66 怒れレオピン
66 怒れレオピン
レオピンは激怒しなかった。
邪智暴虐なる者たちの企みに晒されても、ひたすらに走り続けていた。
「マラソンって好きじゃなかったんだが、こうして走ってみると、案外楽しいなぁ」
などと言いながら、笑顔で風を切っている。
それは実に爽やかな光景であったが、彼の背後では、
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
轢き潰されるような悲鳴が鳴り止まない。
男たちはゴロゴロと転がされ、身体じゅうに砂埃をまぶしながら泣き叫んでいた。
「やっ、やめてとめて! とまってぇ! お願いだからぁ!」
「もっ、もう許してぇ、レオピンくぅん! いや、レオピン様ぁ!」
「このままじゃ死んじゃう! 死んじゃうよぉっ!」
その声は本物の耳栓をしているので、レオピンには届かない。
そして彼らをつないでいるロープには『重量無視』の効果が働いているので、彼らがいくら引きずり回られても、レオピンには伝わらない。
男たちは散歩から帰るのを嫌がる犬のように踏ん張ったり、病院に行くのを嫌がる猫のように爪立てて抵抗する。
しかしそれらの行為も、レオピンの駻馬のような走りには無意味であった。
レオピンは背後に干し柿のような同級生を携えているのを、すっかり忘れて走り続ける。
ヤスリのようにギザギザの荒地を抜け、小川をいくつも飛び越え、砂地に足跡を残し、沼地の飛び石をひょいひょいと渡る。
そして見知らぬ森に入ったところで、グッとわずかな抵抗感を、腰で感じた。
ここでようやく、レオピンはスピードを落とし、振り返った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何時間かぶりに背後を見た俺は、ドキッと心臓が跳ね上がった。
なぜならばそこにあった光景が、あまりにもホラーだったから。
ニックバッカ先生や男子生徒たちは、泥人形と化していた。
まるで泥沼に引きずりこむかのように、手を伸ばしている。
誰かの身体が偶然、木に挟まらなければ気付かなかったところだ。
俺は耳栓をはずしながら、泥ダルマのような人物のそばでしゃがみこむ。
「大丈夫ですか、ニックバッカ先生!?」
ニックバッカ先生は、息も絶え絶えに言った。
「うっ……ううっ! みっ……ミート……。へっ、『地獄マラソン』は……。
これで、終わり……と……する……」
「えっ? でも、最後のひとりがダウンするまで続けるはずじゃ……? 俺はまだまだ走れますよ?」
するとニックバッカ先生は「ひいっ」と怯える。
それが禁断のワードであったかのように、顔を覆ってわっと泣き出した。
「うっ、ううっ……! みっ、ミート……! は、走らないで……! も、もう、走るのはやめてぇ……!」
俺は、重い病が発覚し、これ以上走ると余命を縮めてしまうマラソンランナーのような気分になった。
でもそこまで言われたら、走り続けるわけにもいかないな。
俺は腰のロープを外し、泥人形たちの手を取って立たせようとしたが。
が、生まれたての子鹿のようにすぐにどしゃっと倒れてしまう。
どうやら、足腰をかなり痛めているようだった。
男子生徒たちは這いつくばったまま、嗚咽とともに漏らす。
「う……ううっ……! うぐっ……! ほっ、本当なら、本当なら……!
「アイツがこうなってたはずなのに……! うぐうっ!」
「ひっく、ぐすっ! なんで、なんで、俺たちのほうが……!」
「うっ……うわぁぁぁぁぁーーーーーーんっ!」
とうとう全員が泣き出してしまい、俺は困り果てる。
「うーん、それじゃあ俺、ちょっとひとっ走り行って、助けを呼んできます」
しかしすぐさま泥人形たちが「行かないでぇ!」と足にすがりいてくる。
「俺たちを置いて、ひとりで帰るつもりなんだろう!?」
「そんなのひどいよ! 俺たちがこうなったのは、ぜんぶレオピンのせいなんだぞ!」
「責任をとれっ! 俺たちを五体満足で帰すんだ!」
「そうだそうだ! でないと、教頭先生に言いつけてやるっ!」
泥人形たちは一致団結して、俺を責めたてる。
俺はこのまま見捨てて帰ろうかと思ったが、ふとあることを思いついた。
「そうだ、『救難信号』……。アレを使えば、助けを呼ぶことができるぞ」
とポケットに手を突っ込もうとして、今更ながらにコートを着ていないことに気付く。
「しまった、俺の救難信号はコートごと預けてあるんだった」
俺はみなに尋ねる。
「なぁ、誰か救難信号を持ってないか?」
しかし泥人形生徒たちは「あるわけないだろ、体操服なんだぞ」と首を左右に振る。
しかしデカブツ泥人形が、「ミート! それなら、自分が持っている!」と手を上げた。
ニックバッカ先生はジャージのポケットをまさぐり、薄汚れた赤い筒を取り出す。
「有名人くんのせいで腕を痛めてしまって、自分は腕を上げられない。
その責任を取って、有名人くんが打ち上げるんだ」
いちいち引っかかる言い方だったが、俺は大人しく救難信号を受け取る。
「はぁ、わかりました。ここじゃ上に木があって引っかかるかもしれないので、森の外で打ち上げてきます」
俺は泥人形たちから離れ、森の外へと向かう。
夕闇迫る空に向かって、赤い筒を掲げた。
しかしふと、教頭のある言葉が頭に浮かんだ。
『あ、念のために言っておくざますけど、他人の救難信号を勝手に打ち上げて、ランクダウンさせようとしてもムダざます!
不正を防止するために、打ち上がった花火の名前だけでなく、打ち上げた人の姿も魔導装置で確認しているざますからね!
それでイタズラでないと判断された場合にのみ、助けが来るざます!
あと、救助隊の規模と助けに来る速さは、打ち上げた生徒のランクによって変わるざます!
急いで助けに来てほしいときは、高ランクの生徒の救難信号を使うといいざます!』
「もしかしたら、『特別養成学級』の俺が打ち上げても、助けは来ないんじゃ……?」
そうつぶやいて戻ろうとしたのだが、森の奥にいる泥人形集団は、車座になってひそひそ話をしていた。
こちらの様子を、時折チラチラと見ている。
俺は不審に思い、『器用貧乏』の『器用な肉体』のスキルを発動。
『五感』パラメーターを上昇させて聴力を鋭敏にし、聞き耳を立ててみた。
「ニックバッカ先生、本当はあのゴミ野郎を引きずり回して半殺しにしたあとに、この森に置き去りにする予定だったんですよね?」
「ミート! そのつもりだったのだ。このあたりの森まで来ると『忌避』の魔法効果はいっさい及ばない。
それに夜になると、モンスターがウヨウヨ出るんだ」
「なるほど、それでイチャモンを付けて、装備が入ってそうなコートを脱がせたんですね!」
「ミート! その通りなのである。
あとは置き去りにするときに、あの救難信号だけを渡して、オサラバすれば……」
「モンスターに殺されるか、学園を辞めるか……ふたつにひとつというわけだったんですね!」
「うひゃあ! どっちにしても、あのゴミ野郎には地獄だぁ!」
「ミート! ちょっと予定は変わってしまったが、これで、ヤツがこの学園を辞めることになるのは確実となった! にくくくくくくくっ!」
俺は「まさか……」と思いつつ、『鑑定士』に転職。
手元にあった赤い筒を、『鑑定』スキルで鑑定してみた。
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救難信号
個数1
品質レベル3(素材レベル8+職業ペナルティ5)
火薬を調合して作った、仕掛け式の打ち上げ花火。
打ち上げると、空に文章を描き出す。
文章の内容は、
『おねがいだから タスケテ! きょうとうセンセイに、さからったボクがバカでした!
もうガクエンをやめますから タスケテくださいっ! レオピン』
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「そういうことだったのか……!」
俺は、すべてが合点がいった。
この花火を俺が打ち上げた時点で、助けはたしかに来る。
そのあとで、救難信号の文章をタテに、俺に自主退学を迫るつもりなんだろう。
そこまで考えを巡らせて、なんだかやるせない気持ちになった。
「……もう、見捨てて帰ってもいいよな。
ここまでされて、助けてやる義理もないだろう。
う~ん、でも、死なれても嫌だしなぁ……」
俺はしばらく考えたあと、ふとある名案が閃いた。
「まさか、こんな所で役に立つとは思わなかったぜ……!」
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職業 ニンジャ ⇒ 花火職人
職業スキル
玩具花火作成
玩具花火を作成する
打ち上げ花火作成
打ち上げ花火を作成する
仕掛け花火作成
仕掛け花火を作成する
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俺は『仕掛け花火作成』スキルで、手持ちの救難信号の火薬の配合を、チョチョイといじってやった。
そして泥人形たちの所に戻ると、泥人形ボスに向かって赤い筒を投げ返す。
「救難信号の名前を、ニックバッカ先生に書き換えておきました。それじゃ、俺はこれで」
俺はしゅたっと手をあげ、再び森の外に向かって、そそくさと走り出した。
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