48 ヴァイスとレオピン9
48 ヴァイスとレオピン9
コロネに聞き込みを行なうヴァイスとレオピン。
彼女が言うには、レオピンは聖堂の中庭で人さらいに痛めつけられたあと、紫色のキノコを無理やり食べさせられていたらしい。
コロネはその様子を、聖堂の茂みの中から伺っていた。
その後、意識を失ったレオピンは人さらいの馬車に乗せられて運ばれ、大通りで投げ捨てられたそうだ。
ひととおり話を聞き終えたヴァイスは「ふむ」といつものポーズを取る。
「どうやらその紫色のキノコが、レオピンが記憶を失った原因のようだな」
「でもそうだとしても、なんでわざわざ大通りに運んでまで俺を捨てたんだ?
記憶を失ってるんだったら、そのまま中庭に残していけばいいものを……」
「その可能性はふたつある。
犯行現場である聖堂からレオピンを引き離すことにより、記憶喪失の効果を高めたのかもしれない。
犯行現地でレオピンが気がついたら、それをキッカケにして、記憶が戻る可能性が高くなると考えたんだろう。
そしてもうひとつは、僕がレオピンを見つけたときは、半死の状態だった。
人気のない聖堂に放置していると、レオピンが死んでしまうと考えたのかもしれない。
いくら貧民街でも、殺人となれば衛兵は動かざるをえないからな」
「なるほどぉ……!」
相変わらずの名推理っぷりに感心するレオピン。
しかしその表情は、すぐに曇ってしまう。
「でもそれだけじゃ、なんの手掛かりにもならないよな……」
レオピンが落ち込むと、コロネも悲しそうにする。
「ごめんね、レオピンおにいちゃん……」
「謝る必要はありませんよ、コロネさん」
「えっ?」と顔をあげるレオピンとコロネ。
そこには、謎はすべて解けたといわんばかりに、両手を広げるヴァイスが立っていた。
「ありがとう……! あなたは最高の手掛かりをもたらしてくれました……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからヴァイスとレオピンはコロネと別れ、街の正門から出ている乗り合い馬車に乗り、隣町を目指していた。
街道を走る馬車のなかで揺れながら、レオピンが尋ねる。
「おいヴァイス、隣町に行ってなにをするんだよ?」
「いまの僕たちの最大の手掛かりは、紫色のキノコだ。キノコといって思いつくものはなんだ?」
「キノコ……? えっと、秋の味覚とか、毒とか……?」
「では、毒といえばなんだ?」
「そりゃ、ポーションとか……あっ、もしかして、錬金術……!?」
「その通り、隣町には高名な錬金術師がいる。紫色のキノコのことを、なにか知っているかもしれん」
「錬金術師はキノコをよく使うらしいから、詳しいかもしれないけど……。
キノコのことを調べても、さらわれたカノコの捜索の手掛かりにはならないんじゃ……?」
「まあ、僕の任せておけ」
目的の錬金術師の居場所はすぐに見つかった。
街の人はみんな知っており、中央広場で大きなテントを張って商売しているという。
行ってみると、その日は定休日で閉っていた。
外から呼びかけてみたが、返事はない。
普通の人間なら今日はあきらめて、後日訪ねなおすところなのだが……。
ヴァイスのレオピンは、テントの隙間から身体をねじこませ、中に忍び込んでいた。
出たところは作業場のようで、中には怪しい色の煙がたちこめている。
煙の向こうから、女性の声がした。
「んふっ、イタズラっ子が入ってくるのは久しぶりね」
目を凝らしてみると、煙の向こうにある作業机に、小さな人影が座っているのが見えた。
「みんな懲らしめたと思ったのに、まだいただなんてね……んふふ、こっちへいらっしゃい」
人影は、妖狐のように怪しい手つきで手招きする。
ヴァイスとレオピンは、警戒しつつもその招きに従い、作業机に近づいていく。
そこには、異国の装束をまとう小柄な人物がいた。
背格好からして同じ小学生のようなのだが、ヴェールを深く被っているせいで顔は見えない。
燃えるようなルージュの唇は、同じ歳頃とは思えないほどに妖艶。
落ち着いた雰囲気と相まって、少女というよりも、すでに女の風格であった。
女はヴァイスのほうを向いて「あはん……」と悩ましげな声をあげる。
「お坊ちゃんがここを訪れるのはよくあることだけど、忍び込んできた子は初めてだわ」
「僕はあいにく、愛をささやきに来たわけじゃないんだ。ちょっと、聞きたいことがあってね」
女は無言で小首をかしげる。
「食べると記憶が無くなるっていうキノコを知っているかい? 色は紫色なんだが」
「もちろん知ってるわよ。キノコとオトコには詳しいの」
「なんていうキノコなのか教えてほしい」
「んふっ、じゃあ、オトコとオンナのこと以外なら、なんでもわかる場所を教えてあげるわ。図書館っていうの」
「いや、図書館で調べたところで、わかるのは名前と性質くらいのものだろう。どこに生えているかが知りたいんだ」
「あら、そうなの? それじゃ……」
レオピンはヴァイスの後ろでやりとを黙って見ていたが、とうとう焦れた様子で口を挟んだ。
「頼む、もったいぶらずに教えてくれよ! こっちは急いでるんだ! 女の子が……!」
ヴァイスは振り返り「シッ!」と歯を鳴らす。
「こちらの意図を喋っちゃ駄目だ、付け込まれるぞ。焦らずに……」
ふたりの背後から「んふぅ」と甘やかな吐息が漂ってきた。
「んもぅ、人聞きが悪いわねぇ……。でも、焦っちゃ駄目なのは、その通りね……。
こういう駆け引きは楽しまないと……ネッ」
「レオピン、ここは僕に任せてくれ」
ヴァイスはそう言って、女とふたたび対峙する。
「僕たちは、そのキノコについて調べてるんだ。礼ならさせてもらう、いくらほしいんだ?」
すると、女は気だるそうなため息をついた。
まるで、あてがはずれたと言わんばかりに。
「あふぅ……。錬金術師にとって、素材の棲息地の情報は、身体のホクロの位置とおんなじなの。
心を許した男だけが、どこにあるのか知ることができる……。
それを、お金でなんて……」
「どうすればいいんだ? どうすれば、キミは心を開いてくれるんだ?」
「あんっ、そうねぇ……」
女はネイルの指先を唇に添え、考えるような素振りを見せる。
やがて、後ろにあった棚から、ふたつの瓶を取りだす。
「んふっ、謎かけよ」と微笑んで、作業机に置いた。
ひとつは紫色の液体が入っており、もうひとつは緑色の液体が入っている。
「紫色のポーションは、あなたが尋ねたキノコを使って作ったポーションなの。
精神治療などに使われるもので、飲むと記憶を無くしちゃうの」
「……緑色のポーションはなんだ?」
ヴァイスの問いに、女は木の実のようなものを取り出してみせた。
それはブドウくらいの大きさで、緑色をしている。
「この『コンフルーツ』を使ったポーションよ。コンフルーツは強い香りがあって、香水によく使われるの。
いま机にあるのは濃縮したものよ。間違って飲んじゃうと、半年ほど寝込んでしまうわ」
女はルージュの唇を、三日月のようにニッコリさせる。
「んふっ。どちらかひとつでも飲み干したら、キノコのことを教えてあげるわ。
もちろん、飲み干した男だけにそっと、ネッ」