60 ヴァイスの門出
書籍版第2巻、本日発売です!
60 ヴァイスの門出
「ううっ……! おおっ……! ぼ、僕が、僕が悪かった……!
今までのことを、許してくれっ! 許してくれっ……! レオピンッ……!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
ヴァイスが心の底からの涙は、まるで外の天気が乗り移ったかのような大雨だった。
ヴァイスはお気に入りのタオルを与えられた子供のように、レオピンの手をしっかりと握り閉め、いつまでも泣いた。
やがて、ログハウスの屋根を打つ雨音はなくなり、嗚咽だけが部屋のなかに残る。
それもやがて寝息となり、窓の外からはカエルの楽しげな合唱が聞こえてきた。
力のゆるんだヴァイスから手を離したレオピンは、着ていたコートを脱いで、寝ているヴァイスに布団がわりにかけてやる。
窓の外を見やると、空には満天の星空が広がっていた。
「やっと雨が止んだか、明日は晴れそうだな」
レオピンはそうつぶやいて、床にゴロンと横になる。
窓から差し込む月明かりを浴びる、ふたりの少年。
ヴァイスはひとりベッドのなかで、ツメを噛んでいた。
――あのスープが思いのほかうまかったから、つい、気が緩んでしまったではないか……!
そしてあろうことか、レオピンの前で、あんなに大泣きしてしまうだなんて……!
この僕にとって、一生の不覚っ……!
いまいましそうに舌打ちをして、ゴロンと寝返りをうつヴァイス。
ベッドの上から見える床下には、気持ち良さそうに夢の中にいるレオピンが。
――この、ゴミがっ……!
なにが「今度は俺が、お前を守ってやる」だ……!
だが、やっとわかったぞ……!
このゴミが虐げられてもなお、学園を辞めなかった理由が……!
僕と以前のような関係に戻りたくて、こんなにも必死だったのか……!
追放されて三日三晩、雨の森をさまよった僕を、わざわざ見つけて介抱するだなんて……!
どれだけ、この僕のことを慕っているっていうんだ……!
だがお前はもう、僕に捨てられたんだ……!
噛みつかれて捨てたオモチャを、拾うバカがどこにいるっ……!?
ヴァイスは、ギリッ……! と強くツメを噛みしめる。
――いや、今はこんなゴミのことは、どうでもいいっ……!
僕なんとしてでも、返り咲かなくてはいけないんだ……!
弟のパイスがこの学園に来たということは、僕は父上に愛想を尽かされてしまったということだ。
なんとしても父上の信頼を、取り戻さねば……!
そのためには、どうすればいいっ……!?
勇者たちがいる以上、バカな校長を騙すのにも、限界があるっ……!
ならば勇者を、あのスキルで……。
ちょうどトワネットに掛けたときのクールダウンが、そろそろ終わるはずだから……。
いや、ダメだっ!
あの生徒会のメンツでは、いくら賢者の僕といえども、いまのレベルでは、太刀打ちできない……!
ヴァイスはツバでも吐きかけるように、レオピンに向かって舌打ちした。
――この僕にも、レオピンほどの力があれば、あるいは……。
レオピンは無職だというのに、この学園に入ったとたん、この僕をも唸らせるほどの活躍をした。
その秘密は、どこにあるのだろう……?
家捜しをしていたヴァイスは、一枚のコートを見つける。
それはレオピンがトレードマークのようにいつも身に付けているもので、月明かりだけの薄暗い部屋のなかで、異質なほどの存在感を放っていた。
そのコートはあまりにも黒すぎたのだ。
周囲に広がる漆黒すらも明るく見えてしまうほどに、どこまでも黒い。
まわりの闇を吸い込み、まるで視線までもを吸い込むかのような、そのコート。
蜘蛛の巣のように割れたヴァイスの眼鏡、その向こうにある瞳が煌めいた。
――そうか……! レオピンの強さの秘密は、このコートにあったんだ……!
このコートは『飛竜の革』でできているうえに、聖女の加護もあるという噂だ。
無職のゴミに大いなる力をもたらしていたとしても、なんらおかしくはないっ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
外がやけにさわがしくて、俺は目が覚めてしまった。
走り回る蹄の音、そして尾を引くような高笑いが、家のまわりをグルグルまわっている。
「な……なんだ、いったい……?」
外はまだ夜だった。
眠い目をこすりながら部屋から出てみる。
するとそこには、信じられないような光景が、広がっていた……!
家の屋根には、ワラが積み上げられていて、メラメラと燃えていた。
しかも俺の家だけじゃなく、村じゅうの家すべての屋根にワラが積まれ、どこも天を焦がすほどに火の手をあげている。
その中心で、狂ったように笑っていたのは……。
「ヴァイス!? なにをしているんだ!?」
ヴァイスは俺が飼っている白馬に跨がっていた。
俺に気付くと、三日月のように身体をよじって哄笑する。
「ふはははははははは! レオピンよ! お前の虚偽に満ちた伝説も、これで最後だ!
仕上げとして、お前の作ったまがいモノだらけの村を、この僕がキレイにしてやろう!」
赤黒い炎に照らされたヴァイスは、邪悪な笑みを浮かべながら、馬上で黒いコートを突きつける。
「お前の、数々の伝説を作ってきたこのコート……お前のようなゴミにはもったいない!
賢者であるこの僕にこそ、ふさわしいんだ!」
俺はヴァイスの凶行の意味が、さっぱりわからなかった。
「コート? 伝説? お前はにを言ってるんだ!?」
「とぼけるなっ! お前の力の源がこのコートであることは、賢者である僕にはとっくにお見通しなんだ!
これさえあれば、僕は新天地で、やりなおせるっ……!」
「新天地!? ヴァイス、お前、まさか……!?」
「そうだ! こんなゴミだらけの学園とは、今宵かぎりでおさらばだっ!
そして僕は本物の、賢者になるっ……!
お前はすべてを失い、なんの取り柄もない無職に戻るんだっ!
またひとりぼっちで、寂しく暮らすんだな! ふはははははははは!」
「待て、ヴァイス! 俺の力はコートによるものじゃない!
それに、そのコートを持っていったら、大変なことになるぞ!」
「ああ、それだよそれ! 僕はずっと、お前のその顔が見たかったんだ!
入学式以来だねぇ、お前のその顔は! あの時、お前がしおらしくしていたら、情け深く手をさしのべてやってもよかったんだが……!
それなのにお前ときたら、この僕の邪魔ばかりして……!」
「俺は邪魔なんかしてない! 俺はただ……!」
「まあ、そんなことは、今となってはどうでもいいことだ!
お前はもう、この僕に、完全に捨てられたんだ! なにもかも奪いつくされて、な! ふはははははははは!」
ヴァイスは白馬を反転させると、絹の御旗のようにコートを掲げて走り出す。
俺は『俊敏』さに極振りをして、ヤツに追いつこうとしたが、
「コケッ、コケェーーーッ!?」「ンメェェェーーーッ!?」「モォォォォーーーッ!?」
燃える厩舎に残された家畜たちが大暴れしていたので、俺はそっちを助けにいかざるを得なかった。
「燃えろ燃えろ、燃えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!!
この僕の新たな門出にふさわしい、最高のフィナーレだっ!
ふはははははははは! はーっはっはっはっはっはっはっはっはーーーーーーーーーーっ!!」
俺は走り去るヤツの背中に向かって、声をかぎりにして叫ぶ。
「そのコートは、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺がヴァイスとのやりとりの最中、コートのことばかり心配して、他のことをあんまり気に掛けていなかった理由は、他でもなかった。
まず、レオピン村にある施設はどれも耐火性能があるので、火を付けられたところで燃えることはない。
屋根にワラを積まれて火を付けられたので、派手に燃えているように見えるが、家自体はなんともなっていなかったんだ。
それでも家畜たちは火に怯えて暴れていたので、やむなく厩舎の火だけは消しておいた。
そして、やたらとコートのことばかり心配していたのは、ある理由から。
それは、ヴァイスの持ち去ったコートが、俺の大切な一張羅だったからじゃない。
むしろ間違って着ることがないように、隠しておいたもの……。
明日にでも処分しようと思っていた、複製に失敗したコートだったんだ……!
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邪竜と悪女のコート|(複製・呪いアイテム)
個数1
品質レベル109
飛竜の革とダイジャヅルの糸から作ったコートを複製したもの。
呪われており、着用すると脱げなくなる。
着用していると、重い病にかかったほどに苦しめられることがある。
またどんなに苦しくても、自ら命を絶つことはできない。
ダメージは裸のときの数倍となり、タンスのカドに小指をぶつけただけでも半死となる。
悪女の邪悪なる想いが込められ、最悪の運勢となる。
特殊効果
不死
HPが0になっても生き続けられる
呪い付与
ポケットに入れたものが呪われる
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「うっ……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
切り裂くような断末魔が、夜の闇に響いていた。
今後の更新につきまして
本日発売の書籍版2巻の動向次第でもあるのですが、こちらのWeb版の更新はコミカライズ版と軸足を合わせようと思っております。
その場合、コミカライズの展開にあわせてこちらのほうも更新することになりますので、ご了承ください。