店員、唐揚げを振る舞う
俺は棚と通路を一通り片付けた後、オベロンさんをレジの方まで連れていった。
本当はバックルームがいいんだろうけど、事務所には今、店長がいる。
見つかると、なんとなく面倒だ。
ちなみに店長が夜勤のパートナーで、この時間は事務所で別の仕事をしている。
まあ実際はがっつり居眠りこいてるんだが。
それでも万一を考えるとバックルームは除外だった。
とりあえずレジ後ろの、電子レンジの横の空きスペースに置くことにした。
ここならお客が来てもすぐわかるし、いざとなったら布巾を被せて隠すこともできるからな。
俺はこの小人妖精さんに何か食べるものを出すことにした。
オベロンさんは、何度も何度もお礼の言葉とお辞儀を繰り返した。
可愛い奴め。
とりあえず俺はアポロとかチョコボールとかを売り場から持ってこようとした
勿論、後で金は払うぞ。
「テンイン殿!あの黄金色に輝く宮殿は何ですか?それに何か胡桃のようなものも見えます」
妖精さんは、煌々と輝くフライヤーケースに釘付けになっていた。
ケース内には、売れ残りの唐揚げ(5個入り)が1つだけ残っている。
オベロンさんがあまりに熱視線を注ぐため、不本意だったがそれを提供することにした。
販売時間の過ぎた、いわゆる廃棄品を客人に出すのは気が引けたし、そもそもあんな脂っこいものを妖精が食べるのは想像もつかない。
「オベロンさん、本当にこんなものでいいんです?良ければ何か別なものを・・・」
そう言いつつ、俺は振り返り、そして固まってしまった。
「テンイン殿ー!」
「テンイン殿ー!」
「大きいお方ー!」
レジ後ろの台に、たくさんの小人妖精たちがピョンピョン飛び跳ねていた。
「私の仲間たちでございます!今まで用心して隠れていました!食べるものを出してくれると聞いて、みんな出て参りました!」
ワーワーと歓声を上げる妖精たち。
みんなオベロンさんと同じような格好をしている。
驚くほど、見分けがつかない。
なんてこった。
こんな不思議な生き物が、この世界にこんなにたくさんいるとは・・・。
・・・・・。
「美味い!」
「美味しい!」
「こんな美味しいもの初めて!」
「これ何の木の実だろ?」
「なんかベタベタするー」
「でも美味しい!」
そんなこんなで、妖精たちはひと固まりに座って、唐揚げに噛り付いていた。
妖精っていうとティンカーベルみたいなの想像していたから、この光景は大いにイメージを壊した。
しかし妖精の反応は上々のもので、全員、口元を油でテカテカにしながらも美味しそうに食べていた。
数えてみると妖精は11人。
11人もいる!
まあ、オベロンさん合わせると12人だけど。
食事前に、全員がそれぞれ自己紹介をしてくれた。
みんな礼儀正しくて好感が持てた。
けれどもだ。
マジで、みんな見た目一緒すぎる。
全員が赤頭巾、緑マントの出で立ちで、顔つきもほぼ全員一緒。
頭巾から覗く髪色は金や銀、茶色と判別できたけど、それだけでは名前が一致しなかった。
名前が一致しないということで、名前自体もほぼ忘れてしまっていた。
こりゃ迂闊に話しかけられないな。
そんな中、特徴があって名前を覚えられた妖精は、たった二人だった。
「いやはや!忝のうございますテンイン殿。異国の大きい方にこれほどまでに親切にしていただくとは・・・テンイン殿が妖精を見ることができる人で幸運でした。さぞ驚かれたでしょうな。先ほど我らを見たときの表情から伺えます。無理もありません。ここいらで妖精を見かけることはないでしょう。ましてや妖精を見ることが出来る大きい方は滅多には」
この、話の長ーい妖精がシグルスさん。
仲間内では一番の年長者で、リーダーらしい。
他の妖精が同じ格好の中、彼だけが、白の頭巾に深い青マントの出で立ちで、銀色の髪と、同じ色のちょび髭を蓄えていた。
ところでさっきから俺は、レジ台に凭れながら妖精たちを見ているんだが、その場から動けずにいた。
オベロンさんが俺の腕に寄りかかりながら食事していたからだ。
「ふぇんいんろの!ほれほんおにおいひいれふ!ふぇんいんろろも、ひろふひろうれふは?」
”テンイン殿、これ美味しいです。テンイン殿も一口どうですか?”
って言ったのかな?
リスのように口いっぱいに頬張るオベロンさんを、俺は指先で軽く撫でてみた。
「んんっ、テンイン殿、くすぐったいです・・・」
そう言いつつ、嬉しそうに指先をギュッとするオベロンさんに、俺は悶え死にそうになる。
可愛い。
オベロンさんは、とても俺に懐いていた。
食事も他の妖精たちとではなく、俺のそばでとるくらいだ。
そして俺も悪い気がしなかった。
オベロンさんは他の妖精たちと違い、頭巾のてっぺんに小さな緑の葉がついていた。
「それはスクワイアの証。オベロンは妖精騎士団の見習いなのです」
そう説明しながら、シグルスがピョンっとレジ台まで跳んできた。
ノミみたいに。
「我々はとある旅の最中なのですが、それはとても危険なもので、当初は見習いのオベロンを連れてゆくつもりはなかったのです。しかしオベロンは頑固にも、我々と共に行くと言って聞かず、女王も彼の熱意に負け、同行をお許しになったのです」
「頑固ー」
「見習いー」
「足手まといー」
他の妖精たちも次々と囃し立てた。
すると見習いオベロンさんはムッとした顔で、懐から何かを取り出した。
小さ過ぎてよく分からなかったが、どうやら妖精サイズの剣らしい。
「見習いとはいえ、私も騎士の端くれです!ほら、テンイン殿!これは女王から頂いた剣です!この剣に誓って私は使命を果たすつもりです!」
ピョンピョン飛び跳ねながら、その女王様から頂いた剣を振り回すオベロンさん。
それ、本当に切れるもんなら、ちょっと危ない。
シグルスさんは深くため息をついた。
「お前はまだ分かっていないな。森の外を散歩するのとは訳が違うんだぞ。我々が向かうのはあの恐ろしい羽虫の住処だ。命を落とすかもしれん危険な旅なんだ」
羽虫?
「あの、話の途中にすみません。皆さん方はどうしてここへお出でになったのでしょう?今の話からするに、何か旅をしているように伺えましたが」
俺はシグルスに尋ねた。
「我々には大いなる使命があるのです、テンイン殿。我ら妖精騎士団は、今、危険極まる旅路の途中。奪われた秘宝を取り戻すべく、遥々、妖精の国から参ったのです」
「それは丁度一月前でしょうか。我らの故郷、妖精の国に大きな羽虫がやってきたのです、その羽虫めはあろうことか、我らの女王から魔法の杖を奪い、そして何処へと飛び去って行きました。あの杖がなければ、我が国を覆う結界の効果が弱まり、外界からの様々な脅威に晒されてしまう。我々は何としてもあれを取り返さなければならんのです」
シグルスさんは話を続けた。
「我々は様々な魔法や呪いを用いて、奴の居所を突き止めました。そこは我らの故郷から遥か遠く、小人妖精にとっては危険で、恐ろしい未知の世界でした。」
「それでも妖精騎士団は直ちに、遠征隊を組織しました。選りすぐりの者たちばかりです(ちらっとオベロンを見て、ため息をついた)こうして我らは二週間前に妖精の国を出立しました。そこから先は、それはそれは困難な道のりでした」
すると今度はオベロンさんが話を引き継ぐ。
「その道中で、この光り輝く神殿にたどり着いたのです!私は斥候として、周辺を探索しておりましたところ、テンイン殿に出会ったのです!旅の途中で何人かの大きい方たちに出会いましたが、我々を見ることができたのはテンイン殿だけでした!」
ほほう、そうなのか。ちょっと優越感。
大体の事情はわかった。
妖精たちは羽虫に奪われた宝を取り戻すために、はるばる旅をしていた。
で、何故かうちのコンビニに迷い込み、俺と出会ったってことか。
ところで、羽虫って蛾とか蜂とかだろうか?
と、一人の妖精がシグルスさんの元に跳んできた。
「シグルス殿!これを。紋章に反応があります。女王の杖は、羽虫の住処はもう近いはずです!」
「わかった、テレーズ。よし!皆、出立の準備だ!テンイン殿!大変名残惜しゅうございますが、我々はもう行かねばなりませぬ!」
シグルスさんは言った。
他の妖精たちも食事を終え、いそいそと出発の用意を始めた。
「え、でも外、すごい雨ですよ?」
いつの間にか外は土砂降りだった。
おまけに風も強そうだ。
「いえいえ、これくらいの雨風何のこれしき!我ら妖精、見た目は小さくとも胆力は巨人並みです!」
「巨人ー」
「巨人ー」
「巨人だぞー」
シグルスさんはエヘン!と胸を張る。
他の妖精たちもそれに習う。
「こら!オベロン!いつまでそうしている気だ。さっさと準備をしろ!」
おっといかん。
俺は、話の間ずっとオベロンさんを指先でくすぐっていた。
キャッキャとはしゃぐ姿があまりに可愛かったんだよ。