06 勝負にならない建築勝負
06 勝負にならない建築勝負
「す……すご……」
不意に背後から声がしたので振り返ると、モナカが口をあんぐりさせて立っていた。
「こ……これ、レオくんが作られたのですか?」
「ああ、そうだ」
「まだ、お昼前なんですけど……それなのに、それなのに……」
モナカの顔がパアッとバラ色に紅潮する。
「こんなに立派なお家を作られるだなんて!?
すごいすごい、すごいですっ! やっぱりレオくんはすごすぎます!」
瞳を潤ませ、胸の前で小さくガッツポーズをするモナカ。
彼女は他のクラスメイトの前では楚々としているのに、俺の前だとやたらとはしゃぐ。
「気に入ったんだったら、モナカの家も作ってやろうか?」
するとモナカはキョトンとする。
「えっ? よろしいの、ですか……?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
というわけで俺は、新たに伐採した木材を荷車に積んで、モナカとともに森をでた。
モナカのクラスである1年2組の敷地には、大勢の人だかりができている。
モナカの自称付き人である、オネスコが岩の上に立ち、周囲の者たちに説明していた。
「みんなが、モナカ様にお住まいを提供したいという気持ちはわかったわ!
でもモナカ様は未来の大聖女様だから、お住まいもちゃんとしていないとダメなの!
だからこれから、みんなが作る家を審査するわ!
いちばんだと思う家を、モナカ様のお住まいにしたいと思います!」
「よぉーし、やるぞーっ!」
「僕の一級建築のスキルで家を建てれば、モナカ様はきっと気に入っていただける!」
「そうはさせるか! モナカ様には俺たちの家に住んでもらうんだ!
モナカ様に気に入っていただければ、このあとの学園生活は勝ったも同然だからな!」
「他のクラスには負けておれん! ワシら『生産組』の力を見せる時がきた! 力を合わせ、最高の家を作るんじゃーっ!」
なにやらモナカのための建築大会が始まっているようだった。
しかし当のモナカは俺にべったりで、周りでなにが起こっているのか気付いていないらしい。
まあなんでもいいやと思いつつ、俺は荷車から木材を降ろして建築準備をはじめる。
すると、まわりからバカにするような笑いが起った。
「おい見ろよ、アレ! ゴミ野郎も建築勝負に参加するらしいぞ!」
「バカな野郎だなぁ、たったひとりでなにができるってんだ!」
「こっちは建築スキルを持ってるうえに、クラスメイトも手伝ってくれるんだ、勝負にならねぇよ!」
「きっと犬小屋を作るのが精一杯のはずだぜ! そしたらみんなで笑ってやろう!」
しかし土台のあたりができた時点で、周囲の者たちの笑いは消し飛んだ。
「え……う、うそ、だろ……?」
「なんであんな立派な土台が作れるんだ……?」
「あの土台はまさか、2階建て!?」
「バカな!? 建築系のスキルがある俺たちでも、1階建ての小屋がやっとなのに!?
あれじゃマジの家じゃねぇか!?」
「ふ、ふざけんなよ!? 無職のヤツに家なんて作られてたまるかっ!
それじゃ、俺たちプロの面目丸つぶれじゃねぇか!」
彼らがざわめいているうちに、家は完成した。
俺はできあがった家を見上げながら頷く。
「うん、まずまずだな」
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キノヒの家
個数1
品質レベル23(素材レベル12+器用ボーナス8+職業ボーナス3)
高級かつ高品質であるキノヒの木材で作られた、2階建ての家。
各種ボーナスにより、地震・火事・腐食への耐性がある。
香りが良く、住んでいるとリラックス効果が得られる。
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森の中で高級木材になるキノヒの木を見つけたので、今回の家はそれを使ってみたんだ。
キノヒの家なら、お嬢様のモナカにもピッタリだろう。
彼女は俺の隣に寄り添い、感動に潤んだまなざしを向けていた。
「レオくん、こんなに立派なお家をありがとうございました!
まさかレオくんにまたプレゼントをもらえるだなんて、わたし、とっても幸せです!」
モナカはいっぱいになった気持ちを抑えるように、胸にギュッと両手を当てる。
「そして、本当にお疲れさまでした! あっ、お顔が汚れていますから、お拭きしますね!」
制服のポケットから白いハンカチを取り出すと、背伸びをして俺の顔にあてがった。
「汚れるのは大工の勲章みたいなもんだから、別にいいよ。
それに、そんなに近づくとニオイが移るぞ」
「うふふ、レオくんのニオイなら大歓迎です!
それに小さい頃は、よくこうやって、顔を埋めて……」
モナカは微笑みを浮かべながら、俺の汗とホコリにまみれたワイシャツに顔を伏せ、クンカクンカとやりだした。
しかし途中でハッとなると、
「す、すみませんっ! わたしったらなんて、失礼なことを……!」
興奮のあまりとんでもないことをしてしまったと、耳まで真っ赤にして離れていった。
そんなことよりも俺は、いまさらながらに気付く。
今しがた俺が建てた家に比べて、新入生たちの建てた家はあまりにもみすぼらしいことに。
周囲はさながら、貧民街のような有様だった。
まあ、今までお坊ちゃんお嬢ちゃんだった者たちが、初めて自給自足の生活をしているのだから、無理はないのだが……。
俺は近くにあった、今にも倒れそうな小屋を『鑑定』スキルで調べてみた。
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低品質な掘っ立て小屋
個数1
品質レベルマイナス5(素材ペナルティ3+職業ペナルティ2)
低級かつ低品質であるマゴミの木材で作られた小屋。
組み方も粗悪なため、わずかな負荷で崩壊する。
悪臭があり、住んでいるとストレスが溜まる。
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「ひどいな」と思わず本音が漏れてしまった。
おそらく木材の選別もせずに、そのへんにあった、建材には向かない木を適当に使ったのだろう。
しかも木材の加工もいい加減で、組み方も仕上げも未熟だ。
「こんなんじゃ、少しの地震でも全滅だぞ……」
俺はひとりごちながら、小屋の壁を軽く押してみた。
すると、
……どんがらがっしゃん!
小屋は折りたたまれるみたいに、一瞬にして崩れ去った。
それどころかその衝撃を受け、隣にあった家までもが次々と倒れていく。
気付くと、貧民街の家はドミノのように全て倒壊。
俺が建てた家だけを残し、更地に戻ってしまった。
新入生たちは火事で焼け出された人みたいに、ガックリと膝から崩れ落ちる。
「あっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「せ、せっかく建てた家が! せっかく建てた家がぁ!?」
「何時間もかけて、がんばって作ったのにぃ!?」
「うわぁぁぁぁんっ! ママーっ!」
俺はさすがに気の毒になったので、家の建て方を教えてやろうかと思ったのだが……。
「ううっ、無職のゴミ野郎に負けるだなんて!」
「これは何かの間違いよ! ゴミ野郎にあんな家が作れるわけがないわ!」
「クソがっ! モナカ様の家じゃなかったら、燃やしてやりてぇ!」
なんて事をあちこちで言われたので、罪悪感も消し飛んだ。