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私の戸惑いに、マリアさんが気付いた。
「宰相閣下、黒の乙女もついさっきこの詰所に着いたばかり。女性にはそれ相応の準備がございますので、お時間を頂きたく」
ニコッと微笑んで言うマリアさん、中々の眼力です。
「もちろん、こちらで全て準備してありますので心配ありませんよ」
宰相閣下もいい笑顔で切り返してきました。
なに、この笑顔での怖いやり取り……。
この二人、笑顔でやり合ってるんですけど!?
「入りなさい」
宰相さんが外に向かって声をかけると、ロング丈のメイドさんな格好の女性が三人入ってきて、柔らかく笑いかけられた。
「黒の乙女様、お初にお目にかかります。陛下と謁見とのことで、準備のお手伝いに参りました。私、女官長のシェリーと申します」
一番年上っぽい女性がそう挨拶してくれて、パンと一つ手を叩くと後ろの二人がドレスなどを持って立ち上がった。
「では、団長様。お隣の仮眠室お借り致しますね」
ニッコリ微笑んで、女官長さんが言うと団長さんも頷いて返した。
「もちろん構いません。うちのマリアとジェシカも一緒に見せてやってください。ユウ様はミレイド家の養女となって、私が後見にあたりますので」
その団長の言葉にピクっと宰相さんが反応したけれど、特に言葉はなかった。
仮眠室となる、執務室の隣の部屋は簡易ベッドとクローゼットに申し訳程度の洗面台がある、こじんまりとした部屋だった。
この位の部屋の広さが落ち着くなと思っているうちに、優秀な女官さん達は私の服を一気に脱がせ始めて着替えが始まった。
「もう、なるようになーれ」
まな板の上の鯉状態になったが、そんな私をよそにマリアさんが女官さん達に声をかける。
「うちのユウには黒より、白い方が映えないかしら? 髪も目も黒なのよ? それを際立たせるには黒より白ではないかしら?」
そのマリアさんの発言に、女官長さんも一つ頷くと女官さん達に言った。
「もう一つ用意していた白のドレスを! ベルトに黒と金の糸を持ってきましょう」
実に素早く謁見用の衣装が決定していくなり、着付けが始まった。
ドレスはストンとした真っ直ぐでシンプルなドレスだった。
生地はかなり滑らかなので、絹だと思う。
とっても、お金の掛かったドレスだと思う。
ただ、昔のヨーロッパ風な建物だけれどドレスはシンプルで良かった。
ガッチガチにコルセットで締めますって感じだったら、生きていける気がしないもの……。
そんな考えに耽っているうちに、ドレスの着替えは終わって椅子に座っているうちに髪が綺麗にアップに結われて、花が差されて飾られた。
メイクも施されて、鏡の前にはちょっと可愛らしい感じの少女がいた。
十七歳で違和感がない感じの仕上がり。
女官さん達の腕の良さがよくわかった。
自分では、こんなに綺麗にメイクも髪型も作り上げることは出来ない。
プロの技だなと感心して見入っていると、ジェシカちゃんが頬を染めて嬉しそうに声をかけてくれた。
「ユウ姉様! とっても綺麗。ユウ姉様が私のお姉様で、すっごく嬉しい!」
これは、ジェシカちゃんが可愛すぎる!!
思わず、ギューッと抱きしめるとジェシカちゃんもキュッと返してくれた。
妹、なんて可愛いんだろう!
一人っ子だった私の憧れて止まなかった、兄妹が異世界に来て手に入ろうとは。
私は、この可愛い子の為にも自分の力を有効に利用して、この国で生きていこうと新たに決意したのだった。
準備が整って、執務室に戻ると男性陣がパッと振り向いた。
こうして見ると、ムキムキマッチョだが精悍な美形の団長に、知的でクール系の美形兄弟の宰相閣下と副団長。
マリアさんにジェシカちゃんも美形……。
この部屋の美形率は異常に高くないだろうか……。
そこに凹凸少なめ、東洋人顔の私。
浮く! ものすっごく浮いてる! メイクでも補えるものでは無い、顔の作りの差に内心少々凹んだのだった……。
私も、もう少し西洋よりの顔だったら良かったのにね。
こればっかりは仕方ないと、早々に心の内で諦めたのだった。
「ユウ、綺麗にしてもらったな。うちの娘達は可愛くって幸せだな、マリア」
「えぇ、私達は恵まれてるわね」
そんな会話の後、私達は国王陛下への謁見のため、騎士団詰所から王宮へと移動を始めた。
謁見のために移動を始めて、改めて見るとこの王宮……。
すっごく広いよね?
まぁ、一国の王様が住んで、更には国会議事堂とか、議員宿舎とか、警察とか食堂とかもろもろがここ一ヶ所に集中していると思えば、広くて当たり前なんだけれど。
「一人で来たら、絶対迷子になる自信があるよ……」
どこまでも続くかのような回廊を歩き続けている時に、思わず呟けばクリストフさんがサラッと言った。
「今後、ユウが一人で出歩くことはまず無いから大丈夫だろう」
どういうことでしょう? 思わずハテナ顔で首を傾げていると、マリアさんが言った。
「ユウはこの国で、今の現状国王陛下と同レベルの重要人物なのよ。だから、今後は護衛が付くから一人にはならないわね」
なんということでしょう。
異世界で救世主なんて言われて、どうなるんだろうとは思っていたけれど、まさかの国のトップレベルの重要人物扱いだなんて……。
ますます、遠のくわ、私の希望の平凡ライフ……。
ひっそりこっそり地味に平和に過ごすのが、希望なのだけれど……。
どんどんそことは遠いところに、移ろっていてなかなか大変そうでしかない……。
後見人の団長一家は貴族だけれど、私は普通の一般人で育ったから、不安しかないわ。
頑張るしかないんだけどね、帰れないんだし……。
そんなこんなで、荘厳という言葉が相応しい感じの王宮内を移動して、天井までの大きな扉の前にたどり着いた。
どうやら謁見の間らしい。
こんな重そうな扉開くの大変だろうなと思っていれば、扉の前に待機していた騎士さんがすんなりと開けてくれた。
あまりにもすんなりだから、もしかして軽いの? と思ったけれど、閉まる時の音を聞いたら重そうな音がしたので見た目通り、きっと重い扉だろう。
ここの騎士さんたち、パワー自慢が多いのかもしれない……。
騎士団長が、このムキムキだしね。
つい、横目にチラ見すると気づいたクリストフさんが大丈夫だと言わんばかりに優しく微笑んだ。
うん、顔は整ってるからいい笑顔は眩しいよ!!
私の好みのタイプではないけれど、美形ってそれだけでそれだけで眩しいよね! と一人ここでも美形について考えてしまったのだった。
開かれた謁見の間。
入ってすぐの真正面には、階段があり、その上に玉座に座った国王様とその隣にお后様が居た。
その両脇には、王子様と思われる青年と、王女であろう、可憐な美少女が居た。
王様と王子は柔和な顔をしているが、視線は鋭い。
一国を治めるものの強さがその視線からちらっと見えた気がした。
宰相さんに案内されて、階の手前にクリストフさんとマリアさんに挟まれて、立ち止まり、急ごしらえで教えられた淑女の礼をとった。
これ、結構大変。
ふんわりスカート部分を膨らませているドレスなら足元もごまかしが効くだろうけれど、いま着ているドレスでは失敗が出来ない。
しかし、私はこの世界に来たばかりの異世界人。
多少の失敗には目をつぶってくれるとありがたいな。
「面を上げよ」
落ち着いたテノールの声に、私は顔を上げた。
うん、声は顔を裏切らない。
ここはどうしてこんなに美人さんや美形さんが多いのかな? 私の東洋系の顔立ちが浮きまくるわ。
なんて、内心の嘆きは顔に出さにように気をつけつつ、向こうからの声掛けを待つことにする。
「御足労頂き、誠に感謝する。此度、急にこの国に現れたことは、乙女にとって本意ではないであろう。だが、我が国はあなたの力を頼らざるをえないのが現状だ」
しっかり話してくれる国王陛下と私の視線が合うと、表情に憂いをのせて言った。
「現状我が国は、四方の国から狙われている。このままでは、戦争になるのも時間の問題。そんな折、黒の乙女が現れたのは、我らには僥倖なのだ」
言葉の割に、表情は明るくはならない。
私は、しっかりと聞くという意思を込めて、国王陛下を見つめた。
「だが、我々が助かってもこの国、世界に有無を言わせず来てしまった乙女に、我々は酷な願いを押し付けていると思うのだ」
そうか、この国の王様はちゃんと人を思いやれる、人の上に立つ人としては素晴らしい人物らしい。
急に来て、分からないままに救世主と言われ、黒の乙女と呼ばれるようになってしまった。
私からすれば、まったく知らない世界と国でたまたま日本人で、黒髪で黒い瞳だったからそう呼ばれてしまった。
そんな感じなのだ。
そんな、まだ自覚もここへの愛着も薄い感じの私だけど、この数日だけで西の砦の街の人々や騎士さん、移動中の王国騎士団の騎士たち、妖精のサリーンとアリーン。それに白猫のメルバ。
マリアさんにジェシカちゃん。
少ないながらも、たくさんの人々と接してきた。
そして、どんな人からも見た目のおかげもあるのだろうけれど、親切にしてくれた。
ここに来て出会った人々は優しく、温かだった。
そんな人たちの、穏やかな生活が脅かされている。
そして、私には癒しの術と魔法の力がある。
だから私はきっと選ぶんだろう、自分の穏やかに過ごせる日々も願って。
「国王陛下。お気遣いありがとうございます。この少ない数日の間でも、私はこの国の人々に優しくして頂きました」
顔を上げてニコッと笑うと、私は続けた。
「きっと私が黒い髪と瞳でなくっても、この国で出会った人々は、困った人に手を差し伸べる人々だと感じています。だから、私自身がこの国で穏やかに暮らせるように尽力します」
私を見つめた国王陛下は、キュッと唇を引き結んだ後で一つ息を吐くと少し表情を和ませて言った。
「我々、国を統べるものには歴代の黒の乙女に関する記録がある。全ての者が協力的であったわけでも、前向きであったわけでもない。それでも、圧倒的な力を欲する時に現れる強き者に人は縋りたくなってしまうのだ……」
表情を引き締めた国王陛下は、私を真っ直ぐに見つめて言った。
「黒の乙女、ユウ様。我々は、あなたになにを差し上げられるでしょう」
その答えを私はもう考えていたので持っている。
「この国が落ち着いた暁には、私には穏やかな生活ができる環境を用意してくだされば十分です。下手に貴族や王子の妃にとは、望まないでください」
きっと私の魔力は、この国で随一だろう。
もしかしたら、世界でもかもしれない……。
稀代の魔術師にして癒し手として、きっと国外にも名が知れ渡る。
そういった時の重要人物の囲い込みは、相手が女性なら国の重要人物と結婚させてしまうこと。
それで力の国外流出を防ぐのだろう。
いくら、異世界でも私は自分の好きになった人と結婚したいし、その道は勝手に決められたくはない。
なので、ここでその意思はハッキリさせておくことにしたのだ。
「ユウ様は、とても聡い方ですね。分かりました。どのような意見が出ようともユウ様の意思が全てですので、貴族や重臣は私が必ず抑えると約束します」
どうやら、私の意思と意図はしっかり国王陛下に伝わったようだ。
しっかり、頷いてくれたので私も一つ安心したのだった。
「あと、私は十七歳です。ここに来るまでにお話して団長さんに私の後見人になってもらうことにしました」
私の言葉に、陛下はちょっと驚いた顔をして口を挟む。
「私が後見でも良いんだが?」
国王陛下の後見って王族に近い扱いになるよね? それは無茶ってもんです。
こんな広くて、迷子になりそうなところには住めません。
思わず、ちょっと嫌だっていうのが顔に出てたと思う。
そんな時、隣から声がした。
「恐れながら、陛下。この王宮では逆にユウ様にも負担が大きいでしょう。ミレイド家であれば守りも安心ですし、おまかせ下さいませ」
そう、マリアさんが言って頭を下げてくれた。
マリアさんは、間違いなく私の保護者である。
親と言うよりは、姉のようだけれど。
それでも私にとって今日会ったばかりなのに、とっても頼れると感覚が訴えきて直ぐに信頼できてしまった。
言葉じゃなくって感覚だから、説明し難いけれど……。
この人は大丈夫と思えるのだ。
「副団長か、団長かを選んでくれと言われて、私自身が選びました。私は団長と、マリアさんの家族と過ごしたいと思ったんです」
私の素直な言葉に、陛下は頷いて答えた。
「ユウ様がお選びになられたのであれば、クリストフとマリアに任せましょう」
「ありがとうございます」
こうして、私の謁見は無事に終えることが出来た。
ただ、私もちょっと考えが足りなかった。
王宮はだだっ広いし人も多いから落ち着かないと思ってたけど、騎士団長で貴族のお家であるミレイド家も豪邸って言うか軽くお城か! って広さであるという考えには至らなかったことに。