57 ゲッコウ・キャンディ
57 ゲッコウ・キャンディ
フライパンを作ってみせただけで、クルミは魂を抜かれたようになっていた。
「そんなんじゃ先が思いやられるな。コイツに砂糖を入れてくれるか?」
俺はコートのポケットから取りだした小さな木皿をクルミに渡す。
「な……なにをするんですか?」
「さっき言っただろう。水と砂糖でお菓子を作るんだよ」
俺はいよいよ、例の職業を解き放つ。
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レオピン
職業 石工師 ⇒ 菓子職人
職業スキル
西焼菓子
西の国の焼菓子を作成する
東焼菓子
東の国の焼菓子を作成する
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「よし、東の『焼菓子』スキルがあるなら大丈夫だな」
俺は言いながら、さらにポケットから取りだした革水筒で、フライパンに水を加える。
するとなぜか、クルミが申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ご……ごめんなさい! わわっ、私が、お砂糖とお水だけで作れるお菓子なんてあるわけがない、なんて言ったから……。
でもでも、本当なんです! おおっ、お砂糖とお水だけでは、おっ、お菓子なんて……!」
「どうしてそうなるんだよ、俺は別に怒っちゃいないよ。いいから砂糖をくれ」
「はっ、はいぃ……」
クルミはビクビクしながら、紙袋の砂糖を木皿に移す。
なんだか俺が脅し取ってるみたいで、少し気が引ける。
その間に、俺は『ヒロエダの火起こし台』を使って火を起こし、調理場にある『森林石のカマド』に薪を焚きつけた。
その様子を見ていたクルミは、またしても我を忘れている。
「えっ……ええっ……? う、うそ……? ひひっ、火を、あんなに簡単に……!?
まっ、マッチもなしで、ままっ、まるで、魔法みたいに……!?」
「いちいち驚いてちゃ、これから先が大変だぞ。砂糖は?」
「はっ、はい! どうぞ!」
緊張した様子で差し出された砂糖の皿を受け取り、水を張ったフライパンにサラサラと落とす。
木のスプーンで混ぜて、砂糖水を作る。
クルミは「やっぱり、砂糖水……」みたいな顔で、フライパンを残念そうに見つめていた。
俺はあることを思いつく。
「そうだ、せっかくだからアレもあったほうがいいかもしれないな」
思い立ったらやらずにはおれないタチなので、火を弱めてからカマドから離れる。
「お……おおっ、お料理の途中ですよ? こ……今度はなにをするんですか?」
「すぐすむから大丈夫だ」
俺がカマドから離れたのは、木くずがフライパンに入らないようにするため。
木くずということは、そう、次は『木工師』だ。
転職しつつ、ポケットから『ギスの木材』の切れっ端を取り出す。
『オオイノシシの大ナイフ』を抜くと、クルミは「ひっ」と後ずさる。
しかし俺の手から生み出される木工を見たとたん、彼女の頬はピンクに染まっていった。
さっきまで後ずさっていたのに、ずいっと近寄ってくる。
それはまるで、怖いと思っていた人間がエサを出した時の、野良の子猫の反応そのものだった。
「そ……そそっ……それって、もしかして……!?」
「そう、そのもしかして、だ」
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ギスの菓子型(小)
個数10
品質レベル33(素材レベル12+器用ボーナス6+職業ボーナス15)
ギスの木で作られた、小さめの菓子型。
各種ボーナスにより、型どりした菓子を奇麗に取り出せる。
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ハートや星型の木枠を手に取った途端、クルミはまたあの夢見るような表情になる。
「わぁ……かわいいっ……!」
しかし、サッと現実に戻る。
次の瞬間、まるで俺がオバケであるかのような反応をして、また後ずさった。
「せ……石工だけじゃなく、ももっ、木工もできるだなんて……。
それも、作ったものは購買部で売っているものよりも、高品質だなんて……。
どどっ、どうしてレオピンさんみたいな、すごい人が……。
とっ、『特別養成学級』なんかに、いいっ、いるんですか……?」
「さあな、それは校長と教頭にでも聞いてくれ。さぁて、その型を使うから返してくれるか」
「はっ、はい……。あのあの、そのっ……おっ、お菓子型なんて、なっ、なにに使うんですか……?」
「そりゃ、いま作っている材料を、流し込んで型どりするために決まってるだろ」
「えっ? ももっ、もしかして、砂糖水をかかっ、型どりするんですか?
そそっ、そんなことをしても、砂糖水は、砂糖水のままで……」
「まあ、いいから見てなって」
フライパンにかけていた砂糖水が、ちょうどいい加減で煮詰まってきている。
俺はフライパンを持ち上げて、菓子型に均一に流し込んだ。
「あとは、5分ほど冷まして完成だ」
「あの、あのあの、その……冷ましても、砂糖水は、砂糖水のままで……えっ?」
ポロリと型から外れたカタマリに、クルミは口をあんぐりさせていた。
菓子型からは次々と、固まった半透明の物体が落ちる。
それを手で受け止めていたクルミは、驚愕が止まらなくなっていた。
「えっ、えっえっえっ!? えっえっえっえっえっえっ!? ええええええええええええっ!?」
彼女は息詰まるような表情で叫ぶ。
「こっ……こここっ、こっ……これは……! いっ、いいいっ、いったいなんというお菓子なんですか!?」
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ゲッコウ・キャンディ
個数8
品質レベル25(素材レベル4+器用ボーナス6+職業ボーナス15)
砂糖と水を煮詰めて作った素朴なキャンディ。
各種ボーナスにより、触ってもべたつかない。
絶妙な甘さで、食べると幸せな気持ちになれる。
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「東の国に伝わるキャンディだよ。
東の国の菓子職人の間では、『最小にして最大の菓子』と言われているそうだ。
基本の材料はたったふたつだが、その分、他の材料で無限のバリエーションが出せるからな」
クルミは薄黄色のキャンディを、まるで月の光を受けて輝く宝石のように見つめていた。
「きれい……! お砂糖とお水だけで、こんなに奇麗なお菓子ができるだなんて……!」
「味もシンプルだが悪くないぞ。食べてみろ」
「は……はいっ! いただきますっ!」
クルミはハート型の『ゲッコウ・キャンディ』を、パクッとひと口。
「おっ……おいひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
次の瞬間、身体のすべてハートになったかのように、全身が紅潮する。
しかもそれが漏れ出しているかのように、身体のあちこちからハートマークを飛ばしまくっていた。
その興奮覚めやらぬうちに、またしても俺からずざっと後ずさる。
顔ぜんぶが口になったかような大口で、アワアワとうろたえていた。
「まっ、まさかまさまさか、お砂糖とお水だけで、こんなにおいしいお菓子ができるだなんて……!?
れっ……レオピンさんは、いいっ、いったい、ななっ、何者なんですか……!?
石工! 木工! 火起こしにお菓子! なんでもできて、どれも完璧だなんて……!?
こっ、ここっ、こんなにすごい人ががっ、ここっ、この世にいるだなんて……!?
しかも、ななっ、なんで『特別養成学級』にいるんですかぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?」
彼女はとうとうショック状態に陥り、バターン! とブッ倒れてしまった。
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