21 体育の授業
21 体育の授業
俺は『武道家』に転職した。
ためしにシャドーでもやってみようかと思ったが、野太い声によって遮られてしまった。
「ミート! 自分こそが、体育教師のニックバッカだ!」
ニックバッカと名乗った体育教師は、マッチョで筋骨隆々。
かつてのクラスメイトであるモンスーン以上の大男だった。
「知っている者もいるかもしれないが、この学園の周囲には強力な範囲魔法がいくつか掛けられている!
代表的なものとしては『不渇』! 水を飲まなくても生きていける魔法だ!」
俺は今になって、作業中に汗をかいても喉が渇かなかったことに気付く。
そういえば、これは聞いたことがある。
開拓において、飲み水の確保は最優先事項だが、難しいことでもある。
そのため、始業初期は水を飲まなくても平気な配慮がされていることを。
「そして『忌避』! モンスターや猛獣などを遠ざける魔法だ!
しかしこの魔法については、明日からはじょじょにその効果が薄れていく!
この意味がわかるか!? 明日以降、お前たちの住んでいる居住区にモンスターが入り込んでくるということだ!」
どよめく生徒たちに向かって、ハムのようにずんぐりした手で指さすニックバッカ先生。
「だからこそ、体育は必須科目となっているのだ!
これからの授業で、お前たちを一人前の肉弾戦士にしてやる!
ビシビシしごいてやるから、覚悟しておけ! ミートっ!」
ボディビルのようなポーズを取り、盛り上がる筋肉を見せつける。
「今日はすべての職業において有用な、素手での格闘を行なう!
もちろん、格闘の型なんかをチンタラ教えたりはせん!
あるのは実戦のみ!
なぜならばモンスターは、お前たちのウォーミングアップも、レベルアップも待ってはくれないのだからな!」
そしてニックバッカ先生は、数多くいる生徒たちをさしおいて、まっすぐに俺を見た。
「しかし手本だけは見せてやろう! そこの! 名前はなんという!?」
「……知ってるんじゃないんですか?」
すると、ニックバッカ先生は手のひらで「アチャー」と顔を押え、腹の底から笑った。
「にくくくくくくくくく! どうやらこの生徒は、自分がよっぽど有名人だと思い込んでいるようだ!
無職のゴミの名前など、どこの誰が知っているというのか! にーっくっくっくっく!」
……やっぱり知ってるんじゃねぇか。
ニックバッカ先生はひとしきり笑ったあと、指でチョイチョイとやった。
「ミート! ならば有名人くん、前へ! 自分と実戦組手といこうじゃないか!」
すると俺の前にいた生徒たちが散り、ニックバッカ先生と俺を取り囲むような円陣を作った。
ほとんどのヤツらがニヤニヤ笑いをしている。
「あーあ、ゴミ野郎のヤツ、さっそく目を付けられてやんの!」
「きっと見せしめのために、ボコボコにされるぜ!」
「生産職の俺には体育なんて憂鬱だったけど、こりゃ楽しい時間になりそうだな!」
一部の女性陣たちの反応は違っていた。
「がんばってください、レオくん! ファイトー!」
「うふん、きっと彼ならやってくれるわ。私たちが想像もつかないような、すごいことを……」
「にん。拙者が育てたレオピンなら、きっとやってくれるでござる」
黒いヤジと黄色い歓声が渦巻くなか、俺はニックバッカ先生と対峙する。
スパンスパンと腕を振るい、脇を鳴らすニックバッカ先生。
「有名人くん! キミの顔の形が変わる前に、最初の一撃だけはノーガードで受けてやろう!
へなちょこパンチを、好きなところにミートさせるといい!」
「そうですか? それじゃ遠慮なく」
俺はニックバッカ先生のところにトコトコと歩いていく。
その最中、『器用貧乏』の『器用な肉体』スキルを発動。
器用さの大半を、『筋力』に変換する。
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レオピン
職業 武道家
LV 8
HP 2010 ⇒ 10
MP 2010 ⇒ 10
ステータス
生命 201 ⇒ 1
持久 201 ⇒ 1
強靱 1
精神 1
抵抗 1
俊敏 201 ⇒ 1
集中 201 ⇒ 1
筋力 201 ⇒ 2501
魔力 1
法力 1
知力 1
教養 201 ⇒ 1
五感 201 ⇒ 1
六感 1
魅力 1
幸運 2
器用 1300 ⇒ 200
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これだけあれば、へなちょこパンチと笑われることもないだろう。
俺はニックバッカ先生の懐に入ると、その流れのまま拳をショートに引く。
『武道家』の『ボクシングアーツ』のひとつである、ボディブローを軽く放ってみた。
そのパンチが、ニックバッカ先生の無防備な脇腹にめりこんだ途端、
……ドムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!
巨体は宙を舞いあがった。
俺は「しまった」と思う。
「まずは様子見として、軽く小突いただけなのに……」
『筋力』2500はやりすぎだったか。
ニックバッカ先生は数メートルほどブッ飛んで地面に叩きつけられ、倒れたままズザザザと滑っていった。
静かなる驚愕があたりを支配する。
俺のまわりには男子生徒たちがいて、俺を逃がさないように取り囲んでいたのだが、いつの間にか後ずさっていた。
「な……なんだ、今の……」
「ぱ……パンチ……だよな?」
「パンチであんなに吹っ飛ぶかよ!? まるで爆発したみたいだったぞ!?」
そんなことより、ニックバッカ先生のことを心配したほうがいいんじゃないか、と俺は思う。
そしたら、「ご、ご無事ですか!?」と声が。
見ると、観衆だった女生徒たちの中から、モナカがまっさきに飛び出していた。
さすがは聖女、ケガ人と見るとほっとけないんだろうな。
などと感心していると、モナカはニックバッカ先生ではなく、俺のほうに一直線に向かってきた。
俺の腕をガッと掴み、正気であるかを確かめるような大声をあげる。
「レオピンくん、しっかりしてください! 意識はハッキリしておりますか!? どこにもお怪我はありませんか!?」
「いや、いまの見てなかったのかよ。俺はなんともないよ」
俺が倒れているニックバッカ先生を指さすと、モナカは「あら?」と不思議そうにしていた。
「ニックバッカ先生、こんな所でお休みになるだなんて……お疲れなのでしょうか……?」
俺は思わずズッコケそうになる。
「やっぱり見てなかったのかよ!」
するとモナカは「とんでもない!」とばかりに、目をカッと見開く。
「そんなことはありません! ちゃんと拝見しておりました!
レオピンくんにお怪我があったら大変だと、ずっとレオピンくんのことを見つめておりました!」
どうやらモナカは俺のことばかり気にしていて、ニックバッカ先生のことは眼中になかったらしい。
気付くと、他の聖女たちの手によって、ニックバッカ先生は意識を取り戻していた。














