03 ステータス変換
03 ステータス変換
モナカが俺に『癒し』をしたとわかった途端、新入生たちは騒然となった。
ヴァイスは眼鏡の奥の瞳をこれでもかと見開いて、ワナワナと震えている。
「そ……そんな、バカなっ……!? なぜモナカさんが、レオピンに……!?
あの『癒し』は本来は、僕に向けられるべきものなのに……!?」
20組のクラスメイトたちは、ヴァイスを取り囲んでいた。
「おいヴァイス、なんてことをしやがったんだ!」
「なんでこんなに早く、レオピンくんを追放しちゃったのよ!?」
「レオピンのヤツがクラスにいたら、1千万は俺たちのものだったのに!」
「最低! 責任とって追放を取り消しなさいよ!」
ヴァイスは奥歯を噛みしめながら、クラスメイトたちを睨み付ける。
「キミたちだって賛成したじゃないか!
それに、いまさら追放を取り消すだなんて、できるわけがないだろう!」
20組のクラスメイトたちはわぁわぁと言い争いをしているなか、ふたりの女生徒が、血相を変えて俺たちのところにやってくる。
ひとりはポニーテールで、制服に白い胸当て、もうひとりはぱっつん前髪を黒い頭巾で覆っている。
このコンビは付き人なのか、光と影のようにモナカを取り囲んで叱りつけていた。
「モナカ様っ! 聖女の初めての癒しというのは、とても御利益があるとされているのですよ!?
それなのに、そんな馬の骨のような男に与えるだなんて!?」
「にん。モナカ様ほどのお方の『初めて』なら、黄金を積んででも欲しがる権力者の方々が大勢おります。
それほどの貴重なものを、そんなダシも取れなさそうな馬骨に与えるだなんて、笑止千万でござる」
「オネスコさん、シノブコさん!? レオくんは馬の骨じゃありません!
わたしにとっては白馬……! いいえ、その上に跨がる王子……」
モナカのその言葉は、オネスコとシノブコに手を掴まれたことにより遮られた。
「我々は、モナカ様のお目付役になったのですからね!」
「にん。これからは勝手なことはダメなのでござる」
モナカは白黒コンビに引きずられるようにして、新入生たちの群れに戻っていった。
ステージ上で魂を抜かれたようになっていたイエスマン教頭は、ようやく我に返る。
「お……うぉっほん! 静粛に! 静粛にするざます!
モナカさんの賞は例として挙げただけで、本当にあげるわけじゃないざます!」
しかし、手に『モナカさんとラブラブ賞』の目録を持っているのをヤジで突っ込まれ、サッと背後に隠していた。
「そ……そんなことよりも、支援者の方々が協賛してくださったおかげで、他にもいろんな賞があるざます!
だから学園生活中に活躍すれば、賞金ガッポガッポなんざます!
それとキミたちの学園生活は、魔導装置を通じて世界中に中継されることになっているざます!
『王立開拓学園』の初めての生徒に相応しい、品性ある行動を心がけるざます!
以上をもちまして、本日の入学式は……!」
「待つのである!」
教頭の傍らに立っていた校長が、教頭を押しのけるようにして、ずいと前に出た。
俺以外の新入生たちを、厳しい瞳で眺めまわしたあと、
「最後に一言だけ、諸君に言っておくのである!
我輩が欲するのは、金の卵であると……!
支援者が湯水のように金をつぎ込んでくれる生徒こそ、いい生徒なのである!
金を生まない生徒は、落ちこぼれなのである……!」
校長はふと言葉を切って、俺のほうを見た。
デキの悪い連れ子を見るかのような、憎しみの込められた目で。
「そんな腐った卵は、容赦なく踏み潰してやるから、覚悟するのであるっ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
入学式が終わると、とある大手の酒場から差し入れられたという、豪華な朝食バイキングが振る舞われた。
『特別養成学級』の分は無いと言われたので、俺はひと足先に会場を出る。
校舎である城の外は平原と森の、手付かずの自然が広がっていた。
これから俺たち新入生は、学園に通いながら、この地を開拓することになる。
寮や学食なんてものは存在しない。
各職業の初期装備だけは与えられるものの、あとはすべて自給自足。
クラスの仲間たちと協力しあい、時には他のクラスとも共闘して生きていかなくてはならないんだ。
「でも俺は、ひとりぼっちか……」
『特別養成学級』に落とされた場合、誰からも相手にされなくなる。
自分ひとりで生きていくのは不可能に近いので、落ちた者は早々にギブアップしてしまうらしい。
俺は軽い絶望を感じながら、ステータスウインドウを開いた。
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レオピン
職業 なし
LV 1
HP 10
MP 10
ステータス
生命 1 (非成長)
持久 1 (非成長)
強靱 1 (非成長)
精神 1 (非成長)
抵抗 1 (非成長)
俊敏 1 (非成長)
集中 1 (非成長)
筋力 1 (非成長)
魔力 1 (非成長)
法力 1 (非成長)
知力 1 (非成長)
教養 1 (非成長)
五感 1 (非成長)
六感 1 (非成長)
魅力 1 (非成長)
幸運 1 (非成長)
器用 2000
基本スキル
器用貧乏
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すると絶望は、重石のような現実となって俺にのしかかってくる。
「こうして見返してみても、ひどいもんだな……。
将来性がまるで感じられない……」
どんなにひどいステータスでも、職業は『ゴミ拾い』くらいにはなる。
でも俺はひどすぎて、その最底辺の職業すら就くこともできないらしい。
「スキルも、『貧乏』って付いてるし……。
まるで俺の将来を暗示しているかのようだな……」
俺は溜息とともに、『器用貧乏』のスキルに触れ、スキルツリーを展開してみる。
そこには、みっつのスキルがあった。
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器用貧乏
器用な成長
器用な肉体
器用な転職
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スキル名に触ってみると、ステータスウインドウ上に説明ウインドウが現れる。
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器用な成長
器用さを活かし、わずかな経験でレベルアップする
器用な肉体
器用さを活かし、『器用』のステータスを他のステータスに変換する
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「なんだこのスキル? 中学の授業でも、こんなスキル習わなかったぞ」
試しに『器用な肉体』のスキルを使ってみることにする。
頭のなかで、「器用さよ、生命となれ……!」と念じてみると、
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LV 1
HP 10 ⇒ 1010
MP 10 ⇒ 9
ステータス
生命 1 ⇒ 101
器用 2000 ⇒ 1900
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『MP』が1、『器用』が100減って、『生命』に……! HPも増えている……!?
「う……ウソだろ!? このステータスが本当なら、相当すごいスキルなんじゃ……!?」
俺は半信半疑で、『器用』をさらに他にステータスに変換してみた。
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レオピン
職業 なし
LV 1
HP 1010 ⇒ 2010
MP 9 ⇒ 2010
ステータス
生命 101 ⇒ 201
持久 1 ⇒ 201
強靱 1
精神 1
抵抗 1
俊敏 1 ⇒ 201
集中 1 ⇒ 201
筋力 1 ⇒ 201
魔力 1
法力 1
知力 1
教養 1 ⇒ 201
五感 1 ⇒ 201
六感 1
魅力 1
幸運 1
器用 1900 ⇒ 600
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不意に、研ぎ澄まされた『五感』が、風鳴りのように響く声を捉えた。
『ああ、食った食った! ……おっ、城の外にゴミ野郎がいるじゃん!
腹ごなしにゲームしようぜ! 弓矢でアイツを射貫いたヤツが勝ちな!
まずは俺から……!』
……シュォォォォォォッ!
風切り音を感じ、俺は反射的に手を挙げる。
頭めがけて迫り来る矢を、
……ガシィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
と素手で受け止めていた。
自分でも信じられない超反応。
しかし城の上から狙ったヤツは、もっと信じられないような表情をしていた。
『う……ウソだろっ!? ゴミ野郎、矢を受け止めやがった!?』
『そんなバカな!? 武道の達人じゃあるまいし……!』
入学式のパーティ会場、そのベランダでワタワタしている、弓術師の男子生徒たち。
俺は受け止めた矢を、ゆっくりと振りかぶり……。
「返すぜっ!」と抉るようなアンダースローで投げ放った。
……ビシュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
光線のような速さで舞い戻った矢は、持ち主の背後にある壁を、ズドォン! と貫いていた。
一歩も動けなかったヤツらは、悲鳴とともブッ倒れる。
「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
「な、投げ返した!? あの距離から、矢を投げ返してきやがった!?」
「ば、バカ言うなよ! ここまで200メートルはあるんだぞ!?
弓矢のスキルを使わないと届かないような距離を、素手で投げ返すなんて……!」
「ばっ、バケモンだぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」