべては、あのゴミのせい……! あの疫病のようなヤツが、足を引っ張っているせいなのです……!」
人は苦い真実よりも、甘くやさしいウソに耳を傾ける。
それは人間の本質であり、いまこの場にいる彼らは、そのように育てられてきた。
レオピンに対する荒唐無稽なデマが、まことしやかに広がっていることからも明らかだろう。
それは、まだ精神的に未熟な学生たちだけでなく、大人たちも変わりはない。
かつての校長と教頭は、邪教の悟りを開いたかのように、瞳孔が開きっぱなしになる。
「そうか、そうだったのである! 順調だった我輩の人生が急におかしくなったのは、あのゴミのせいなのである!」
「イエス! 確かにそうざます! そう考えると、すべてつじつまが合うざます!」
「ならば、我輩の残された権力をフル活用して、『非常事態宣言』を発令するのである!」
「イエス! それではわたくしめが、『転移の魔法陣』の封印をやるざます!」
ヴァイスはふたりの心をコロコロと弄ぶかのように、手のひらを揺らす。
四角いレンズの奥の瞳が、ひときわ妖しくギラリと輝いた。
「それだけではありません。疫病を撲滅させるためには、さらなる力が必要なのです。
『金』という名の力が。
おふたりは役職を追われているので、学園の資金はもう自由には使えないのですよね?」
「それなら問題ないのである! 生徒たちから集めたスレイブチケットを隠してあるのである!
それを換金すれば、ひと財産になるのである!
それでも足りなければ、貯金をはたいてもいいのである!」
「イエス! こうなったら、わたくしめの坊やのために貯めておいた、裏口入学預金も投入するざます!」
「いいえ、それだけでは足りないのです。
おふたりは、校長と教頭に就任された際に、国からの優遇を受けて王都に屋敷を構えましたよね?
それを売って、さらなる軍資金を作るのです……!」
「「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
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