49 ヴァイスとレオピン10
49 ヴァイスとレオピン10
濃い霧のような煙と、謎めいたヴェールに覆われた錬金術師の女。
表情はわからないが、口元にはずっと蠱惑的な笑みを浮かべていた。
まだ幼いはずなのに大人のようなネイルの指先で、ふたつの薬瓶を示す。
「んふふ。紫色と、緑色のポーション……どちらかひとつでも飲み干したら、キノコのことを教えてあげるわ。飲むのは、あなたたちのどちらでも構わない……ふたりで飲んでもいいわよ」
そして、噛んで含めるように続けた。
「紫色のポーションを飲んだ場合、私が教えたキノコの場所はすぐに忘れてしまうでしょうね。緑色のポーションを飲んだ場合、キノコの場所はわかっても、寝込んでしまうわ。キノコはもうすぐシーズンオフだから、来年まで採りに行けなくなるわね」
焦らすようなその声に、レオピンはまたしてもしびれを切らしてしまう。
「そんな……!? なんでそんなことをしなくちゃいけないんだよ!? 意地悪せずに教えてくれよ!」
「あんっ、これは意地悪なんかじゃないわ。あなたたちが、心を開くに相応しい男かどうかを見極めているのよ。本当だったらじっくり時間をかけるところを、特別に早くしてあげてるんだから」
「なら、俺が飲む!」
ずいっと前に出るレオピンに、ヴァイスは思考を打ち切った。
「待て、レオピン。慌てるな、よく考えるんだ」
「考えることなんてないだろう!? ポーションを飲めばキノコのことを教えてもらえるんだ!」
「どっちを飲むつもりだ?」
レオピンはまったく考えてなかったのか、「それは……」と言い淀んだあと、
「紫色のポーションだ! キノコの場所を教えてもらったら、意地でも忘れないようにして、ヴァイスに教える!」
「また精神論か。忘却効果のあるポーションを飲んで、意地でも忘れないなんてことができるわけがないだろう」
「そんなことはない! 本気になって覚えていれば、きっと……!」
「キミはキノコを食べさせられて、なによりも大切なことを忘れていたじゃないか。そのことまでも忘れてわけじゃあるまい?」
「ぐっ……!」
「キミはいちど記憶を失っているんだ。そのうえ濃縮した忘却効果のポーションなんて飲んでしまったら、どうなるかわからないぞ」
ヴァイスとレオピン、ふたりのやりとりを見ていた錬金術師の女は、鈴をこねくり回すような声で笑った。
「んふふ……。すでに洗練された男と、まだ荒削りな男と、……。まるでダイヤモンドと原石が、ぶつかり合ってるみたい……」
ヴァイスの理論は異論を挟む余地がないものであったが、レオピンは納得いかない様子だった。
「でも、俺が飲まなくちゃいけないんだ! だってこれは、俺が始めたことなんだから!」
「そんなことを言うな。レオピンが大切に想っている人は、僕にとっても大切なんだ」
ヴァイスはレオピンの肩に手を置いて、真摯な瞳で告げる。
「だから僕が飲む。僕になにかあったら、あとのことは頼んだぞ」
「そ、そんな……!?」
ヴァイスは錬金術師の女のほうに向き直り、作業机のポーションに手を伸ばす。
「これが、僕の選択だ……!」
……ガッ……!
と彼が掴んだものは、誰もが目を見張るものだった。
なんと、紫色と緑色、両方のポーション……!
女の口元が、驚愕に彩られる。
「えっ……!? まさか……!?」
「やっ……やめろぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」
レオピンが止めるより早く、ヴァイスはわし掴みにした2本のポーションを一気にあおった。
背筋を反らすほどの勢い、口元からあふれ出るほどの勢いで、全部飲み干してしまう。
そして、
……ズダァンッ!
カラッポになった瓶を、作業机に叩きつけた。
そして、震える唇に向かって告げる。
「……これが、僕の答えだ……!」
濡れた唇を、ニヤリッ! と吊り上げるヴァイス。
「ど……どうして……どうして、わかったの……?」
「キミは言っただろう? 『謎かけ』だって。謎かけってことは、必ず正解があると思ったんだ」
ヴァイスは「ふぅ」とひと息ついて、ポケットから取りだしたハンカチで口を拭う。
「それにキミはこうも言った。『どちらかひとつでも飲み干したら』と。ひとつでも、ということは、両方でもいいということだ」
女は「はふぅぅぅ……」と、恍惚のため息を漏らす。
「そう、緑色と紫色……両方のポーションを飲むと、お互いの効果が打ち消されてしまうの……。だからあなたは記憶も失っていないし、昏倒もしていない」
女は、最高の快楽を味わったあとの余韻を楽しむかのように、椅子の背もたれに身体を預けた。
「んふっ……この謎かけを解いたのは、あなたが初めてよ……。いままでの男は、飲むことすらしなかったわ……。いいわ、なんでも教えてあげる……」
「いや、キノコの場所と棲息地を教えてくれればいい。僕がキミに望むのは、それだけだ」
「あはんっ、つれないのねぇ……。まあいいわ、キノコは『アムネシア』という名前ね。棲息条件がとても限定されているから、珍しいキノコなの。このあたりだと、『母忘れの山』に生えているだけね」
「そうか、邪魔をしたな」
ヴァイスは女にさっさと背を向け、テントから出ていこうとする。
呆然としていたレオピンもハッと我に返り、その後を追った。
その背中に「待って」と声がかかる。
「ダイヤモンドさん……原石さん……あなたたちとは、どこかでまた会える気がするわ。その時には、どちらも素敵な男になっているかもしれないわね。私の唇をプレゼントできるほどの、ね……」
女は先払いをするように、チュッと投げキッスを飛ばす。
「だって……ふたりとも、この私が認めた男なんだから……ネッ」














