09 豪商ペイパー
09 豪商ペイパー
家に戻ってみると、マーチャンが俺を探していた。
「あっ、いたいた! レオピンくん、いったいどこに行ってたの!? いつまで経っても戻らないから、このあたりを走り回って探してたんだよ!?」
「ああ、ちょっといろいろ道具を準備してたんだ。そっちはもう終わったのか?」
「うん! 見てみて! じゃじゃーんっ!」
畑には、山と積まれたコムギの束があった。
「よーし、それじゃあこのコムギを荷車で積んで……」「わかった!」
言うが早いかさっそく駆け出そうとするマーチャンに、バカにしくさったような声が掛けられる。
「パァ~ッ?」
見ると、森の入口のほうから、貴族の上着を羽織った男子生徒と、校長と教頭を加えた3人組が歩いてくるのが見えた。
マーチャンは、驚きと嫌悪が入り交じったような声をあげる。
「あっ、ペイ・パー様!? どうしてここに!?」
するとペイパーと呼ばれた男子生徒は、俺のほうに視線をよこしながら、紙袋を突き出してきた。
「ほら、これを恵んであげよう。購買で扱っている小麦粉だ」
俺が無視していると、ペイパーの態度はさらに不愉快になる。
「ペイッ、キミのことだよ、そこのゴミ。
キミなんかには逆立ちしたって口にできない最高級の小麦粉を、特別に恵んであげようって言っているんだ。
さっさと取りに来たらどうだい? それとも言葉もわからないほどのパァなのかな?」
それでも俺が無視していると、ペイパーはブツクサいいながら近づいてくる。
紙袋を握りしめた拳を、俺の鼻先スレスレに突きつけてきた。
「これで、取引成立だね。
購買部で1万¥で販売されている、この小麦粉1キロと、ここにあるコムギソウを交換だ」
マーチャンはギョッとなる。
「ええっ!? お待ちください、ペイ・パー様!
ここにあるコムギソウは、畑いっぱい分もあるんですよ!?
それを、たったの1キロの小麦粉と交換だなんて……!」
「ああ、マーチャン、わかっているよ。
我が豪商連合が扱っている最高品質の小麦粉と、ゴミが育てた低品質なコムギソウでは、まったく釣り合わないと言いたいんだろう?
誤解してもらっては困るね、ペイは、これから畑で育つコムギソウも含めて前払いをしているんだよ」
「ええええええっ!?」
俺はペイパーとマーチャンのやりとりを他人事のように耳に入れながら、なんとなく目の前にある紙袋の中身を『鑑定』してみた。
--------------------------------------------------
低品質な小麦粉
個数1000
品質レベルマイナス9|(素材ペナルティ2+職業ペナルティ3+失敗ペナルティ4)
コムギソウの種子を挽いた粉。食用となる。
粉が荒くて風味が悪く、もみがらも混ざっている。
どんな調理法でもボーナスは得られず、焼くとパサパサになる。
--------------------------------------------------
「どっちが低品質なんだか……。
しかもこんなのを1万で売るとか、ボッタクリを通り越して詐欺だな……」
それは独り言だったのだが、ペイパーはようやくわかったか、みたいな溜息をついた。
「パァ。その通り。キミが作った低品質なコムギソウなんて、普通の商人が流通させたら詐欺呼ばわりされるだろうね。
だが豪商連合にかかれば、こんなゴミでも黄金に変わる。
その方法はナイショだが、錬金術師なんかよりも、ペイたちのほうが黄金を生み出す力があるのさ」
ヤツは不意に顔をあげ、畑の隣にある、俺の家の塀を見上げながら続けた。
塀の上には、鳥たちが並んで羽根を休めている。
「ほぉら、見てごらん。鳥たちがペイの手にある、本物の黄金を嗅ぎつけてやって来た」
ペイパーは俺の鼻先に突きつけた紙袋を、挑発的に揺らす。
「ほぉら、ほぉら、早く受け取らないと、この黄金をあの鳥たちにあげてしまうよ?
そしたらもう、取引はオシマイさ。
ゴミのような小作人のキミが、高貴な商人であるペイと関われる最後のチャンスがフイになってしまうよ?」
「好きにしろ。あの鳥たちは、お前の小麦粉目当てで来たんじゃない。
俺のコムギソウを狙ってやってきたんだ」
ペイパーは紙袋を持っていないほうの手で、クルクルパーの仕草をした。
「パァ~? キミはどうやら鳥以下の知力しかないようだね。
ボクの扱う最高級な小麦粉より、あんなゴミみたいなコムギソウのほうを食べたがる生き物なんて、いるわけないじゃないか」
すると、それまで不気味なまでに沈黙を貫いていたカケルクンが、待ってましたとばかりに割り込んできた。
「じゃじゃーん! それじゃ、ゲームといこうか! ゲームは『どっちの小麦ゲーム』だね! ねっ!
ペイパーくんの小麦粉とレオピンくんのコムギソウ、どっちが多くの鳥を集められるか勝負だ!
負けたほうは、んーと、そうだなぁ……」
アゴに手を当て、舌をペロリと出したまま、考えるような仕草をするカケルクン。
本人はそれが、とてもかわいいと思っている素振りがあった。
しかしニッコリしているのは、教頭先生だけだった。
教頭はギンギラの派手なジャケットの内ポケットから、カードの束を取り出す。
「校長、この『罰ゲームカード』を1枚引くですら」
「ああ、その手があったか! さすが教頭! 僕の頼もしいディーラーだよね! ねっ!」
校長が引いたカードには『ビンタ』と書かれていた。
実にシンプルな罰ゲームだ。
「負けたほうは勝ったほうにビンタされるってことで!
あ、言っとくけどこのゲームは、教育委員会に承認された、ちゃんとした教育指導だからね! ねっ!
それじゃ、ゲームスタートっ!」
俺はやるともやらないとも言っていなかったのだが、ペイパーは「ペイッ!」と紙袋を放り捨てる。
それは、収穫したコムギソウの山と対になるような位置に落ち、中身を盛大に地面にぶちまけていた。
「さぁ、鳥たちよ!
人間ですら、一部の選ばれた者しか口にできない最高級のものを、今日だけは食べ放題だ!
貪り、食らい尽せ!
そしてこの『知力』が1しかないゴミに教えてやるんだ!
すべての生きとし生けるものは黄金に魅せられ、ゴミには見向きもしないことを!」
その宣言を合図とするかのように、塀の上の鳥たちは一斉に飛び立つ。
……ばささささささささーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
盗み食いしても人間に咎められないとわかった彼らは、羽毛をまき散らすほどにまっしぐらに飛んでいく。
俺の、コムギソウの山へと……!
「ぱっ……ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
森の鳥たちは、『最高級の小麦粉』には見向きもしていなかった。
大いなる群れとなって、コムギソウの山をついばんでいる。
俺は呼びかけた。
「おいおい、ほどほどにしといてくれよ」
持ち主の俺は、多少のお裾分けは仕方ないと思っていた。
しかしペイパーは、気も狂わんばかりだった。
「ぺいいいーーーーっ!? それはペイのコムギソウだぞっ!
ぺいっ!? ぺいいっ! しっしっ! あっちに行けぇぇぇーーーーっ!!」
「いつの間に、お前のコムギソウになったんだ」
ペイパーは聞く耳もたず、奇声とともにコムギソウの山に飛びかかっていた。
鳥たちを振り払おうとした途端、逆襲に遭い、鳥たちに全身をついばまれまくる。
「ぱあっ!? ぱあっ!? ぱああああーーーーーーーーーーーっ!?
いたいいたいいたいっ! いたいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
おびただしい数の鳥たちに追い回され、逃げ惑うペイパー。
やがて逃げ切れないと悟ると、俺のほうめがけて走ってきた。
「ぺっ、ぺいいーーーーっ! 鳥たちよ! 今度はアイツをついばむのだぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!」
挑みかかってくるヤツの頬めかけ、俺はカウンタービンタを食らわせる。
すぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
頬は音高く打たれ、鳥たちは一斉に飛び立つ。
「かみきれぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
へんな悲鳴とともに、紙クズのようにブッ飛んだペイパー。
ずしゃあっ! と地面を滑り込み、自分が投げ捨てた小麦粉の山に頭を突っ込んでいた。














