64 天国と地獄
64 天国と地獄
突如として参上した、俺専用の休憩所。
なんでドマンナ先生が? と思ったのだが、その理由はすぐにわかった。
馬車の木窓がパカッと開いたかと思うと、そこには窓辺のマーガレットのような少女たちが。
「レオくん!」「お師匠様!」
「もしかして、お前たちが頼んだのか?」
「はい! レオくんが心配になって、ドマンナ先生にご相談したんです!」
「そしたらドマンナ先生様が、馬車を出してくださったのでございます!」
モナカとコトネは、俺と再会できてホッとしたような表情を見せていた。
別れてからまだ2時間くらいしか経っていないのに……。
「レオくん、お疲れですよね!? こちらへおあがりください!」
「はい! お休み処をご用意してございます!」
ふたりはずっと笑顔だったが、何かを思い出したのか、恥じらうようにうつむいた。
「ごめんなさい。本当だったら、わたしたちが降りて、レオくんをお迎えしたいんですけど……」
「左様でございます。でも、この身なりでお外に出るのは、いささかためらわれるのでございます……」
よく見たら、窓から顔を出しているふたりはいつもと違う服装だった。
白いローブとハカマではなく、派手な色の半袖の服を着ている。
俺はなんなんだと思いつつも、馬車の後ろにある扉を開け、中に入ってみると……。
「ああ、チアガール衣装か」
俺がそう口にすると、馬車の外から「チアガールぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーっ!?」と驚愕の声がした。
「まさかモナカ様とコトネ様が、チアガールの衣装を着ているのか!?」
「う、うそだろ!? 聖女とミコが、そんな格好をするだなんて……!?」
「くそっ、こっちはエプロン姿の教頭だぞ!?」
「み、見てぇ! すごく見てぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!」
モナカとコトネは、カア~ッと赤くなって片手で胸を抱き、短いスカートを引っ張っていた。
ぴったりと閉じた内股で、もじもじと太ももをこすりあわせている。
「あ、あの、こ、こんなに短いスカートを穿いたのは、初めてで……」
「わ、わたくしは、西の国の装束を身に着けるのも、初めてでございまして……」
「そんなに恥ずかしがるくらいなら、無理しなくていいのに」
するとふたりは同時に、ふるふると首を左右に振る。
「だって、ドマンナ先生がおっしゃったんです。
応援にいくのであれば、この格好でないといけません、って」
「左様でございます。この、ちやがーるは、殿方を元気にする効果があるそうなのです。
お師匠様のためならばと、清水の舞台から飛び降りるつもりで、着させていただいた次第でございます」
「レオくん……」「お師匠様……」
ふたりは桜色の上目遣いを俺に向けると、
「「げ、元気に、なりましたか……?」」
俺が答えるより先に、御者席で見ていたドマンナ先生が、
「そりゃトーゼン! ビビーンって元気になったでしょ!?
そうじゃなきゃ男じゃないって! ねっ、レオピンくん!」
俺は「はい、先生」と頷き返したあと、モナカとコトネを見つめる
「ありがとう、おかげで元気が出てきたよ」
俺は『持久』を高めておいたおかげで、疲れはぜんぜん感じていない。
しかし、ふたりの気づかいがなによりも嬉しかった。
それまで、モナカとコトネは羞恥と不安が入り交じったような表情をしていた。
しかし俺のお礼を聞いた途端、パァァ……! と花開くような笑顔を浮かべる。
そして嬉々として、俺の世話を始めた。
「よ、よかったぁ……! そ、それじゃあレオくん、この椅子に座ってください! 汗をお拭きいたしますね!」
「お師匠様、お水をどうぞ! 涼しい風をお送りさせていただきます!」
モナカはハンカチで俺の汗を拭い、コトネは大きなウチワであおいでくれる。
「いや、そのくらいは自分で……」と言いたかったのだが、ふたりの顔を見たら言い出せなかった。
馬車の外から、ざわざわと声がする。
「お、おい! コトネ様のお姿が、窓からチラッと見えるぞ!」
「なにをやってるんだ!? ウチワであおいでるぞ!?」
「ま、まさか、あのゴミをあおいでやってるんじゃ……!?」
「そんなバカな! コトネ様ほどのミコが、他人をあおいでやるなんて、するわけない!」
「そ、そうそう! むしろあのゴミ野郎があおぐ立場で……!」
「そ、それはそれで、超うらやましいじゃねぇか!
コトネ様は恐れ多くて、並の男じゃ近づくことすらできないんだぞ!」
俺が黙ってモナカとコトネのすることを受け入れていると、サービスはさらに過剰になった。
「レオくん、次は椅子を倒します! お肩をお揉みしますね!」
「わたくしは、おみ足を按摩させていただきます!」
ふたりは息のあったコンビネーションで、俺の身体を揉みはじめる。
「いや、いくらなんでもそこまで疲れてるわけじゃ……」と言いたかったのだが、ふたりのニコニコ顔の前には引っ込めざるをえない。
馬車の外からの声は、悲鳴に変わりつつある。
「な、なにをやってるんだ!? 中でなにをやってるんだぁ~~~~~っ!?」
「さっき、モナカ様が『揉む』とかおっしゃってたぞ!? まさか、マッサージか!?」
「そんなバカな! モナカ様ほどの聖女が、マッサージなんて他人にするわけないだろ!」
「そ、そうそう! むしろあのゴミ野郎がする立場で……!」
「そ、それはそれで、超うらやましいじゃねぇか!
モナカ様は神々しすぎて、並の男じゃ触ることも許されないほどの尊いお方なんだぞ!」
外ではとうとう、怒号と絶叫が飛び交い、ドスンバタンと地面を転がりまわるような音がしはじめる。
休息を終えた俺が、ふたりの美少女に見送られながら、馬車の外に出ると……。
そこにはなぜか、土埃と葉っぱにまみれた男子たちがいた。
目は血走り、ぜいぜいと肩で息をしている。
ついさっきまで天国だと言っていたのに、まるで地獄から這い上がってきたような、修羅の顔をしていた。
「ゆ、許せねぇ……! この、ゴミ野郎っ……!」
「俺たちの高嶺の花を、両手の花にしやがって……!」
「そんなこと、無職の落ちこぼれに、できるわけがねぇんだ……!」
「きっとヴァイスが言っていたように、ふたりの弱みを握っているに違いない……!」
「助けるんだ……! 俺たちの力で……!」
「引きずり回してやる……! 二度とそんな気が起こらなくなるまで……!」
「俺たちを本気にさせたらどうなるか……骨の髄まで思い知らせてやるっ……!」