ミレイド家へようこそ!
謁見を終えて、ミレイド家からお迎えの馬車が来ていたのでそれに乗って私達は王都の王宮そばに建てられているミレイド家のお屋敷に来た。
そう、お屋敷……。 むしろ、そのお家はお城か? って感じでした! 王宮より狭いけど、立派なお屋敷でした!
忘れてたよ、クリストフさんも貴族だってこと……。
伯爵とか言ってたっけね……。
公爵とか侯爵じゃないけど、たしか伯爵もそこそこ高位貴族なんだっけ……。
ファンタジー小説大好きだったけど、そんなに爵位なんて意識するものじゃなかったよ。 現代日本には爵位なんてないんだもの。
まさかのお屋敷出現に、目も口も開きっぱなしになったのは仕方ないと思う。
だって、私が育ったのは田舎の3LDKの一軒家で、私の部屋は六畳一間だったんだもの……。
このお屋敷で私に宛てがわれた部屋は、寝室に応接間の二間続きの広い部屋だった。
この二間、さらに寝室には衣装部屋が付いてるんだよ。
ここの衣装部屋が私の部屋だった広さなんだよ……。
もう、ポカーン通り越して乾いた笑いしか出ない。
「マリアさん。もっとこじんまりした部屋はないですか?」
思わず尋ねると、マリアさんがキョトンとして言った。
「貴族のご令嬢なら、この位はまだ狭いほうよ? カントリーハウスなら、もう一部屋付いて浴室なんかもあっての一人部屋よ?」
そうなのか、これが通常規格なのか。
貴族のお嬢様ってすごいね。この広さ、私は持て余しちゃうよ……。
「これが普通なんですね……」
思わず苦笑いだ。
「ちなみに、ユウは元の世界ではどんな部屋だったの?」
私の驚きっぷりに、マリアさんは逆に私の世界での基準が気になるようだったので、私はサラッと説明する。
「私の元の世界での部屋は、衣装部屋一つ分ですよ」
そう言うと、まぁ驚かれた。
「そうだったの! それならこの広さはビックリするのも理解出来たわ。まぁ、慣れてちょうだい」
ニッコリ言われて、私は頷いたのだった。
そうして部屋を見ているうちに、ミレイド家のメイドさん達がなにやらたくさんの大小様々な箱を持って、衣装部屋に入っていく。
いったい、なにを運んでいるのやら。つい目線で追っていると、ミレイド家のメイド頭だというフェミリアさんがマリアさんに言った。
「奥様と旦那様のお選びになった物とジェシカ様のお選びの品、さらに国王夫妻からもお品が届いておりますので、我々でしまわせていただきますね」
ニコッと会話しているが、なにか恐ろしいことを聞いた気がする。
「これって、もしや……?」
私の言葉を聞いて、フェミリアさんがニッコリ笑って言った。
「全て、ユウお嬢様の服や靴やお下着、ドレスにお帽子や宝飾品などでございますわ」
そう言われて見ると、箱の数がちょっと倒れたくなるほど多いんですけど……、見なかったことにしていいでしょうか?
「あ、あとベイル様からも届いておりますわ。後ほど色々確認して、各所にお礼状をしたためましょうね?」
フェミリアさんは、ガッツリお母さんな雰囲気の人でテキパキと指示を出しつつ、的確に自身も仕事をこなしている。
「このうちでフェミリアが知らないことはなにもないわ。なにかあったらフェミリアに聞きなさいね」
マリアさんも太鼓判を押すフェミリアさんが、お礼状と言うのだから従いましょう。
まぁ、ものを頂いたらお礼は必須ですものね。
「フェミリアさん、色々教えてください。お礼状の件も、よろしくお願いします」
頭を下げると、フェミリアさんはちょっとビックリしつつ、言った。
「もちろんですわ、お嬢様。私たちの大事なお嬢様の頼みを、私たちは断りませんわ。おまかせ下さいませ」
私は本当に良いうちの娘になれたんだなと、ちょっとうるっときたのは、内緒だ。
その後、謁見中に先に乳母と帰宅していたアラルくんと初対面。
乳母のナタリーに連れられて来たのはぷっくりほっぺの可愛い二歳児。
アラルくんは、まだまだおしゃべりは舌足らず。
とっても可愛らしい、アラルくんに私はゆーちゃと呼ばれてメロメロになったのは言うまでもない事だった。
うちの妹と弟は天使だ!
姉馬鹿。大いに結構!可愛いは正義であるのだった。
そんな感じで、私の衣装部屋は現在三人のメイドさんが箱から丁寧に取り出しては、きちんと区画分けされているらしく、綺麗に靴、帽子、宝飾品、下着、ドレスに普段着のデイドレスと分けられていく。
実にテキパキと手際良く作業をしてくメイドさん達の様子をちょっと思わず惚けて眺めてしまったら、足元にちょこんとした感触がする。
下を向くとニコッと天使の笑顔のアラル君がいるし、その後ろにはジェシカちゃんが居た。
「ゆーちゃ、チーチがご飯よって!」
チーチとはクリストフさんのことかな?と検討をつける。
「クリストフさんがご飯だって呼んでるのね? じゃあ連れてってくれる?」
しゃがんで目線を合わせると、アラル君は嬉しそうに腕を広げてきたので抱っこする。
「まぁ、アラルはすっかりユウに懐いてるわね」
一緒に少し作業を見ていたマリアさんは、私と抱っこされたアラル君を見て楽しそうに笑った。
「ユウ姉様、こっちだよ!」
ジェシカちゃんに手を引かれてやってきたのは、漫画とかアニメで見たようなお金持ちのお家のザ・食堂って感じの長いテーブルの置かれた部屋。
「このテーブル、こんな大きさ必要?!」
実際に目にすると、大きくてこんなに使うのかって思うんだけど、そんな私の言葉に背後から返事があった。
「ここはご家族用ではなく、来賓もお招きする時用のダイニングですので広うございます」
振り返ると、これまた執事さんで間違いないですねって感じの初老の男性が立っていた。
「初めまして、ユウお嬢様。私、ミレイド家の家令のレイモンドでございます。当家でなにかございましたら、当主の旦那様や奥様がご不在の折には、私にお話ください」
キリッとした感じは、とっても仕事の出来そうな老紳士。
きっと団長職で不在がちなクリストフさんや仕事もしているマリアさんに代わってミレイド家を支えているのは、このレイモンドさんとフェミリアさんなんだろう。
「はい。分からないことなどあった時はレイモンドさんやフェミリアさんに聞きますね!」
私の返事に、やっと初めて柔らかく微笑んでくれたレイモンドさん。
その笑顔から温かさを感じて、いい人そうでホッとした。
食堂に、食事が運ばれてくる頃クリストフさんとベイルさんがやってきた。
どうやら、お客様としてベイルさんが滞在しているから今日はこの広い食堂らしい。
ここに来る前に見せてもらったファミリー用はもう少しこぢんまりとしたダイニングになっていたので、ちょっとホッとした。
基本、一般人なので庶民感覚はなかなか抜けそうにないなと思っている。
「こんばんは。ユウ様、ミレイド家はいかがですか? 落ち着きそうですか?」
ベイルさんの冷静な表情での問いかけは相変わらずだ。
「えぇ、ちょっと広さや豪華さにはまだ不慣れですが。レイモンドさんも、フェミリアさんもとっても親切でやっていけそうです。ジェシカちゃんもアラル君も可愛いですしね」
ニコッと返すと、やっと少し表情が緩んだベイルさんが、ゆっくりと楽しく和やかに進んでいた晩餐に一球投げ込んだ。
「ところで、ユウ様は王立学園の最終学年に編入する事に陛下がお決めになりました。それに伴って変な虫が寄らぬようにと、偽装婚約者が私に決まりました」
まるで、明日の天気は曇りだそうですよくらいの感覚で、なんか凄いことを言った気がするのだけれど……。
これにいち早く反応したのは、クリストフさんだった。
「俺は聞いてないぞ! まして、なんで相手がベイルなんだ!」
噛み付くようなクリストフさんの言葉に、ベイルさんが静かに言葉を返す。
「私が先王陛下の弟を父に持ちつつも、王位継承権は放棄しているし、家格的な都合でしょう」
ベイルさん、お父さんが先王陛下の弟で、つまり国王陛下とは従兄弟?
めちゃくちゃ、高位貴族なのは聞いて知ってたけれど、そもそも王族だったってこと?!
驚いている私に、ベイルさんはなんてことないように話す。
「父は母と結婚したくって、継承権放棄して新たに公爵の爵位を頂いて臣籍降下したのですよ。兄は一応王位継承権を維持していますが、私は放棄しました」
実にサラッとした説明だけど実は偉い人だったんだね、ベイルさん!
でも、だからって偽装婚約ってなんで?!
そんな男二人にちょっと険悪な空気が漂い始めた時、マリアさんが声を上げた。
「クリス、落ち着きなさいな」
そう、クリストフさんに声をかけた後でベイルさんに顔を向けると、マリアさんがフフっと笑って言った。
「この世界と国の生活に慣れさせるための王立学園編入でしょう? しかし、あの学園はある意味結婚前の貴族達のお相手探しの面もあるから、ユウに変な虫がつかないようにベイルを立てたってことよね?」
マリアさんの言葉に、にっこりと笑ってベイルさんが答えた。
「えぇ、変な家の息子にユウ様が狙われても困りますからね。私は公爵家の次男で騎士団副団長ですから、よその貴族が対抗出来ないコマとしては最強だったのですよ」
そういうことか……。
ベイルさんは私のこともある程度知ってるし、腕っ節も良い。
家格も国内貴族では王族に次ぐ家系の次男、そんな人が婚約者なら周りは手が出せないという事だ。
でも、みんなちょっと忘れてることがあると思うんだよね……。
「ほんと、人間って視野が狭いわよね?」
「そうねぇ。この世界で最強の魔術師で治癒術師のユウに勝てる人間なんて、いないって言うのに……」
ここのメンバーには聞こえないが、アリーンとサリーンが言うように私は魔法が使えるし、それも想像がハッキリ出来るからか魔法で結構色々できる。
なので、そうそう自身の身が危なくなることは無い。
実は、護衛がなくっても大丈夫だと思える程なのだ。
ベイルさんとクリストフさんは見ているから分かっているはずなんだけど、忘れちゃたかな?
「ねぇ、ベイルさん。クリストフさんも、私が魔法使えるの忘れてない?」
思わず、口を出すと二人はキョトンとしたあとで思いっきり表情に出した。
あ、そうだった! みたいな二人の顔を見て私は笑って言った。
「本来は多分護衛なしでもやってけるとは思うんだ。でも、護衛が付いてるって見せるのも、ある意味防衛になるから言わなかったんだけどね」
私が笑って言うと、二人はちょっと気まずそうにしつつも言った。
「それでも、貴族というものは面倒でして。権力を傘に着るものもいるのです。そういう輩には、さらに上の権力しか黙らせる術がないんですよ……」
ベイルさんは実に情けなさそうに言うと、クリストフさんが言った。
「俺の名もそこそこだが、ベイルほどじゃない。だから、ベイルとのことは安心で安全な学園生活のためと思ってくれ」
クリストフさんは現状を、不承不承受け入れることにしたようだ。
かなり、納得いかないところがありつつなのはその表情からうかがえたけれど。
そこにあっけらかんとしたジェシカちゃんの声がした。
「ほんと、大人って面倒ね……。まぁ、頑張るといいわ。ユウ姉様は当分渡さないから」
「そうね、存分に頑張るがいいわ。そうそう、簡単には嫁には出さないけどね」
そんな不思議な母娘会話を繰り広げている二人の横で、アラル君は黙々とご飯を食べていたのだった。
このうちで優秀なのは、臨機応変な対応ができるそんな人だ。
アラル君はこんな会話の中でもマイペース。
将来、大物になりそうな気がするわ。
私は、そうして王立学園に編入が決まったという知らせを受け入れたのだった。
「そんなわけで、私からの贈り物は王立学園の制服です。ユウ様が有意義に過ごせることを願っています」
そう言い残して、晩餐が終わるとベイルさんは颯爽と帰って行った。
「とりあえず、勝手に編入が決まって偽装の婚約者まで立てることになったって、ほんと漫画かよって感じだよ」
そんな私のつぶやきに、マリアさんが言った。
「本当にいつも大変なのは私たち女ばっかりよね。男達も体験して、改善してほしいものだわ」
「そうですね。本当に二人ともあっさり忘れてて驚きましたが、話を聞けば納得なので仕方ないですよね」
こうして私はなんとか理解をして、来週から学校に行くことをアリーンとサリーンにも納得するまで話してお風呂に入り、着替えを済ませて寝たのだった。
猫のメルバはどうしてたって? 片時も離れずに一緒です。
この子はすっかり懐いているので、いつでもどこでも一緒にいます。
お行儀がいいので、ミレイド家でもすっかりメイドさん達にも可愛がってもらっています。
猫の可愛さは神クラスだよね!
今日も一緒におやすみなさい。
この子の正体を知るのも、あと少し。