戦の終結と、婚約について
誰もが想像するよりも、かなりの速さで予測されていなかった無血の終戦にイベルダでは歓喜に満ちていた。
敵国の指揮官を捕縛して陣地に戻れば、苦笑を浮かべたクリストフさんに迎えられた。
「やはり、ユウは規格外だな。戦争を無血で解決するとは。歴史書に名を残す偉業だ」
そう言われながら私はクリストフさんに撫でられた。
「残らなくっても良いんだけど、多分残るよね……。まぁ、仕方ない。平和になるなら、それが一番だからね」
その後、捕縛した西の指揮官は目覚めれば敵陣に捕えられていてどうにもならず、自陣は崩壊しており戦況は敗戦濃厚であり立て直しも効かないと悟り、両手を上げて敗戦を宣言した。
こうして史上稀に見るという、無血最短の戦終結となった。
その後の処理はクリストフさんや、ベイルさん、ガルム宰相や陛下におまかせした。
私は、政務は全くわからないから。
とにかく今後戦が起きないように、国同士で決めてくれたらいいと思っている。
メルバも砦に戻れば、砦を守った英雄として子ども達から益々大人気になり、遊んであげていた。
実に、面倒見のいい人懐っこい聖獣様である。
怖いところなんて見当たらないが、魔法の威力は抑えていても、あれだけの暴風で人を囲うのだからきっとこの世界では最強だろう。
「ユウ様、お話があります。私に時間を下さいませんか?」
そうベイルさんに声をかけられたのは、戦の処理もだいぶ済んで、王都に帰還してから一週間経った頃だった。
砦から戻る時には、とっても惜しまれつつも沢山の感謝をもらって、人々の笑顔に見送られて帰還した。
その後の私は無事に学園生活の残りを過ごすべく、普通の学生生活を送っていた。
まぁ、周囲からはかなり尊敬の眼差しとメルバへの視線が凄いことにはなっているものの、なんとか生活していた。
そんな時にかけられたベイルさんからの誘いは、断ることもないし、私も話さなければいけないこともあり、承諾した。
「はい、お聞きします。いつにしますか?」
そんな私の返事に、ベイルさんはキュッと一度唇を引き結んだ後に言った。
「今夜、お迎えに参りますので、これを着て待っていてください」
差し出されたのは、箱が三つ。
なんだろう、これはミレイド家へ行った日のような感じだが。
「これは、私自身からあなたへの贈り物です。受け取ってください」
いつになく緊張している、珍しいベイルさんの様子に私は受け取って、言った。
「分かりました、これを身につけてお待ちしていますね」
そうして、受け取った箱をもってミレイド家へ帰宅してから開いた箱には、桜色の可愛らしいドレスにそれに合う靴とグローブ、ヘッドドレスが収められていた。
あまりの綺麗さに、私はまず着るのも忘れてドレスに見入ってしまった。
すると、ドアをノックする音がして返事をするとマリアさんとジェシカちゃんが顔を出す。
その後ろから、美容に強いメイドさん軍団を引き連れたシャロンさんが入ってきたのだった。
「さぁ、ユウ様。今日は本気を出させていただきますよ」
シャロンさんの高らかな宣言から、私は逃れることも無いまま、一気にあれこれと施されてぐったりする前に仕上げられた私は、鏡に映る自分を二度見してしまった。
鏡に映るのは、淡い桜色のドレスを纏った普段とはガラッと変わった、大人に見える私の姿だった。
「これ、私?」
思わず呟く私に、シャロンさん、マリアさん、ジェシカちゃんがニッコリ笑って言った。
「間違いなくユウよ!あなたは綺麗できちんと大人の女性よ。だから自信を持って。どこから見ても素敵なレディーよ」
「ユウ姉様は綺麗なのよ。だから自分に自信を持って。姉様はカワイイ系の美人さんなのよ!」
「これは、私たちメイドからのささやかなものです」
そう言って、シャロンさんはアップにされた私の髪に可憐な白い花を挿して飾った。
「我らの可愛いお嬢様。どうか自らの幸せから逃げないで、その手で掴んでくださいまし」
私を一番近くで支えてくれたシャロンさんの一言に、不覚にも潤んだ瞳から涙が零れそうになったが綺麗なメイクが崩れてしまうと、グッと我慢した。
「みんな、ありがとう。どうなるかなんて分からないけれど、私。自分の気持ちに正直でいていいのかな?」
私の言葉に、マリアさんがキュッと肩を掴んで言った。
「もちろんよ。私もクリストフも、ユウの幸せを願ってるわ。あなたの気持ちを大事になさい」
肩に乗せられた手に手を重ねて、返事をした。
「ありがとう、ママ。私、頑張ってみるね」
ニコッと微笑んで言った私に、マリアさんがうるっと瞳を潤ませて言った。
「えぇ、私達は母娘ですもの。それは変わらないわ」
「うん、ママ。ありがとう」
ぎゅっと抱きついて、私はマリアさんから背中を押してもらってベイルさんが迎えに来たとの知らせを受けて、玄関ホールに向かった。
「姉様!私の姉様は、世界一可愛いのよ、だから自信を持ってね!」
最後の最後は、可愛い妹の声援を受けて階段を降りていった。
玄関先では、ベイルさんとクリストフさんが話していた。
「お待たせして、すみません」
私が声をかけて振り向いてくれた二人は、はっと息を飲んだあと、ベイルさんは微笑んで言った。
「あぁ、やはりユウ様にはこのドレスがお似合いですね。とっても美しくて、これから一緒に過ごせることが幸せです」
本当に嬉しそうに、目を細めて私を眺めているベイルさんはお仕事の時とは全然違う、貴族の貴公子然とした、クラバットにロングジャケット姿だ。
その姿はやはりハッとするほどの美形で、隣が私でいいんだろうかという気持ちはやはり湧き上がる。
「ありがとうございます。私みたいな小娘が一緒でいいのか分かりませんが……」
ちょっと気落ちしながら言うと、ベイルさんは言った。
「ユウ様。ユウ様のような若く美しく、優しくて強い。そんなあなたの相手が私であることの方が、存外プレッシャーになっておりますよ」
まさかね、だって私はそこまですごくない。
「ユウ様、とにかく話は出かけから。今日はあなたに大事な話があるのですから」
差し出された手に、手を重ねて私はエスコートされて馬車に乗り込む。
その時、私たちのやり取りを見守っていたクリストフさんは声をかけて言った。
「ユウ、お前の望む通りに。素直に気持ちは言葉にしろ!嫌だと思ったら、それも言え! お前は俺の娘だ。だから好きに生きろ、生きていいんだ」
「ありがとう、パパ。行ってきます」
私は、ここに来て本当によかった。
失ったものが、再びこの手に乗ることがあるなんて、ここに来るまで思いもしなかったから。
私の言葉に、クリストフさんが笑顔で言った。
「どうなろうと、俺達は家族だからな。それを忘れるなよ」
その一言に、送り出されて私はベイルさんと出かけたのだった。
自分の気持ちを、きちんと伝えるために。
たとえいい返事じゃなかったとしても、私には私を受け入れてくれる家族がちゃんといるから。
頑張ってみようという気になった。
私にとって、自分のための小さな一歩だった。
たどり着いた先は、綺麗な庭園のあるお屋敷。
そこの庭の東屋だった。
綺麗に魔法でライトアップされており、秋咲きのバラがいい匂いとともに美しく咲き誇っていた。
「ここは私用の邸宅です。ミレイド家ほど広くはありませんが、このバラは自慢ですね」
まさかの行き先がベイルさんのお家とは思わず驚くものの、綺麗な庭園はとても居心地がよく、ここにも多くの小さな隣人が居た。
「お招きいただけて、光栄です。本当に美しいですね」
私は、東屋からの景色を本当に楽しんでいた。
そんな私の足元に跪くベイルさんの姿に、驚いて目を見張る私の手をしっかりと掴みそして目線を合わせるとベイルさんは口を開いた。
「ユウ様、私はあなたに一番大きな嘘をつきました。それは、してはならなかったと反省しています」
言葉と共にその表情はとっても苦しそうで、事実反省しているのだろう。
なにが嘘だったのか、私には分からないけれど……。




