72 素顔のオネスコ
72 素顔のオネスコ
オネスコは両手ですくいあげるように、宝石の原石を受け取った。
そして、歓喜と困惑が入り交じったような悲鳴をあげる。
「えっ!? ええっ!? えええっ!? なんで、どうして!?
私が朝からいくらやっても取れなかったものを、どうしてこんなに簡単に!?
どうしてどうしてどうしてっ!? どうしてぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~っ!?!?」
まるで絶対に手の届かなかったお星様が、手のひらにある幼い少女みたいに大興奮。
「そんなに喜んでもらえたのなら、よかったよ」
オネスコはパッと顔をあげ、キラキラした瞳で俺を見上げた。
「う、嬉しいなんてもんじゃないわ! ずっと宝石が欲しかったの!
れ、レオピンくん! あ、ありが……!」
ふと口から飛び出しそうになった言葉にハッとなり、彼女はパッと口を押える。
そして、オホンと咳払いすると、
「い、いちおう……お礼を言っておくわ」
俺は素朴な疑問を口にする。
「さっき『ありがとう』って言いかけてなかったか?」
するとオネスコは「とんでもない!」とばかりに目を吊り上げた。
「いっ、言うわけないでしょ!
その言葉は私の騎士一族にとって、最大級の感謝を表すのよ!
それは口づけとともになされ、その人のためなら命をも捧げるという、騎士の盟約なの!
そう軽々しく、口にできるものではないのよっ!」
「そうか、なんだか大変だな」
「ピキィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
俺たちの間に、耳をつんざくような絶叫が割り込んでくる。
閃光のような輝きに、一瞬目がくらむ。
俺の両手を広げたよりも大きい翼を持つ、白い巨鳥が突っ込んできて、オネスコに襲いかかっていた。
鳥はオネスコの髪をクチバシでついばんで引っ張り、手を趾で引っ掻きまわしたあと、飛び去っていく。
後ろ脚で蹴られたオネスコが「きゃあっ!?」と倒れかけたところを、俺は手を伸ばして抱き寄せる。
オネスコは俺の腕のなかで青くなっていた。
「ああっ、宝石が無いっ!? あの鳥に、取られちゃったんだわ! ま……待ちなさいっ!」
オネスコは飛び出していこうとしたが、俺は彼女の肩を抱いたまま離さない。
「は、離して、レオピンくん!」
「落ち着け、オネスコ。相手は空を飛んでるんだ。ここからじゃ届かないよ」
オネスコはすっかり取り乱していた。
「な、なんでそんなに落ち着いてるの!? 大切な宝石を取られちゃったのよ!?
せっかく手に入れたのに、あきらめるなんてできないっ! あれがないと、私、私っ……!」
「だから落ち着けって、俺もあきらめちゃいないよ。
ただ俺たちじゃ、手が届かないって言っただけだ」
「えっ?」とキョトンとするオネスコ。
「それって、どういうこと……?」
「小さな穴の奥にある、宝石と同じってことだ。
俺たちで無理なら、得意な仲間に頼めばいい。ほら」
俺は飛び去っていく鳥を指さす。
オネスコが見上げた瞬間、
……シュバッ……!
高い木から、黒い影が踊った。
それは、猫科の動物特有のしなやかなシルエット。
もし俺がスポーツ用品の店を作ったとしたら、その店のロゴとして採用していたかもしれない。
そう、俺はオネスコが鳥に襲われている最中、影のように後ろに控えていたトムに命じて、木の上に登らせていたんだ。
鳥を討ち漏らしたときのバックアッププランとして。
トムと鳥は空中で激しくもつれ合う。
白と黒の生き物が絡み合うその様は、東の国に伝わる陰陽の印のようだった。
鳥は懸命に趾でトムを蹴り落とそうとしていたが、トムの噛みつきが鳥の首筋を捉えたところで、勝負はついた。
トムは鳥をクッションにするみたいに下にして、ドシャッ! と着地。
取り戻した原石を咥えて、トコトコ戻ってくる。
オネスコはビックリ仰天。
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
さっきまであんなに俺から離れようとしていたのに、ひしっとしがみついてきた。
「くっ、くくくくっ、黒豹っ!?」
「大丈夫だ、アイツは俺のペットさ」
「う、うそっ!?」と瞳孔が開きっぱなしの目を向けてくるオネスコ。
「モナカ様からお話を伺ったときは、てっきり大きめ猫ちゃんか何かだと思ってたのに……!
ま、まさか、本物だったなんて……!」
やれやれ、オネスコまで男子生徒と同レベルの認識だったとは。
「ほら、トムが返したがってるぞ、宝石を受け取れ」
オネスコは「う……うん……」とおっかなびっくりで手を出す。
その手のひらに、トムがポトリと宝石を落とすと、たまらない様子で身をよじらせていた。
「かっ……かわいいいーーーっ! ああんっ、なんてかわいのっ!?」
オネスコがトムを撫でると、トム服従のポーズのようにゴロンと横になる。
オネスコは「キャーッ!」と黄色い悲鳴をあげ、宝石そっちのけでトムのお腹を撫でまくっていた。
「あああっ! 猫ちゃん猫ちゃん猫ちゃん! 大きい猫ちゃん!
レオピンくん、この猫ちゃん、なんていうお名前なの!?」
「トムだよ」
「あああーーーんっ! トムくんトムくんトムくん!
かわいいかわいいかわいいっ、かわいいいーーーーーーーーーんっ!」
オネスコは絵に描いたような優等生で、いつも吊り目でキリッとした表情をしている。
近寄りがたいオーラを出しまくっているのだが、いまの彼女は別人のよう。
いや、年相応の女子高生のようにキャピキャピしていた。
オネスコがトムとじゃれあっている間に、俺はトムが倒してくれた鳥のドロップアイテムを回収する。
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グリフォンバードの砂肝
個数1
品質レベル5(素材レベル5)
淡泊でコリコリした食感のある鳥の内臓。
食用のほかに、錬金術の素材としても用いられる。
グリフォンバードの風切羽
個数1
品質レベル22(素材レベル22)
グリフォンバードの羽根のなかで希少とされる風切羽。
光の当たる角度によって、白色、水色、銀色に変色する。
秘められた魔力により、羽根かざりにすると特殊効果が得られる。
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「おおっ、やった! アケミからの依頼品がまたひとつ揃った!
それに、加工しがいのありそうなレアアイテムまで手に入ったぞ!」