22 釣り師
22 釣り師
馬車たちは森のなかを、大きく迂回するようにぐるーっと一周し、気付くと学園の近くまで戻ってきていた。
そして俺たちは学園の北東側にある、おおきな湖にたどり着く。
俺は馬を降りると、調教した馬たちを、湖のまわりに放牧する。
それにしても、学園とは目と鼻の先のこんな近場に、湖があるだなんて知らなかった。
ここを知っていたら、『炎の七日間』であんな苦労して水場を探すこともなかったのに……。
なんて思っていたら、近道を走って追いついてきたサー先生が教えてくれた。
「どうだ、見事な湖だろう! ここは、サーが赴任するにあたって特別に作らせた人工湖だ!」
なんだ、最近できたばかりの湖なのか。
そういえば、湖のまわりには大きな倉庫やコンテナが積んであるのが見えるな。
「そしてここが、今日の貴様らの戦場だ! 貴様らにはこれから、サバイバルの基本である、魚の確保を行なってもらう! 獲った魚がそのまま昼メシになるから、1匹も獲れなかったヤツは昼メシ抜きだと思えっ!」
「ええーっ」と嫌そうな声があがる。
なるほど、今日の授業は魚の獲り方を教えてくれるのか。
サバイバルという状況下において、魚は大切な栄養源だもんな……。
なんて思っていたら、サー先生はコンテナから取り出した釣り竿を、生徒たちに配りはじめた。
俺は基本的に、先生方の指導内容には異を唱えることはしない。
カケルクンの無理難題ゲームにだってちゃんと付き合っているのだが、この時ばかりはさすがに手を挙げてしまった。
「せ……先生! 質問です! まさかその釣り竿で、魚を釣るんですか!?」
釣り竿が用意されているサバイバルなんて聞いたことがない。
しかも上位のクラスに渡されていたのは、魔導装置が内蔵されている立派な竿だった。
「言っとくが、貴様のぶんはないからな」
しかしサー先生は、俺の質問の意図を完全に取り違えていた。
それっきり俺を無視し、生徒たちに命じる。
「ブィィィィンッ! それではサバイバル始めっ! 今回は特別に、クラスメイト以外のグループを組むのを許可してやる! ただし、魚がいちばん獲れなかったグループは、湖に叩き込んでやるから覚悟しろっ!」
号令一下、仲良しのクラスメイトとグループを組み始める生徒たち。
脇目もふらない勢いで、モナカとコトネのコンビが俺のところにやってくる。
「レオピンくん!」「お師匠様!」「「わたしたちといっしょに……!」」
ふたりの息ピッタリの声は、無粋な振動によって上書きされた。
「ブィィィィンッ! 『特別養成学級』の生徒とグループを組んだ者は、同じ落ちこぼれとみなし、竿の支給はナシだ! 1匹も魚を獲れなくて、みなの前で無様に溺れたければどうぞ好きにするがいい!」
サー先生はまだ知らないのだろう。
このふたりが、その程度の脅しに屈する者たちではないと。
「はい! サー・バイブ先生! わたしたちは、レオくんと一緒にやります!」
「お師匠様の弟子であるわたくしたちは、一蓮托生でございます!」
モナカは嬉々として、コトネは凜とした表情で、落ちこぼれの仲間入りを発表した。
するとそれが後押しとなったのか、彼女たちのクラスメイトや、マーチャンたちや調教師のクラス、そしてアケミのクラスまで俺のところにやってくる。
気付くと俺のグループは、全グループのなかでも最大勢力となっていた。
「ぶっ、ブィィンッ!? こ、こんなはずでは……!?」
予想外の展開に震えるサー先生。
そして予想どおりの展開がおこる。
「それじゃあせっかくだから、『レオピン釣り合戦ゲーム』をやろうね! ねっ!
ルールは簡単だよ! レオピンくんチームと、サー先生チームのふたつに分かれて、お昼の鐘が鳴るまでに、より多くの魚を獲ったがほうの勝ちだよ! だよっ!」
いつの間にかいたカケルクンが、また一方的なゲーム開始を宣言する。
俺のチームはおよそ50人ほどだが、サー先生のチームには残った生徒全員が加わり、ぜんぶで200人ほどになっていた。
しかもこっちは何もないのに、相手側は立派な釣り竿が配備されている。
人数面でも装備面でも、圧倒的に不利なゲームだった。
しかし……またやるしかないんだろうなぁ。
カケルクンは、これだけの差があれば絶対に勝てると思ったのだろう。
「さっきの『レオピンくん真ヘルマラソンゲーム』はレオピンくんの勝ちだけど、払い戻しの前に新しいゲームを始めちゃったから、賭け金はプールだよ! この『レオピン釣り合戦ゲーム』で勝った方が、倍付けの6億をもらえるってことにしようね! ねっねっ!」
俺は「はぁ」と、我ながら気のない返事をする。
6億なんて俺には見たこともない金だが、ここで貰ってもどうぜ絵に描いた餅でしかない。
「それじゃあゲーム、スタートだよーっ!」
カケルクンの合図のあと、サー先生チームの生徒たちは、さっそく釣り竿を振り回し、釣り針を湖へと投げ込もうとする。
しかし針にはエサが付いていないうえに、竿の振り方も素人丸出しで、あっちこっちに引っかけていた。
どうやらお坊ちゃんお嬢ちゃん連中は、釣りをやったことがないらしい。
そして俺のグループのほうに視線を移すと、モナカはブーツと靴下を脱ぎ、裸足になっている真っ最中だった。
「モナカ、まさかお前、湖に入って手づかみで魚を獲るつもりか?」
「えっ? いけませんか? 小さい頃、レオくんがやって見せてくださいましたよね?」
「手づかみで魚を獲れるのは、狭い川くらいのもんだ。こんな広い湖の魚なんて、近づいただけで遠くまで逃げられちまうぞ」
「では、どうしましょう?」
「そうだなぁ……。よし、ちょっと待ってろ」
俺は『器用貧乏』の『器用な転職』スキルで、『木工師』に転職。
近くにあったシナリギの木から、ちょうどいい長さの枝を切断。
愛用の『オオイノシシの大ナイフ』で、枝葉を落とし、あとはワイヤーがわりに持ち歩いている『ダイジャヅルの糸』を先端に結び付ける。
「あとは拾った軽石と、木切れをちょっと加工した釣り針と疑似餌を、糸に結び付ければ……」
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シナリギとダイジャヅルの釣り竿(ハイクオリティ)
個数1
品質レベル63|(素材レベル26+器用ボーナス6+職業ボーナス21+クオリティボーナス10)
シナリギとダイジャヅルの糸で作った釣り竿。
通常の釣り竿よりも遥かによくしなり、ほぼ折れることはない。
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「できた! これが俺たちの釣り竿だ!」
それはサー先生が配っている釣り竿に比べると、かなり質素で素朴だ。
魔導巻き取り式のリールも付いていないし、釣り針も細くて小さく、疑似餌の色も茶黒くて地味。
しかし中身の品質は一級品。ハイクオリティの証である、ほんのりとした光を放っている。
俺はさらに高速で作業を続け、50本もの釣り竿を一気に作り上げた。
「す、すごい……。レオピンくんって、本当になんでも作れちゃうんだね……」
俺は、唖然とするマーチャンに最後の釣り竿を手渡す。
「よし、釣り竿は行き渡ったようだな。それじゃあさっそく魚釣りといくか」
ちょうど、おあつらえ向きの職業も手に入れたしな。
俺は『器用貧乏』の『器用な転職』スキルを発動、未知の職へと転職した。
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職業 調教師 ⇒ 漁師
職業スキル
川漁(パッシブ)
川や渓流における漁の知識と技術
湖漁(パッシブ)
湖や池における漁の知識と技術
海漁(パッシブ)
海における漁の知識と技術
漁師料理(パッシブ)
魚介類における料理の知識と技術
漁師音頭(アクティブ)
掛け声により、同じ漁をする仲間の能力を向上させる
釣技・春霞(アクティブ・スペシャル)
釣り針を遠くまで飛ばす
釣技・冬枯(アクティブ・スペシャル)
絶妙な竿さばきで、かかった魚を疲れさせる
釣技・秋月(アクティブ・スペシャル)
使用中の漁具の強度を一時的に10倍にする
釣技・夏渡(アクティブ・スペシャル)
どんな大物でも釣り上げることができる
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途端、頭の中が冴えわたり、湖のあちこちが『ポイント』に見えてくる。
漁場という名のポイントに。
「よし、あそこが最高のポイントだ」
俺はみんなを引きつれて、喧噪ともいえるサー先生のグループから離れる。
穏やかな湖面のほとりに移動すると、コートのポケットから一切れのパンを取りだした。
これは、以前焼いた『天使のふわふわパン』だ。
特殊効果のおかげで、数日経っているというのにまだフワフワしている。
俺はそれを手で小さくちぎって、湖面に投げ入れる。
隣にいたモナカは、んまぁ、と手で口を押えていた。
「レオくん、なにをしているのですか!? せっかくのパンを……!」
「慌てるな、モナカ、これは『撒き餌』といって、あらかじめ餌を撒いておくことで、魚を釣りやすくするんだ」
撒き餌に魚が寄ってくるまでの間、俺は漁師で得た知識で、釣りについてのレクチャーを行う。
なにせ、モナカやコトネやアケミなどのお嬢様たちは、釣り竿を持つのも初めてみたいだからな。
簡単な竿の扱い方まで教えたところで、みんなで湖のへりに並んで、俺の合図とともに釣り糸を投げ込む。
漁師のパッシブスキル『漁師音頭』だ。
「それじゃあ俺の合図で、釣り竿をゆっくり上下させるんだ! おいでませー!」
「おいでませー!」と俺のあとに続く、漁師の卵たち。
遠巻きに見ていたサー先生チームの生徒が、そんな俺たちを見て失笑していた。
「おい見ろよ、あの釣り竿!」
「ぶっ! なんだありゃ、木の枝にツタを付けただけじゃねぇか!」
「それになんだよ! あのゴミ野郎のへんなかけ声は!」
「あんなんで魚が釣れるんだったら苦労しねぇぜ!」
「そうそう! サー先生から借りた最高級の釣り竿を使ってる俺たちだって、まだ1匹も釣れてねぇんだからな!」
次の瞬間、一列に並んだ竿たちが、ぐんっと一斉にしなった。
「よしっ、かかったぞ! みんな教えたとおりに、ひと息で引き上げるんだ! どっこいせーっ!」
……ざっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
逆立つ水飛沫をあげ、次々に跳ね上がったのは……。
陽光を受け、キラキラと銀色に輝く、50匹もの魚たち……!
「え……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」