店員、妖精と出会う
「そして、大きい方は立ち上がり、羽虫に話しかけたのです。するとどうでしょう。あの羽虫めは何度か小さく呻いています。まるで話をするように。両者は会話をしていたのです。とても信じられない光景でした」
時計を見ると日付はもう変わっていた。
俺はスナック菓子の段ボールをその場に置き、レジに入っていった。
ストアスタンプの日付を変更するためだ。
ストアスタンプってのは、店舗の受領印。
つまり公共料金とかの支払い時に押すあのハンコだ。
一日一回、日付が変わると共にスタンプの日付も変える必要がある。
この時間帯ではそれは俺の仕事だ。
俺はコンビニ店員。
とあるコンビニで夜勤をやってる、しがないフリーターだ。
日付のダイヤルを回しながら俺は店内を見渡した。
客数ゼロ。フロアには俺しかいない。
平日この時間帯にノーゲストは珍しい。
いつもなら終電で帰ってくるリーマンやらOLの客が来るんだがな。
次いで窓の外を見てみる。
ここは道路沿いに面した店だが、さっきから車は一台も通っていない気がする。
そしていつの間にか雨が降ってきていた。そこそこの雨足に加えて風も強そうだ。
マジかよ、帰る頃には止んでいるだろうか?
そもそも天気予報で雨って言ってたっけ?
まあいい。
雨が降ってきたなら傘立てを出さねば。
そう思って俺はレジを出てバックルームへ入ろうとした。
む?
向こう側の通路で何か音がした。
レトルトとか缶詰とかの加工食品の置かれた棚の方だ。
行ってみると、いくつかの商品が床に散らばっている。
サバ缶、お茶っ葉の箱、ジャムの瓶・・・。
商品が落ちてしまっていることはさほど珍しいことじゃない。
が、何かおかしい。
まず、こんなに一変に落ちるか?
これらはさっきまで棚に置かれていた。それは間違いない。
棚がぎゅうぎゅう詰めで溢れてしまったって可能性も考えたがそれでもなし。
何より不可解なのが、落ちている商品が全て一番下の段に置かれていたってこと。
それが床に散らばっているのはどういうことだ?
店内に客は・・・うん、やっぱ誰もいなさそうだ。
うーむ。
とりあえず、商品を戻そう。
こういうものは、面倒だが適当にやってはダメだ。
食品はちゃんと新しい日付のものから奥に入れないと。
よく見ると、棚の奥も随分荒れている。
整理する必要があるな。
俺は棚を見つつ、商品を元の棚に戻してゆく。
サバ缶、お茶っ葉の箱、ジャムの瓶・・・。
む?
落ちていた商品の中に、見慣れないものが混じっている。
ぬいぐるみのようだ。
客の落し物だろうか。
まあ、そういうことはよくあることだ。
とりあえず俺は拾おうとした。
が、俺はすぐに跳びのき、距離を取った。
このぬいぐるみ、自分の足で立っている。
それに何だかこっちをじっと見てる気がする。
俺は恐る恐る近づいてみる。
すると近づくにつれ、人形の顔が徐々に上を向いていった。
俺の顔から視線を離さないように。
ついでに瞬きもしているような気がする。
俺は屈みこんで、まじまじとそいつを見た。
見た目は人型のぬいぐるみか、何かのマスコットキャラみたいだ。
二頭身で、丸々っちい姿。
真っ赤な頭巾と薄緑色のマントって見た目。
あれだな。外国の童話とかに出てくる小人みたいだな。
・・・・。
もしかして、本物の小人か?
俺は試しに手を振ってみた。
すると小人(仮)は嬉しそうに手を振り返してきた。
おいおいおい。
マジかよ。
次いで俺はそうっと手を伸ばし、指先を近づけてみた。
小人(暫定)は、最初躊躇っていたものの、すぐに指先に近づき、そっと手を触れた。
手を触れるばかりか、何と頬ずりまでしてきた。
おいおいおい!
マジかよ!
目に見えて、実体もあるってのかよ。
俺はドキドキしていた。
見た目や仕草の可愛さもあるが、何よりもこれは未知の生物とのコンタクトだ。
ドキドキするなってのが無理な話だ。
目に見えて、触れることがわかった。
じゃあ会話は、コミュケーションはどうだろうか?
名残惜しかったが頬ずりされてる手をそっと引っ込める。
あ、なんか残念そうだな。
俺もそうだよ。
とりあえず、会話を試みてみよう。
日本語でだけど。
「えーっと、こ、こんばんは。言葉、わかりますか?」
う、キョトンとした顔してる。
通じてないのか。
「あーえーっと、俺、いや、私は怪しいものじゃございません。その、ここの・・・このコンビニの、店員でして・・店員・・・わかるかなあ・・」
一気に自信を無くして尻すぼみな口調になってしまう。
「・・・テンイン?」
おお!喋った!
妙に不思議な声の響きだが、確かにこいつが喋ったんだ。
言葉は伝わっているし、俺もわかる。
言葉が通じるぞ。
「そう、そうです!私は店員です。あ、でも店員ってのは私の名前じゃなくてですね。つまり私の名は」
興奮していた俺は、一気にまくし立ててしまいそうになった。
しまいそうになったその瞬間
「テンイン殿!!」
小さな見た目から想像もつかないほどのバカでかい声に、俺はひっくり返ってしまった。
「テンイン殿!テンイン殿!私の姿が見えるんですね!私の声が聞こえるんですね!ああ、大きいお方!私は小人妖精のオベロン!北方の森、妖精の国より参りました!親切な大きいお方!あなたに出会えたことは女王のお導きかもしれません!あなたに出会えて嬉しい!!」
ギャグ漫画ばりのずっこけポーズのままで、俺は視界の隅で嬉しそうに跳ね回る小人妖精を見ていた。
小人妖精・・・か。
まあ、とにかくファーストコンタクトは成功したみたいだ。
良かった。
ただもう少し声のボリュームを落としてほしい。
やかましくてかなわん。