幸せの真っ青な毒リンゴ
おじいちゃんが病気になった。ベッドから動くことが少なくなり、おかあさんが世話をしている。お医者さんは薬をどっさりと出すだけで、いつごろ元気になるのかはわからないという。
「もうアカン。わしはもうアカンねん」
おじいちゃんはベッドでうめいていました。
モモとアンズは、なんとか助けてあげたいとおもいました。
「ねぇねぇ、おじいちゃん。わたしたちになにかできることはない?」
「なにかない?」
「そうやなぁ、それやったら、若くてきれいなおねえちゃんを連れてきてくれるか。わし、おねえちゃんに添い寝してもらったら、治るような気がしてんねん」
モモとアンズは困りました。
友だちにも親戚にも、女子大生や読者モデルはいなかったからです。
その夜、モモとアンズは、お月さまに祈りました。
「おじいちゃんが元気になりますように」
「セクシーギャルがあらわれますように」
すると、月から一筋の光が降りてきて、モモとアンズを包みました。
まぶしくなって目を閉じると、
「あれ?」
「ここ、どこ?」
モモとアンズは外にいました。
ふたりの目の前には、地下へ降りてゆく洞窟がありました。
「お宝の気配がすごいね!」
「うん、きっとお月さまの導きだね!」
モモとアンズは、好奇心にせかされて洞窟へ入りました。
ロウソクの炎で照らされた道を進んでいきます。
まっすぐ下り坂でした。
しばらく歩いていると、誰かが歩いてくるのが見えました。
モモとアンズは立ち止まって見つめました。
歩いてくるのは、手提げのカゴをぶらさげた、若くてきれいな女の人でした。
「だれだろう?」
「きれいな人だね」
微笑みをたたえた女の人は、モモとアンズに優しく声をかけました。
「モモとアンズですね。待っていましたよ」
見知らぬ人ですが、どこかで見たことがあるような、不思議な人です。
胸もとが大胆に開かれた薄手の衣をまとい、きれいな白い太ももを見え隠れさせながら歩いてしまう、セクシーなおねえさんでもあります。
「完ぺきだね!」
「ぱーふぇくとだね!」
誰かは知りませんが、きっといい人です。
モモとアンズは、おじいちゃんのところへ来てくれるよう、お願いしました。
「いいですよ」
「ほんと!?」
「やったー!」
セクシーなおねえさんは、ぶら下げていたカゴに手をいれました。
黄金に輝くリンゴを取りだします。
すべての仕草がセクシーなので、モモとアンズは見とれてしまいました。
「これをおじいちゃんに食べさせて。そうすれば、わたしは会いに行きます」
モモとアンズは黄金のリンゴを受け取りました。
「これを食べさせればいいんだね!」
「ええ」
「来てくれるんだね!」
「ええ、おじいちゃんのところへ」
モモとアンズは、おねえさんにお礼を言うと、来た道を走ってもどりました。
途中で振り返り、おねえさんに向かって大きく手を振り、また走ります。
入り口まで戻って洞窟を出ると、ふたたび光に包まれました。
「あれ?」
「……ここは?」
気がつくと、モモとアンズは、いっしょの布団で横になっていました。
月の光も、洞窟も、きれいなおねえさんも、黄金のリンゴも、約束も、ぜんぶ夢なのかとおもいましたが、ふたりの体の間に、真っ青なリンゴがありました。
青色の絵具を塗りたくったような色です。
モモとアンズは、朝から気分が悪くなりました。
「黄金じゃないけど、リンゴだよね?」
「どうしよう? おじいちゃん、こんなの食べられるかな?」
ふたりは悩みましたが、おじいちゃんに話してみることにしました。
「セクシーできれいなおねえさんが、おじいちゃんにリンゴをくれたんだけど」
「このリンゴを食べたら会いにくるって、やくそくしてくれたんだけど」
おじいちゃんは真っ青なリンゴを受け取ると、果物ナイフで器用に皮をむきはじめました。中身はふつうのリンゴに見えることを確認すると、入れ歯を装着して、むしゃむしゃと食べはじめました。
「うむ、うまい!」
ひとりで食べおえると、わくわくした様子でベッドに横になりました。
「おじいちゃん、だいじょうぶ?」
「おなかいたくない?」
「そこに可能性があるんやったら、なにがあろうと悔いなんかあらへん」
モモとアンズは、ちょっぴり元気になったおじいちゃんに安心しました。
その夜、おじいちゃんは永い眠りにつきました。
翌日にはお医者さんがきて、夢をみながら旅立たれたのでしょうと告げた。
モモとアンズは悲しくなりましたが、おじいちゃんの安らかな表情をみていると、これでよかったような気がしました。
「おねえさん、来てくれたのかな?」
「夢のなかで会えたのかな?」
モモとアンズは、おじいちゃんの部屋に飾られていた、一枚の写真が気になりました。どうして気になるのかわからないままながめていると、写真のなかのおばあちゃんが、ぱちりとウィンクをしたような気がしました。