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西の砦 イベルダの現状

夜の間、ずっと馬で駆け続けてたどり着いた西の砦は、私自身が現実で直面したこともないテレビ画面の向こうに見ていたような惨状だった。

騎士達は汚れ、傷つき、なんとかこの砦を死守しているような状態。

この付近の住人もここが一番安全なのだろう、砦に避難してきてるようで子ども達は片隅で大人しくしているし、動ける男達は騎士に加勢し傷を負い、女の人達は煮炊きをしつつ、怪我人の傷の手当に奔走しているのがうかがえる。

埃と、汗と、血の匂いに混じって煮炊きの匂い。

とっても複雑だが、ここの人々がとてつもなく疲弊し、弱っているのは分かった。

昔、歴史の教科書で見た戦争の写真や他国での紛争や戦争などのテレビの報道でしか見なかった惨状が私の目の前に広がっている。

現実として、自分の目の前に突きつけられた。 ここで私になにができるのだろう……。

立ち尽くす私に、ジェラルドさんが言った。


「申し訳ありません。まず、一番の重傷者をあなたには癒していただきたいのです!援護に来てくださった王国騎士団の団長が、街の子どもを庇い重症なのです……」


険しい表情から、その団長さんがかなりひっ迫した状況にあることを見て取った私が頷いたのを確認すると、ジェラルドさんは私を砦の中に案内した。


砦の中にも、沢山の負傷者がいた。

どの人も結構な傷で、戦争や内紛なんて体験のない私は戸惑うばかり……。


そんな中でたどり着いた部屋に寝かされている、国の中の騎士のトップだろう騎士団長はかなりの火傷を負い、足には切り傷、肩には矢傷を負っていて、呼吸も浅い。

かなりの重症に、私は息を飲みつつその状態をしっかり見て、自身の魔力をその団長さんに注ぐイメージで、分からないなりに治癒を試みた。

自分の魔力で、傷が塞がり、火傷は新しい皮膚が再生するのをイメージして。


「治れ」


言葉と共に両手をかざして、魔力を降り注ぐ。

すると、淡い光に包まれて団長さんはみるみるうちに体の状態が良くなっていった。


表面上の傷が見当たらなくなったところで、私は手を下ろした。

すると、さっきまでかなり浅い息遣いだった団長さんの呼吸が落ち着いたことに気づく。

かなりの傷だったので、魔法で治したとはいえ休息は必要だろう。

ひとまず、危ない状態からは落ち着いたと確認できたので、それを伝える。


「傷は癒えたので、あとは休めば大丈夫かと思います」


後ろに控えていたジェラルドさんにそう告げると、ほっとした顔をした。


「黒の乙女よ。ありがとうございます。団長は司令官でもあるので、今の西の砦にとって大切な要なのです。助かりました。他の怪我人も、診て頂けますか?」


もちろんここに来て、この現状を見てなにもしないなんて出来ない。

私は看護師の卵だった。

元々、人を助けることを仕事にしようとしていたのだ。

異世界で、まさかそれに近いことを求められるとは思っていなかったけれどこれも、縁というものなのだろう。


「ユウ、この団長さん以外は命に関わるような重傷者はいないから、広範囲魔法を使うといいわ」


一人づつ診るために動き出そうとしたところに、アリーンがそう声を掛けてきた。


「広範囲魔法ってどうやるの?」


そんな使い方も分からなのに、あっさり言わないで欲しい。 ここに来たばかりで魔法初心者なのを忘れているのだろうか?

私の困惑顔を見ても、アリーンは気にする素振りもなく、サラッと説明してくる。


「目に見える範囲の人を治したいと思って魔力を広げれば出来るわよ?」


魔法について、アリーンの説明は最初から本当にあっさりし過ぎだ。


「ユウがきちんと視覚に確認した範囲にいる人を、治したいと思って魔法を使えば大丈夫よ」


なんともざっくりとそう言われてしまった私は砦の中の見晴台に移動して、そこから砦の中の人々を治したいと強く意識して魔法を行使した。


「みんな、治って!」


キラキラとした淡い光は、砦全体を包み込み、淡い光が消えるころにはここに居た人々はしっかりと怪我が治っていた。

治癒魔法、便利だなぁ。使うと結構疲れるけれど。

私の疲れた顔を見つつ、アリーンは言った。


「ユウが使った範囲に人が多かったから疲れているだけよ?団長さん一人の時は重症だったけど、そこまで疲れなかったでしょう?」


アリーンの言葉に頷けば、サリーンが答えてくれた。


「だから、広範囲に魔法を使う方が大変だし、魔力の消費量も多いの。ユウはかなりの魔力保持者だけど、だからこそ上手く使い分けてね!」


なるほどね。初めて使った広範囲魔法、身をもって体験していい勉強になったわ……。

こうして、慌ただしく着いた先の砦で私は初めての治癒魔法を成功させたのだった。

その威力が、この世界において、とてつもないものだったことには気づかずに……。


治癒魔法のあとは、怪我人に使った汚れた布の洗濯。

煮炊きの手伝いに、子ども達の相手をして過ごした。

あっという間に夜を迎え、各所にかがり火の焚かれた砦は夜とはいえある程度の明るさがある。

子ども達も夜は砦に入って、一ヶ所に集まって寝て過ごす。

子ども達の中でも年長な子達が小さな子達までまとめて面倒見ているようだ。


夜は近隣の村の男性と騎士で組んで、砦から周囲の見回りをするという。

ここに攻めてきているのは西の国で、国名はアビエダというらしい。

砂漠とオアシスのある国だとか、子ども達も大人から聞いて知っただろう知識を、ごはん時に私に話してくれた。

ここ南の国イベルダは穏やかな気候と豊富な作物が育つ土地、宝飾品加工も随一の技術を持ち、騎士団も周辺国の中では最強だという。

なにより魔法研究も盛んで、国内には結構な人数の魔術師もいるらしい。

そんな発展している国にそれでも立ち向かうのは、アビエダからみるとこの土地が魅力的なのだろうと思う。

私の世界でも砂漠では作物はなかなか育たない。

国土の三分の二が砂漠で残りがオアシスで、その周辺に国民は住んで街を作っているらしい。

そんな土地からしたら、イベルダは魅力的な気候と土地なんだろう。


「土地って言うのは、そこそこに特徴があるから仕方ない。ただ、それを他国侵略の理由にしていいものでもないよね……」


私はここに来たばかり。しかも自分のいた日本では、過去には他国と戦争をしていたこともあるが、現在は戦争はしていなかった。


「私は、ここでなにが出来るんだろう……」


かがり火の灯りの中、静かに夜空を見あげれば、そこには日本じゃなかなかお目にかかれない満天の星空。


「こんなに環境が良いんだもの。美しく、近隣諸国とも平和に出来ればいいのにな」


平和ボケしてると言われようと、私は争うより、上手く手を取り合い平和に過ごせる方が望ましいと思う。

そこの考えだけは、曲げずに持っていたい。

この国と、隣の国との現状を見て傷を癒して、少ないもののここで過ごして感じた事は大事だと思う。


「ユウ。冷えてきたわ。砦の中に入りましょう?」


一緒についててくれた、サリーンとアリーンに促されて私は中に戻ると、ジェラルドさんに声をかけられた。


「黒の乙女!お探ししました。団長が目覚めまして、黒の乙女に目通り願いたいと申しております」

恭しく、頭を下げられて私は戸惑いながら答える。


「団長さん、目が覚めたんですね。ジェラルドさん、そんな畏まらないでください。私はジェラルドさんより年下だろうし、畏まられると、居心地が悪いです」


私の苦笑いを受けて、ジェラルドさんは少し戸惑いつつも、頷いて言った。


「分かりました。ですが、黒の乙女はイベルダに伝わる救世主なので、なかなか難しいですよ」


そうして、私は再び朝一で訪れた団長さんのお部屋にお邪魔することになった。

たどり着いた団長さんのお部屋では、騎士服に身を包んだ元気なガチムキマッチョな男性が地図や書類を片手に部下の騎士さんから報告を受けているようだった。


「失礼致します。クリストフ団長、黒の乙女をお連れしました」


部屋に入ったところで、そう声をかけると部屋に居た人々の声も動きも止まった。


「おう! ジェラルド、よく連れてきてくれたな!」


快活に話す大きなマッチョさんが、どうやら団長さんらしい。

治癒してる時から思ってたけど、この団長さんめちゃくちゃ大きくてムキムキだよね。

 アメフトの選手みたいなガタイの良さ。 大きくて厚みがあると言えばいいのかな?

私の周りにはここまで大きい人も、マッチョな人も居なかったので、ついついジーッと眺めてしまった。

そんな私の視線に気づいたのか、団長さんはニカッと笑うと腰を屈めて視線を合わせてきた。


「黒髪、黒目。確かに伝承通りの容姿だな。お嬢ちゃんが黒の乙女で間違いなさそうだな。お嬢ちゃんのおかげで、俺は命拾いしたしな!」


カッカと豪快に笑う、この人。ちょっと前までかなりの重症で倒れていた人とは思えないよね……。

治癒術ってこんなに効くものなのかと、よく分からぬまま首をひねっていると、団長さんの背後から落ち着いた声がした。


「団長。しっかりご挨拶なさってください。本来早く王都にお送りせねばならない黒の乙女に、こちらに来て頂いているのですから」


声の主は、団長みたいではないけれど、無駄のないスッキリした体をしており、細マッチョって感じで、キリッとした目の片方にはモノクルを付けていて、団長さんよりは理知的な雰囲気がある男性だった。


「すまん、すまん。黒の乙女、助けてくれてありがとうな。俺はイベルダ王国騎士団、団長のクリストフ・アルバ・ミレイドだ」


団長さんは、快活なイメージそのままに話してくれた。


「団長が失礼ですみません。私は王国騎士団、副団長のベイル・カール・ホグナーと申します」


もう一人の男性が副団長さんだったとは。

ここに騎士団のツートップが揃っていていいんだろうか?

国の守りは大丈夫なのだろうか?

ついつい、この国の住人ではないのにそんなことを心配してしまう。


「この団長が重症との早馬が来ましたからね。普段は、私は王都に詰めていますよ」


少し、表情を穏やかにしたベイルさんがそんなことを言う。

え? 私、声に出してないよね?


「黒の乙女は表情豊かですね? お顔を見ればなんとなくお考えが分かりますよ」


そんなに分かりやすいかな? と思いつつ、まぁ、この方は機微に聡いのだろうと思って納得する。


「ここは今国境で、一番攻め込まれており危機的状況だったので王都から騎士団を派遣しており、総指揮がこの団長だったものですから……」


ため息混じりな副団長さんに、団長さんはちょっとバツが悪そうにしつつも言った。


「仕方ないだろう。うちのアラルみたいな子が矢じりの先にいたんだぞ。助けないという選択肢は、俺の中には無かった」


そんな団長さんだから、騎士にも砦に来ている住人にも慕われているんだろう。

部屋に一緒にいる他の騎士さん達は団長の言葉を聞いて嬉しそうだし、誇らしげだ。


「確かに、どの子も無事であって欲しいですよ。子は国の宝ですからね。ですが、その後の無茶はいけません。なんであなたが最前線に立ったのか。後ほど、お説教です!」


モノクルをキラっとさせて副団長さんは、その後はキリキリと動いてお仕事をしていた。


「さて、ここに来てもらったのはお礼と、今後のことを兼ねて相談があるからだ」


ここに来て、話の本題が切り出されたことに気持ちをキュッと引き締めた。


「黒の乙女は、総じて強い魔力を持ち治癒術に優れている。それは伝承にも書かれている。そこにはさらに、追記があってな……」


さっきまでの明るさは引っ込んで、団長さんは真剣な表情をして言った。


「いつの時代に訪れても、黒の乙女は戦の中に訪れる。乙女は国を平和へと導くだろうと記されている」


まさか、癒すための治癒術以外でも私はここで、なにかを求められるのだろうか。

魔法は色々使えると思う。アリーンやサーリンが言うには想像力が魔法の成功に威力まで左右するというのだから、想像力があれば結構あれこれ出来るものみたいだ。

私は本を読むのが好きだったし、ファンタジーも色々読んだ。

魔法も、いろんな生き物も、想像のものをいくつも読んでは小さな頃は思ったものだ。

もしも、魔法が使えたら……ってね。

そんな私が異世界で魔法が使えるようになっている今、使わないという選択肢は無い。

しかし、それは人を攻撃するのには使いたくないのが本音である。


「そうだ、今想像した通り。歴代の乙女達は前線に立って魔法を用いて戦い、癒していたらしい。しかし、俺は反対だ」


団長の言葉にハッとして、考えながらいつの間にか俯いていた顔を上げた。


「俺はな、こんな可愛いお嬢ちゃんを戦場には立たせたくねぇよ。そういや、名前はなんて言うんだい?」


私は、ここに来てやっと聞かれた名前について答えた。


「三島 優羽。妖精達はユウって呼んでるから、そう呼んでくれると嬉しい。私、魔法を攻撃には使いたくない。守り、癒すために使いたいと思う」


こうして、私は自分の意思を表明しつつもこの砦の現状をどうするかを、考え始めていたのだった。




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