35 拠点拡張
35 拠点拡張
次の日の朝。
外がなんだか賑やかで、それで目が覚めた。
ベッドから身体を起こし、すぐそばにある窓を見てみる。
外の調理場では、調理師の格好をした生徒たちが忙しそうに行き来していた。
1年16組、いや今は『レオピン親衛隊』のメンバーが、朝食を作っているようだ。
俺はそのままベッドから起きだそうとして、部屋に誰かがいるのに気付く。
「「おはようございます、レオピン様っ!」」
それはモナカとコトネで、ふたりはベッドの下の床に正座して、俺が起きるのを待っていたようだ。
「「朝のお世話にまいりました!」」
ふたりは爽やかな笑顔で立ち上がる。
モナカはあったかいおしぼりで、俺の顔をふきふきしてくれる。
コトネはミコ服の懐からクシを取り出すと、俺の後ろに回り込んで髪の毛をとかしてくれた。
そしてモナカは俺のワイシャツの襟を直してくれる。
コトネは壁に掛けてある、俺の一張羅のコートを取ってきて着せてくれた。
至れり尽くせりのサービスだったが、なんだか身分不相応な扱いのような気がして居心地が悪い。
「どうぞ、レオピン様! 村のみんなが待っております!」
ふたりはわざわざ、扉まで開けて外までエスコートしてくれる。
門の外に出ると、木のテーブルがいくつもセッティングされていて、調理師たちをのぞく『レオピン親衛隊』のメンバーが全員着席していた。
「おはようございます! レオピン様! 畑仕事と家畜の世話は、全部すませておきました!」
「あ……ああ、ありがとう」
俺が案内された上座は、横に長いベンチみたいな椅子だった。
着席すると、調理師たちが次々と、できたての朝食を運んでくる。
メンバーに配られていたのは、普通の『西の開拓者の朝食セット』だったが、俺のだけは大盛り。
「この糧を与えてくださったレオピン様に感謝をして、いただきましょう」
「いただきますっ! レオピン様っ!」
くすぐったい合唱とともに、にぎやかな朝食が始まる。
まあ、たまにはこんなのもいいか……と思って食べようとしたら、テーブルにナイフとフォークがない。
いつの間にか、俺の両脇にはモナカとコトネが寄り添っていた。
「はい、レオピン様、あーんしてください」
モナカが、フォークに刺したサラダを俺の口に運んでくる。
さすがにたまらなくなって、俺はみんなに言った。
「あの、水を差すわけじゃないんだが……こういうの、やめてくれないか?」
「そんな!?」と両脇から、ショックを受けたような声がする。
モナカとコトネは反論したそうな顔をしていたが、俺は視線で押しとどめる。
「俺としては、みんなは今までどおり、普通に接してほしいんだ」
賑やかだった食卓は沈黙のあと、ざわめきに包まれた。
みんなが驚くのも無理はない。
村長といえば権力者とされているので、世間的にはこのくらい丁重な扱いを受けるのは当然とされている。
上級職と下級職ですら、その身分の差には大きな隔たりがあるので、村長と村人というのはもはや神と人間の差にも等しいといえるだろう。
しかし俺は、神になる気などない。
「俺にとっては、みんなは仲間なんだ。敬ってくれるのはかまわないが、ほどほどにしてくれ。
そうだなぁ……せいぜい、生徒会長くらいの扱いでとどめてくれないか?」
俺は知らなかった。
まさか俺たち意外の第三者が、このやりとりを聞いていただなんて。
そして俺の何気ない一言が、その人物を大いに傷付けているだなんて。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヴァイスは今朝がた、生徒会長室にある魔導監視装置から、レオピンの家に大勢の人が集まっているのに気付いた。
朝食もそこそこに校舎を飛び出すと、レオピンの森へと向かう。
森の入口にある木陰から、食卓の様子を窺うと……。
そこには、彼が夢見た光景が広がっていた。
村長は着席するのが最後で、その様子を羨望のまなざしで見る村人たち。
朝の仕事を終わらせたという報告と、できたてのあたたかい食事。
それを美少女ふたりに囲まれ、あーんして食べさせてもらう……!
ヴァイスは羨ましさのあまり、木の幹をバリバリとツメで引っ掻いていた。
「ぐっ……ぎぎぎっ! ほ、本来ならば、あの場所には、僕が座っているはずなんだ……!
下級職の生徒たちを従え、働かせ、そして聖女とミコに身の回りの世話をさせる……!
賢者の僕こそがふさわしい扱いを、なぜあんな無職のゴミなんかがっ……!」
そして飛び出したレオピンの一言に、思わず叫び出しそうになってしまう。
「せ、せいぜい、生徒会長だとぉ……!?
この僕がどれだけ苦労して、いまの立場を手にしたと思ってるんだっ……!?
あの無職のゴミは、賢者の僕と、同じ立場でいるつもりなのかっ……!?
ゆ……許さんぞ、そんなことはっ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の生徒会長宣言に、モナカとコトネはしゅんとしていた。
身の回りの世話ができなくなったことが、よっぽどショックだったらしい。
ふたりがあまりにも落ち込んでいたので、俺はつい言ってしまう。
「ようは、王様みたいに大袈裟じゃなければいいんだ。汗を拭いてくれるくらいのことなら、これまで通り頼むよ」
するとモナカとコトネは、しおれたが花が息を吹き返したように元気になった。
「はい、わかりました! あっ、レオくん、お口が汚れておりますので、お拭きいたしますね! それと、肩をお揉みします!」
「はい、かしこまりました! わたくしは、つまようじで歯のおそうじを! それと、おみ足を揉ませていただきます!」
美少女秘書たちのやる気に、より火を付けてしまったような気がする。
「それとお師匠様、食後はなにをなさいますか? 先立ちまして、準備を手配いたします!」
俺はマッサージを受けながら答える。
「今日からしばらくは、拠点の拡張に着手するつもりだ」
きっかけは、牧場が手狭になったことなのだが、みんなが村人になったということは、ここに住居を作る必要がある。
となると、この拠点を抜本的に改造したほうがいいだろうと、昨日の夜から考えてたんだ。
俺は70名もの人手を使い、さっそく作業にとりかかる。
「まず、森の入口の木をぜんぶ切り倒して更地にするんだ。
そうすると外の草原と繋がるから、その400メートル四方を村の敷地にする。
そして村の外側に、畑と牧場を移設するんだ。
俺は森の伐採をして、みんなの家を建てるから、みんなは畑と牧場の移し替えをやってくれるか?」
「はーいっ!」
作業を効率化するため、俺はまず、ギスの木を使ってあるものを作った。
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ギスの荷馬車
個数7
品質レベル42|(素材レベル12+器用ボーナス7+職業ボーナス23)
高品質なギスの木材で作られた運搬道具。
各種ボーナスにより、通常の荷車の10倍の積載が可能。
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いま牧場には馬は14頭いるので、2頭ずつペアにして、7台の荷馬車を牽引させた。
いままでの運送手段は人力の荷車だったが、さすが荷馬車はパワーが段違い。
牧場の柵も、畑の作物も、いっぺんに運び終えてしまった。
仲間たちが牧場の柵を作ったり、新しい畑を耕している間に、俺は俺で作業を進める。
木こりに転職して、森の入口の木をフルパワーで伐採、切り株や茂みまで引っこ抜く。
いままで俺の家は、居住区からは森の木があって見えにくかったのだが、更地になったので完全に丸見えとなった。
モナカとコトネがやってきて、俺の汗をふきふきしてくれる。
ふたりはもうすっかり俺の専属秘書になっていて、みんなとは別行動するようになっていた。
視界の開けた敷地を見渡しながらひと息つき、これからのことを考える。
「さて、あとはこの木を使って、ここに家を建てなくちゃな。モナカとコトネの家が一軒ずつと、あとは……」
すると朝食のときの再来のような、「そんな!?」とショッキングな声がする。
「わたしたちは、レオくんと、その、いっしょに……!」
モナカはもじもじしていたが、コトネはキッパリしていた。
「お師匠様のお住まいで、おはようからおやすみまで、お世話をさせていただくつもりでしたのに……!?」
「いやいや、さすがにそれはダメだろ」
俺はふたりの頭をポンポンと叩いた。














