まずはコップ一杯の水を出す魔法から
さて、サリーンとアリーンに促されてここに来てまだ一時間も経っていないが、魔法を使うことになった。
このフューラでは誰にでも魔力があり、その大きさこそ差があれど、誰でも魔法が使える世界なのだそう。
魔力の大きさが寿命にも関わり、力が強いほど長寿になるし、老化もゆっくりになるとか色んなことがあるらしい。
妖精さんの性格なのか、私への説明はわりとざっくりしたものだった。
そして、魔法の成功に重要なのが想像力。
自分が望むその現象をいかに詳細に思い描けるかによって成功や引き出される魔力の大きさに違いが出るのだとか。
うん、とってもファンタジーな感じが満載だなと思っていると、アリーンはサラっと言った。
「さ、まずはこのカップに丁度いいだけの水が入るのをイメージして入れてみて!」
なんて実践的でスパルタな感じの魔法訓練なのだろう。
ま、なるようになれの精神だよね。 ここまで来ると……。
ちょっと遠い目になりつつあった私に手渡されたカップはなんの変哲もない、真っ白なカップだった。
手渡されたそれを眺めつつ、これに丁度いい量の水が入っているのを想像すると、カップの底からブワッと湧き出るように水が入った。
「で、出来た?」
こんなにあっさり出来るとは思わなくてつい疑問形の声で告げると、アリーンとサリーンはやや驚き顔でカップを覗き、入ってる水を見てさらに驚いていた。
「無詠唱でコレなの!?」
叫ぶアリーンに、サリーンも言葉を返す。
「これが愛し子の力なのかもしれないわねぇ……」
私にはさっぱりよく分からないから、驚いている二人に聞いてみる。
「これって成功でいい?イメージしただけで、出来たんだけど……」
「成功してるわ!ユウはかなりの魔力を持っているんだけれど、魔法のコントロールも抜群なのが分かったわ。しかも無詠唱。ものすごく魔法の才能があるわ!」
アリーンは嬉しそうに告げてくれて、私もホッとした。
この世界には、私はたぶん魔法絡みで来たのだろうし、魔法が使えなきゃ役立たずのままなのだから。
その後も薪に火をつけてみたり、水浴び後に濡れた服と髪を風で乾かしたりとしていると、辺りは日が傾き、すっかり夕方になっていた。
すっかり魔法に夢中になってしまい、気づけば見知らぬ森での野宿決定に凹みつつも、魔法がある程度使えることが分かったのと、アリーンとサリーンが一緒なので不安はあまりなかった。
「アリーン、サリーン。これくらいしかないけど、食べる?」
私が差し出したのは、ここに来る前の日に作って持っていたマドレーヌ。
学校で課題をしつつ、糖分補給をしようと作って持ち歩いていたもののあまりだ。
「わぁ、とっても美味しそう!」
瞳を輝かせて喜んだのはサリーンだ。
アリーンも興味津々に寄ってきたので、二人に一つずつ渡す。
「じゃあ、ちょっとだけど一緒に食べよう」
私の声に合わせて三人で食べ始めた。
「んー!美味しい!」
二人は顔を見合わせて叫んで、とっても美味しそうに食べている。
微笑ましい二人を見つつ、私も二つ食べた。
その後は、周囲に結界を敷き野生動物や悪意ある人物の接近が不可能なようにして、魔法で出したテントを張って、さらに寝袋も出して寝ることにした。
アリーンとサリーンにはペット用クッションを思い出して、それを可愛くアレンジした感じの寝床を出してあげた。
三人で話して、明日からは森を抜けて人里を目指すことにしたからだ。
「アリーン、サリーン。 おやすみ」
「おやすみ、ユウ」
こうして私の異世界生活一日目は、なんとか無事に過ごすことが出来たのだった。
翌朝、目覚めると枕元には見たことのない果実が置かれていた。
これはなんだろう?見た目はリンゴとかミカンなんだけれど……。
思わず手に取り、じっと見つめているとアリーンとサリーンが飛んできた。
「ユウ、これは私たちの仲間が置いてったものだから、食べられるわよ!」
「愛し子が近くにいると知って、嬉しくって寄越したみたいだから。有難く頂きましょう」
ニコッと告げるサリーンに私も笑顔を返しつつ答えた。
「有難いね。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
朝から、妖精さんの好意のおかげで、みずみずしく甘くて美味しい果物が朝食となったのだった。
森で一夜を明かし、朝起きれば妖精さんからの差し入れがあるなんて、優しいなと思う。
姿を見せない妖精さんたちが差し入れてくれたのは、一番美味しく、ちょうど食べ頃になっていたフルーツを取ってきてくれたみたいで、どれも甘くって美味しかった。
「持ってきてくれた子達って、もうこの辺りには居ないのかな?」
私の疑問にサリーンが答えてくれた。
「そうね、持ってきてくれた子達は恥ずかしがり屋さんだから。最初のひと口を見届けたら帰って行ったわ」
なるほど、私が食べるまでは見届けてくれてたんだ……。
届くかは分からないけれど、お礼は言うべきよね。
「美味しい果物をありがとう。嬉しかったよ」
言葉よ、届けと願って口にすれば風に流されるように音が渡っていく感じがした。
「ホント、ユウは魔法をあっという間に自分のものにするわね…… 」
私の様子を見て、アリーンはすこし呆れたような顔をして言う。
「でも、私が魔法使えた方が都合はいいんでしょう? だったら良いじゃない?」
サラッと言う私に、アリーンは頷きつつも言った。
「そうだけどね。あまりにも飲み込みが早くって驚くわ!」
そうは言われても、感覚で使っててそれが意外にもスルッと使えちゃうから違和感もないんだよね。
こればっかりは、私だってどうなってるか疑問はあるんだけれど、深く考えてもこの世界を知ってる訳じゃないから。
日本と違って、フューラってかなり独特な世界だと思うし。
ここに馴染んできたなら、それで良いんじゃないかな……。
だって、帰れないんだしね……。
「さ、今日はこの森を抜けよう! 人に会わないことには、なにも進まない気がするから」
そんな私の言葉に二人も同意して、歩き始めることにした。
「そうね、行きましょう。一番近い集落は小さめの村よ。こっち!」
アリーンとサリーンの案内で、私は森を歩き始めた。
木々が覆い、少し薄暗いので光を出して周囲を見つつの移動だ。
光は、電球をイメージしたらポッと光る球体になった。
この世界の魔法、ちょっと、いやかなり便利すぎる……。
そうして、朝から歩きつづけて小腹が空く頃には、森を抜けて小さな集落にたどり着いたのだった。
そこは広さ的には学校の校庭位の広さがあり、小さめの小屋が三つと小さな畑があるのどかな光景の村だった。
だって、自由にニワトリに近い鳥っぽいのも歩いているし。
日本のどこか田舎にもありそうな光景だ。
ただ、小屋はレンガ造りでしっかりしていそうだし、ここは魔法が使えるので、きっと少ない人々でも快適に過ごしているんだろうことは、建物や周囲の柵が綺麗なことから察しがついた。
一番端にあって、森の近くの小屋のドアの前に立って、私は一つ大きく息を吸って吐き出したあと、ノックをした。
「ごめんください! どなたかいらっしゃいますか?」
私のノックと声に、中から音がして木戸が開いた。
そこから顔を覗かせたのは、大柄な体躯のモジャっと髭を生やした男の人だった。
「ん? お前さん、こんな辺鄙な村にどこから来たんだ?」
私を見て、細めだった目を開いて驚いたように言う男の人に私は答えた。
「そっちの森から来たの。ここになら人がいると聞いて……」
異世界から来たことを言っていいのか、分からずとりあえずの答えを言うと、男の人は細い目をめいっぱい見開いてさらに驚いて言った。
「不可侵の精霊の森から来ただと!? お前さん、この世界の人間じゃないな?」
えーっと、私がいた森。
精霊の森で、不可侵の領域だったらしい……。
アリーン、サリーン。 そういう大事なことは教えておいてよ! と内心叫んだが、もう仕方ない。 バレてるんだし、サクッと話しちゃうことに決めた。
私って、結構肝座ってるよね……。
「はい。どうも召喚されたらしいです。私に付いてきてくれた妖精が、教えてくれました」
そんな私の答えに、大きな男の人は慄いて、そして私の腕を掴むとドアを閉めて大慌てで走り出した。
私はなす術もなく、引きずられて村の真ん中の小屋に連行されたのだった。