31 レオピンの箱舟
31 レオピンの箱舟
「だいぶ遅くなったけど、これでグリーンオニオンを増やせるぞ」
と独り言をつぶやきながら、俺は家の門をくぐろうとする。
敷居をまたぐ寸前、ステータスの『第六感』が働いたような気がした。
背筋にぞわりとした感覚があり、嫌な予感を感じつつ振り返ってみると……。
「な……なんだありゃ!?」
森の向こうに見える居住区が、高い壁で覆いつくされているのが目に飛び込んでくる。
高いなんてもんじゃない、城壁というか要塞クラスの高さの壁だった。
しかも材質はどう見ても、ただの『木』……!
俺は塀のそばに置いておいた、『ギスの木材』を積んである荷車の取っ手を掴むと、馬車馬のごとく走り出す。
「な……なに考えてるんだっ!?」
壁のそばまで行ってみると、その全貌が明らかになる。
樹皮も削っていない剥き出しの丸太を組み合わせて作った壁は、木組みがバラバラ。
高さは目測で50メートル。栄養失調の巨人のように、風にあおられフラフラと揺れていた。
どこもかしこも、見ているだけで血も凍るような光景ばかり。
作業用の足場もメチャクチャで、いまだにケガ人が出ていないのが不思議なくらい。
俺は胃が冷たくなるのを感じながら、居住区の中に飛び込む。
ステージの上で、司令官のように各方面に命じているヴァイスに向かって叫んだ。
「ヴァイス! なんてものを作るんだ! 家もマトモに作れない状態で、城壁なんて……!」
ヴァイスは俺の狼狽っぷりを、すっかり勘違いしていた。
「フッ、賢者の僕にかかればこのくらい、朝の歯みがき前さ」
「違う! いますぐ工事を中止して、壁を解体しろ!
でないと、大変なことになるぞ! 見ろ! 風が吹いただけで壁が揺れてるじゃないか!」
「ふぅ、これだから『知力』と『教養』が1ポイントしかない落ちこぼれは……。
これは『免震構造』といって、揺れることで振動を分散しているのだよ」
「こんなのは免震構造じゃない! ただの手抜き構造だ!
お前は聞きかじった知識を振りかざして、みんなの命を危機に晒してるんだぞ!」
しかしヴァイスは、自分のしでかした事の重大さに、微塵も気付いていないようだった。
肩をすくめ、呆れたように笑う。
「レオピン、キミの考えはわかっているよ。
起こりもしない事を騒ぎたてて、少しでも注目してもらいたいんだろう?
次は『オオカミが来るぞ』とでも言うのかい?」
まわりで作業を続けていた生徒たちが「わはははは!」と大爆笑。
俺は何を言ってもムダだと思い、ヴァイスに背を向けて走り出す。
「こうなったら、モナカたちだけでも……!」
居住区の中央にあるモナカの家に向かうと、軒先にはモナカとコトネがいた。
荷車をガラガラと引いてきた俺の姿を見るなり、ふたりとも花がほころんだような笑顔を見せる。
モナカは太陽に咲く花のように明るく、コトネは月に咲く花のように穏やかに。
「あっ、レオピンくん! コトネさんから聞きました! コトネさんをお弟子さんになさったそうですね! あの、それでしたらわたしも……!」
「モナカ様は先ほど、お師匠様より刺繍の手ほどきを受けたとおっしゃっていたではございませんか。
ということはモナカ様は、わたくしの姉弟子ということになるのでございます」
「あねでし?」
「左様でございます。モナカ様が1番弟子で、わたくしが2番弟子です」
「ええっ!? わたしがレオくんの1番だなんて、そんなぁ!」
アセアセしながらも頬がゆるみっぱなしのモナカを、俺は急きたてる。
「そんなことより、この家のまわりに塀を作るぞ! いいな!?」
「えっ? どういうことですか?」
「まわりにある壁が倒れてくるんだよ! 壁が外側に倒れるならまだしも、内側に倒れたら大変なことになる!
でも塀があれば、この家の被害は最小限になる! お前たちだけでも守ることができるんだ!」
俺はモナカの答えを待たずに作業を開始する。
居住区はクラス毎に区画として分かれていて、モナカの『1年2組』にはかなり広大な敷地が割り当てられていた。
俺は荷車に積んであった『ギスの木材』を降ろすと、土地の外周に沿うように次々と立てていく。
猛然と作業を進める俺を、モナカとコトネは姉妹のようにポカンと見つめていた。
「あの、レオくん……」「あの、お師匠様……」
「「なにか、お手伝いを……」」
「それはいいから、お前たちは他の生徒たちに、この塀の中に避難するように伝えてくれ!」
校舎に避難させるという手もあるのだが、今日は授業がないので校舎は閉鎖されている。
居住区の外に避難させるのは、多くの人間が壁のそばを通ることになるので、かなり危険が伴う。
「だから、この家を箱舟にするしかないんだ……!」
俺の必死な思いが通じたのか、モナカとコトネは奔走してくれた。
いつもは楚々として取り乱すことのないふたりが、声を枯らさんばかりに呼びかけてくれたんだ。
「みなさん! 外周の壁がこれから崩壊すると、レオくんがおっしゃっています!
危険ですので、わたしの家に避難してください!」
「みなさま! お師匠様のおっしゃることは間違いないのでございます!
みなさまもお師匠様を信じて、ご避難くださいませっ!」
学園の2大美少女の訴えは多くの衆目を集めたが、俺が関わっていると知った途端、シラケたように離れていく。
「チッ、なんだよ。またあのゴミ野郎がロクでもないことをしてるのかよ……」
「しかもモナカ様だけじゃなく、コトネ様まで巻き込むだなんて……」
「賢者のヴァイス様が設計した壁が崩れるだなんて、そんなことあるわけないじゃない!」
「そうそう! 賢者様のおっしゃることと、無職の寝言のどちらを信じるかっていえば、ひとつしかないよなぁ!」
結局、完成した塀の中に避難したのは……。
モナカの1年2組、コトネの1年19組、そして錬金術師アケミの1年6組の3クラスだけ。
しかも、彼女たちのクラスメイトですら俺のことを信じておらず、リーダーに言われたから仕方なしに、という感じだった。
俺たちは家の2階にあがり、窓から事のなりゆきを見守る。
「レオピンくん、本当に倒れるんでしょうね!? もし倒れなかったら、馬の骨に格下げするんだから!」
「それも、ダシも取れない駄馬の骨でござる」
モナカの付き人のオネスコとシノブコはイライラしていた。
「俺は倒れることを望んでるわけじゃない。
でも夜になるとこのあたりは風が強くなるから、壁はひと晩持たないだろうな」
ひと晩どころか、その瞬間はすぐにやって来た。
ハラペコの巨人のようにグラグラ揺れていた壁は、ついに……。
……ご……ご……ご……!
空が震えるような音とともに、ひときわ大きく揺れた。
……ぐ……ら……あ……!
居住区全体を暗闇で覆い尽くすように、その身体が前のめりに倒れる。
途中で足元から折れ、巨人の膝のような丸太が降り注ぐ。
……どぐわっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!
山が崩れたような轟音が全方位から起こり、入道雲のような土煙が舞い上がる。
雪崩を打って丸太が降り注ぎ、居住区の生徒たちを、悲鳴をあげる間もなく一瞬で飲み込んでしまった。
丸太と土の濁流が、地響きとともに、この家めがけて押し寄せてくる。
窓から見ていた女生徒たちは「キャーッ!?」と抱き合っていた。
しかしその荒波は、俺が作っておいた防波堤によってせき止められる。
偽りの栄華を極めていた居住区は、一瞬にして瓦礫の海と化す。
あたりは静まり返り、俺たちのいる家は、さながら水没した惑星を漂う船のようであった。
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