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男の人は私を引きずってたどり着いた村の真ん中の家のドアを叩いて、大きな声で呼びかけている。
「お婆! お婆! 大変だ!!」
かなりの声量だったので、お家の中から直ぐにこちらに向かう足音がして、ドアは直ぐに開かれた。
ドアから出てきたのは、少し腰を曲げたおばあさん。
「まったく。朝から騒がしいよ、ボドム。なにがあったって言うんだい?」
おばあさんは、出てくるなり少し迷惑そうに言うのも構わず、ボドムと呼ばれた男の人は話し出す。
「こ、この子! 精霊の森から来たって!!」
ボドムさんの言葉を聞いて、おばあさんは私を見ると驚いた顔をして、そして声を掛けてきた。
「おや、まぁ……。 言い伝えもバカに出来ないもんだねぇ。 お嬢ちゃん、妖精を連れてるね?」
おばあさんの言葉に私も驚きつつ、返事をする。
「はい。見えるんですか?」
「姿までは見えないよ。私にはただ、キラキラと光る粒子がチラホラ見えるだけさね」
なるほど、光が見えるからいると思うんだ。それだと、姿が見えるのはかなり珍しいってことかな。
ちょっと考えつつ、黙っているとおばあさんは私を見て言った。
「黒髪、黒目の乙女が森から現れし時。国に起こる困難は、乙女により解決されたし」
ん?おばあさんの言葉にコテっと首を傾げると、おばあさんは言った。
「この村に伝わる言い伝えだよ。不可侵の精霊の森から黒髪、黒目の乙女が現れたらその時の国に起きる困難はその人物によって解決される」
「そんな言い伝えがあるんですか?」
私が驚いて尋ねれば、頷きつつおばあさんが言った。
「そうさ。それだって、私の曽祖父から小さい頃に聞いた話だよ? 半信半疑だったさね。お嬢ちゃんが目の前に現れるまではね」
ため息混じりに呟きつつ、おばあさんはさらに言葉を重ねていく。
「この村は、いつか来る乙女を迎えるために出来た村だった。しかし、そう訪れない乙女を待てないと、いつしかこの辺境には婆と木こりが生業の、このボトムくらいしか居らんようになったのさ」
ここは国の中でもかなり外れで、この不可侵の森が国境なのだとか。
森はどこの国から見ても不可侵で、フューラのど真ん中に位置しているとか。
そして、ここは大陸南に位置するイベルダという国らしい。
ここから出て少し西に行くと西の国との国境があり、その砦には国の騎士達が詰めているらしい。
「とりあえず、乙女の出現は国一の魔術師達は把握していると思うが。見つけたら国に報告せねば。お嬢さん、名前はなんて言うんだい?」
その問いに、私は答えた。
「私の名前は三島優羽。妖精達はユウって呼んでるわ」
それに頷くと、おばあさんは言った。
「私はこの村の村長のケジャだよ。騎士のお迎えが来るまでは、不便だろうがここでお過ごし」
おばあさんは優しく微笑むと、そう言ってくれた。
「はい。お世話になります」
一つ頷くと、ケジャさんは手元に鳥を招いて手紙を括り付けるとその鳥を飛ばした。
「これは魔法の鳥さ。明日にはここにユウが現れたことが伝わり、二日位で迎えが来るだろう」
説明を受けて、私はこの村で数日過ごすために、ケジャさんに着いて回って働くことにした。
「そんな気を使わんでも、いいんだがねぇ」
畑についてきた私に、ケジャさんがちょっと呆れたように言うものの、それには首を横に振って答えた。
「数日とはいえお世話になるんだもの。私の世界の言葉に、働かざるもの食うべからずってあるしね!」
私の言葉を聞くと、ケジャさんは少し目を見開いた後に、カッカと笑って言った。
「確かに、そういう言葉はこの国にもあるのう。ユウはしっかり者のいい子じゃな」
私の言葉に納得してくれたあとは、私はケジャさんの畑仕事を手伝い、洗濯やらもお手伝いして、お料理をする頃には辺りは夕焼けに包まれた。
「ここは静かでのどかだね。なんか落ち着く……」
「まぁ、この婆とボドムしかおらんからねぇ。静かだろうねぇ」
会話をしつつもお豆のスープ、お豆を挽いて粉にしたものをお水で解いて薄焼きにした生地とそこにハムと卵とお野菜を包んだ料理で夕飯だ。
作り終わった夕飯をケジャさんのお家で一緒に食べていると、急に外が騒がしくなってきた。
ニワトリ達の鳴き声に混じって、もう少し重い足音がしている。
「まさか、もうお迎えが来たのかね?」
外から響いてくる音に、ケジャさんが腰をあげると同じくしてドアをノックする音がした。
「すみません!西辺境騎士団の者です!」
その声にケジャさんがドアを開けた。
その先には、中世にあったような甲冑を着込んで、馬を引いた男の人が三人居た。
「夜分にすみません。この子で連絡をくれたのは、あなたですか?」
差し出された白い鳥を見て、騎士の問いにケジャさんは頷き、返事をする。
「あぁ、そうじゃよ。この子を迎えに来てくれたのかい?」
私はケジャさんの後ろから、ゆっくりドアに近づいた。
すると、騎士の中から精悍な感じでガタイの良いお兄さんが私の前にやってきた。
「本当に黒髪、黒目。黒の乙女だ……」
そんなに黒って珍しいんだろうか?
ケジャさんは白みがかった金髪だし、この目の前に来た騎士さんなんて銀髪だけど。
その後ろには、赤髪やら、マロン系の茶色やら居たが、確かに黒は居なかった。
「黒髪の乙女。お迎えに上がりました」
前に来た騎士は膝をつくと、私の手を取り甲に軽く口付けた。
漫画の出来事みたいな仕草に、一歩遅れて羞恥が襲ってきて、顔が熱くなる。
「やはり、強い魔力と癒しの力をお持ちだ」
騎士の呟きに、私は聞き返す。
「どういうことですか? 魔力は分かりますが、癒しの力ってなんですか?」
私に言葉に、ハッとした騎士は敬礼して答えてくれた。
「大変失礼しました。私は鑑定のスキル持ちで辺境騎士団第一部隊隊長のジェラルド・アランス・モルガンです。癒しの力とは治癒術の使い手のことです」
魔法は色々森で試してきたけど、治癒に関しては私も知らなかったよ!?
驚く私に、騎士の面々はいきなり頭を下げてこう切り出した。
「黒髪の乙女よ。本来なら王都にお送りせねばなりませんが、今西の砦は大変な事態になっております。お力をお貸しください」
揃って下がった頭に、私は分からないながらも答えた。
「私で役に立つのなら。一刻を争うのでしょう?」
私の言葉に、険しい顔で頷く面々に私は半日過ごした、落ち着く静かな村からの早い出立を決めた。
そこに、ケジャさんが少し大きめの袋を持ってきて渡してくれる。
「ユウ。少しだがね、これを持ってお行き。着替えと、少しの食料と飲み物だよ」
差し出してくれるケジャさんは、出会った後からの優しい顔のままだ。
「ユウにはこれから先に沢山のやることがあるからね。今日の駄賃分だよ。遠慮せず持ってお行き」
私は、この短時間で随分ケジャさんに懐いていた。
寂しいけど、行かなきゃいけないだろう。
そのために召喚されたのだから……。
「ケジャさん、ありがとう」
ぎゅっと抱きついてお礼を言って、私は騎士さん達に連れられて、私の始まりの小さな村を出ることになった。
「この村の全てに感謝を……」
祈るように呟いて、私はジェラルドさんの馬に相乗りしての移動になった。
さて、人生初の乗馬についての感想を言うならば、これしかない。
「まさか、こんなにお尻が痛むなんて……」
超速で掛けてく馬の上は、とてもではないが居心地は最悪である。
それでも、これくらいで済んだのはサリーンが風で補助してくれてたおかげだと知って、涙ながらにお礼を伝えたのだった。
「行きもだが、帰りも馬がこんなに早く走るとは……」
そんな騎士さんの呟きには、アリーンが私にぼそっと言った。
「私が馬の疲労や負担を減らしてたからね。そりゃ元気に走るわよ」
えっへんと胸を張って、どーだと言わんばかりのアリーンにはケジャさんの所で貰った小さな砂糖菓子を渡しておいた。
本来、一日駆けてたどり着く砦までを、妖精達の補助で、半日いう無茶な駆け方でたどり着いた。
たどり着いた西の砦、そこは私の想像を絶する光景が広がっていたのだった。
自分が如何に平和な世界で生きていたのかを、ここに来て痛感した。
私の目の前には、争いあい傷つく人々の姿があったのだった……。