71 ふたつの宝石
71 ふたつの宝石
池から這い上がった男子生徒たちは、「覚えてろよ!」と捨て台詞を吐き、濡れネズミのように逃げ去っていった。
それでようやく、あたりは静けさを取り戻す。
「これで落ち着いて地図が書けるな」
俺は池のそばにあった岩に腰掛け、クリップボードの地図を仕上げた。
「自宅から池までの地図はこれで完成だ。
最終的にこれを繋ぎ合わせれば、森の全体がわかるって寸法だ」
クリップボードに新しいビラを差し込み、あたりを見回す。
「さらに奥のほうに行ってみるとするか、たしかこの先は、コトネと初めて会った場所だ」
もしかしたらコトネがいるかなと思ったりもしたが、いなかった。
かわりに、モナカの付き人のオネスコがいる。
オネスコは岩の隙間に手を突っ込んで、しかめっ面でうんうん唸っていた。
「なにしてるんだ?」と声をかけると、眉間のシワがより一層深くなる。
片手を突っ込んだまま、空いているほうの手で、ビシッと指さしてきた。
「レオピンくん、あなた、最低ね!
幼なじみだったことを良いことに、幼いモナカ様に、あんなことやこんなことをするだなんて!」
「あんなことやこんなことってなんだよ」
「そっ、そんなふしだらなこと、私の口から言えるわけがないでしょう!
少しは見直したけど、見損なったわ! 覚悟なさい!」
「いったいなにをするつもりなんだ?」
「いまからこの私が、教育的指導を……! ……ぬぐぐぐっ!」
オネスコは立ち上がろうとしたが、片手が岩の隙間から抜けないようだった。
俺は溜息をつく。
「はぁ、何でそうなったかは知らんが、最初に見つけたのが俺でよかったな」
「どういう意味よ!? さては、私が動けないことをいいことに、モナカ様と同じようなことを……!?」
「違うよ。モンスターに見つかったら大変だったってことだ。ちょっと待ってろ」
俺はあたりを見回す。
ちょうどおあつらえむきに、岩のそばに探していた実がなっていた。
房状の緑の実のひとつをちぎり、皮をはがす。
中から『ウォールナッツ』にそっくりの実が出てきた。
それをふたつほど持って、手の中で握り潰す。
粉々になった実を、コートのポケットから取りだした木のコップに移した。
「いったい、なにをしてるの……?」と不安そうなオネスコ。
「まあ、見てろって」とお決まりのセリフとともに、俺はクラフトを続ける。
コートのポケットから出した革水筒の水を、木のコップにトクトク注ぐ。
あとは指で軽くかき混ぜれば完成だ。
俺はコップの中の液体を、そのままバシャッと岩の隙間にめがけてぶちまけた。
そこにはオネスコの腕があったので、当然びしょ濡れになる。
「きゃっ!? な、なにするの……っ、あららっ!?」
オネスコの腕はスポッと抜け、勢いあまってどっしんと尻もちをついていた。
そして抜けたばかりの手を、奇跡のように見つめる。
「えっ……えええっ!? 朝に嵌まっちゃって、今の今までなにをやっても抜けなかったのに……!?
救難信号を打ち上げようとまで思ったのに!? それを、なんの力も使わずに、ほんの一瞬で!?
えっえっえっ、ええええええええええーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
オネスコはぺたんと女の子座りをしたまま、信じられないような上目を向けてきた。
「い……いったい、なにをやったの!? その実は、その液体は、いったいなに!? まさか、幻覚を見せる薬!?」
俺はコップにわずかに残った白い液体を見ながら答える。
「ああ、さっきの実は『アライミ』といって、細かく砕いて水と混ぜ合わせると、洗剤みたいになるんだ」
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アライミの洗剤
個数1
品質レベル6(素材レベル2+器用ボーナス4)
アライミを水で溶いたもの。
汚れ落としの効果のほかに、滑りをよくする効果がある。
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俺の説明を聞いても、オネスコはまだ半信半疑だった。
「う、うそ……。そんな魔法みたいな実があるだなんて……」
そしてふと、俺をちろりと見やると、
「……いちおう、助けてもらったお礼を言っておくわ」
「気にするな」
「気にするわよ。そんなにワイシャツが汚れてる人に、洗剤を使って助けられるだなんて……」
思わぬ方向に話題が転がったので、俺は「えっ?」とマヌケな声を出してしまう。
「洗剤が作れるなら、ワイシャツの洗濯くらいできるでしょう。それなのに、なんでそんなに汚れてるの?」
彼女は俺のワイシャツのことが、気になってしょうがないようだった。
「いや、洗うのが面倒くさかったんだよ。……ってそんなこと、別にいいだろう」
ちなみにではあるが、この学園では女生徒にかぎり、校舎にあるシャワールームと洗濯場が使えるという特別ルールがある。
モナカとコトネが、いつもいい匂いがして、いつでも真っ白なローブとハカマを着ているのは、そういう理由からだ。
俺は暗にズボラさを責められているようで気まずくなり、話題を変える。
「ところで、なんでそんな岩に手を突っ込んでたんだ?」
すると、今度はオネスコのほうがバツの悪そうな顔をした。
「それこそ別にいいでしょ、あなたには関係ないわ」
俺は「ふーん」と返事をしながら、オネスコが手を突っ込んでいた岩の隙間を覗き込む。
すると穴の奥のほうに、鈍く光る青い石のようなものが落ちていた。
「見た感じ、宝石の原石のカケラみたいだな。あれを取ろうとしてたのか」
オネスコは穴から顔をそむけたまま、ブスッと口を尖らせる。
「そうよ。笑いたければ笑いなさい」
「別に笑ったりはしないさ。宝石なら、みんな欲しがる」
俺はコートの胸ポケットを、ポンポンと叩いた。
「それに宝石なら、こっちにもあるんだ」
合図を受け、俺の胸ポケットから一匹のネズミが這い出る。
俺がエスコートするように、腕を穴のところまで伸ばすと、彼女は腕を伝って穴の中へと入っていった。
しばらくして、底にあった原石を抱えて戻ってくる。
それを俺の手のひらの上に、ポトリと落としてくれた。
俺は胸ポケットに戻ってゆく宝石を、指でコリコリと撫でてやる。
そしてもうひとつの宝石を、そっぽをむいたままのオネスコに「ほら、やるよ」と差し出す。
「……?」と振り向いたオネスコは、目に飛び込んできた原石に、吊り目がちな瞳をことさら大きく見開いていた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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