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「ジェラルドさん、ここの復旧はどう? 少しは落ち着いたのかしら?」
そんな私の問いに、イヤイヤと首を振って突っ込んできた。
「そりゃ多少は進みましたが、ってそうじゃなくって! この子はどうしたんです!」
メルバを指して聞いてきたのだが、全く無関心なメルバに変わって言った。
「あの時の通過した森で出会った子猫、あの子聖獣だったのよ。最近この姿になったの。風の聖獣メルバだよ」
さらっとした説明にジェラルドさんがガックリと肩を落とすと、私もヒョイッと肩を竦めた。
「だって、どうあろうとも、メルバはメルバで私の家族なんだもの」
そんな私の言葉には満足そうに、尻尾を揺らしている。
メルバは結構、喜怒哀楽が分かりやすい。
表情も去ることながら、尻尾の動きはとっても素直で感情豊かだからね。
「ユウ様は、救世主以前にその思考も力の使い方も変則的でしたね……」
それは、雷落として地面をえぐったことを言ってるのかな?
それとも勢いつけすぎて、岩と巨木を砕いたことを言ってるのかな?
「なんのことでしょう? まぁ、力の制御って大変だよねー?」
ちょっとそっぽ向いて私が言うと、ジェラルドは乾いた笑いとともに言った。
「だから、ですかね。聖獣様のおかげか、ユウ様の魔力は大きくはなっても、安定していますよ」
ジェラルドさんも魔法騎士だから、それなりに魔法に関しては分かっている。
「ユウ様の魔法は規格外ですからね。聖獣様が側におられるくらいがちょうどいいですよ」
その言葉に、メルバが返事をした。
「お主、ユウをよく分かっているのぅ。此度の戦でユウの近くにあるならば、よろしく頼むのぅ」
まるで、親のような口ぶりなのも仕方ない。
なにしろ、聖獣は精霊王と同じくこの世界ができたその時から存在していると言うのだから。
私なんて、メルバから見ればヒヨコどころかタマゴのレベルだろう。
だから、この辺りの発言は好きにさせることにした。
「聖獣様、もちろん側におります時には、必ずやユウ様をお守りします」
騎士のピシッとした礼で返事を返されて、メルバは満足そうに頷いて尻尾を振っていた。
そんなやり取りをしつつ、砦近くの住人と和気あいあいと過ごしているうちに、一緒に来ていたのにあっという間に後続にしてしまった王国騎士団の面々がやってきたのだった。
もちろん、今回一緒に来ていたクリストフさんとベイルさんには、容赦なく私とメルバは並んでお説教を受けることになった。
だって、メルバは風のように走るし馬と違って振動もないし、乗り心地最高で気づくと馬が追いつけない速度で移動してしまうのだ。
「ごめんなさい。メルバの足は早いし安定してるから、つい速度にのって走ってしまうんだよね……」
その、私の言葉に同意するように、パタン、パタンと尻尾を揺すっているメルバ。
そこに、ニコッと笑ったベイルさんと視線が合った途端、私とメルバは背筋に悪寒が走って、即刻言うことになった。
「ごめんなさい! もう、最速で駆けません!」
という、反省と宣誓を。
笑顔で怒るという、ベイルさんには勝てません。
メルバすら怖がるって、相当だよね……。
もしかしたら、ある意味ではベイルさんが最強なのかもしれないと思ったのだった。
そんな移動してきた日から、三日後には開戦となる。
それに伴い私は可愛い隣人たちと、メルバと砦周辺にありとあらゆる仕掛けを施すことにした。
それは遠距離にも近距離にも対応出来るような、様々な仕掛け。
隣人達はこの国に住む人々が好きだと言って、私が頼むと喜んで協力してくれた。
私は、彼らと彼らの得意分野で仕掛けを施すことにした。
例えば、くしゃみの止まらなくなる花粉が撒き散らされるようにする仕掛けとか、同じく涙が止まらなくなるものとか、とある地点に入ると土が液状化して足がハマって抜けなくなるとか、コンクリートの壁出現とかだ。
そして、足止めしている間に相手方の戦力を無力化するつもりでいる。
眠り粉で寝てもらうために、風を操り敵方に眠り粉を蔓延させて風で封じ込めて、寝たところで全ての兵を捕縛する。
そうしたあと、その中から司令塔クラスを選別して叩き起し、現状を把握させて敗戦宣言をさせて帰還させる。
そんな予定だが、それでも認めない時は最終手段も辞さないつもりだ。
私ができる手段はどれでも使って、この国の優しい人達が安心して暮らせる環境を作る。
そのための力だと思うから、今回は私は遠慮なく自身の力を使う。
そんな、仕掛けが完了した頃にベイルさんとクリストフさんに呼ばれた。
「ユウ、一体ここ数時間で砦近辺で何をしていたんだ?」
その問いに、私は仕掛けた内容を伝えると、とっても嫌そうな顔をして言った。
「助かるが、自営の騎士や魔法師や住民達は大丈夫なのか?」
ご尤もな問いかけには、メルバが実に誇らしげに言った。
「砦の最終防衛ラインから五十メートルの距離に仕掛けてあるので、こちらに害はない。そんな危ない仕掛けを作るわけなかろう?」
メルバの返答に、一応の頷きを返したあとでクリストフさんが言った。
「しかし、この作戦だとユウは最前線に出ることになる。それは、俺は反対だぞ!」
クリストフさんお言葉にはベイルさんも頷き言った。
「私も、同じく反対です。なぜ、そんな矢面で切り込む位置にあなたが行くんです? 後方からでも十分でしょう!」
そんな二人に私はメルバと顔を見合わせて言った。
「だって、癒し姫で黒の乙女と聖獣の組み合わせだよ? 目の前に来られたら、勝てないって思うものでしょう? だから出るんだよ」
私の言葉に、その通りだから言い返せない、でも認めたくない。
そんな表情の二人に、私は笑って言った。
「ねぇ、私がなんの為にここに来たかわかってるよね? 私はね、この国で、ここに住む人々が安心して暮らせるようにするために来たの」
私の言葉に、二人は私を見て次の言葉を待つ。
「私は妖精と精霊にも住みやすいこの国が大切だと思えるの。ここが私のこれから暮らす国だから、守りたいの。その力があるから、使うだけなんだよ」
私の言葉に、揺るぎない意志に、二人はため息をついて言った。
「メルバ、最前線に行く際には、私も一緒に騎乗させてください。出来ますね?」
そう言ったのはベイルさんだった。
悔しそうだが、今回クリストフさんはベイルさんに譲った形だ。
「なぜ? 乗せねばならぬ? 」
それに、ベイルさんは真剣な表情で答えてくれた。
「もしものための保険と考えてください。私は、ホントの最前線にユウ様を一人で行かせたくないんです」
ベイルさんは、そう言って私を見つめて言った。
「私はなにがなんでも、今回ユウ様のそばを離れる気はありません」
ベイルさんの言葉に、メルバは頷くと言った。
「そちの、願い。あい、分かった。騎乗を許そう」
メルバの許可に、ベイルさんはようやく表情を緩めた。
「ありがとうございます。ユウ様、今回はずっと側に居ます。いいですね?」
その問いかけに、私は、頷いて返事をしたのだった。
開戦宣言をされた、当日。
その日は見事な、快晴だった。
「さぁ、行きましょう。メルバ、ベイルさん」
私はメルバと、共に乗るベイルさんに声をかけてメルバに跨ると、メルバはファサっと翼を生やすと、一蹴りで天へと駆け上がっている。
メルバは正確に言うと、天虎というものらしい。
翼を持った虎で、空を駆けることの出来る唯一の聖獣として、この世界アジェンダで有名な伝説の生き物だった。
そんな生き物の背に乗る人なんて、そうそう居ないだろう。
この状態で、戦場に現れるだけで一気に戦局は動くと予測していた。
そして、敵陣上空に差し掛かった時、それは間違いないと悟った。
下からは、戦く声がこだました。
「伝説の天虎が現れた! この戦は間違いだ! 撤退せよ!」
そう叫んでいたのは、東のシェーナの人々。
きっと彼らは、西の国に色々聞かされて参戦したのだろうが、天虎が現れれば、間違っていたことに気づいたんだろう。
「天は、この戦いに我らの間違いを指摘なさっておる!」
メルバの姿は、それだけこの世界では神とも取れるものなのだろう。
メルバに聞くと、聖獣という生き物はこの世にメルバを含めて四体しか居ないのだという。
他のものは、あまり人を好まないので、姿が人に知られているのは自分なのだと言っていた。
「西の国と、東の国の者達よ。今去るならば、許そう。まだ、戦うと言うならば、この聖獣と黒の乙女が相手である!」
私は、メルバの背から、高らかに伝える。
その声はサリーンの力を借りて、風を伝い、敵陣の隅々まで伝わっていく。
「な、黒の乙女がこの戦場に?!」
私の声が響くと、西の以前の戦いにいたのであろう兵士たちからはどよめきが走り、一気に陣営は形を崩していく。
「俺は、まだ死にたくない!」
「あの、イカヅチに、聖獣様。イベルダには神の加護があるんだ!手出ししてはならぬ!」
そう言うと一般の兵は次々と持ち場を離れて、敗走して行く。
東の陣営もどちらかと言うと、神には信奉があるらしく、メルバの姿だけでかなりの陣営が崩されていた。
そんな戦況に、西と東の指揮官達は困惑を隠せないが、東の指揮官はいち早く撤退を決めたようで、指示が出された。
「これは、精霊王や神に逆らうものであった。これは国の存続に関わる。戦ってはならぬ。撤退だ!」
東の指揮官は、戦況をしっかり読める人だったようで、今状況では立て直しの厳しいことを把握して、撤退をいち早く決めた。
その様子に、なかなか次の行動が決まらなかったのが西だった。
彼らはやはり、この地がなかなか諦めきれなかったようで、行動が遅かった。
そこをメルバは逃さない。
一気に指揮官の陣営テントに風を巻き起こし、眠り粉で包囲して、指揮官を昏睡させた。
指揮系統が消失したことで、西の一般兵は戦況が把握できないが、命は惜しいので各々で撤退して行った。
「聖獣様のお姿の威力は、流石としか言い様がありませんね」
こちらの陣営が全く動かずして、敵陣の八割が撤退していく様子に、ベイルさんが呟く。
「それが狙いだもの。ねぇ、メルバ。彼らはそのまま風のベッドで運んでしまいましょう」
そんな私の提案に、メルバはひとつ頷くとサッと風の球体を浮かしてしまう。
指揮官の側に居た伝令は、その様子にとうとう腰を抜かしてしまったようだ。
「では、君が自国に伝えてください。指揮官はお預かりします。戦は、勝てぬものでしたと西の王にお伝え下さいね」
そう言って私はメルバとベイルさんと共にこの敵陣を立ち去った。
開戦宣言時刻から、わずか一刻での戦況終結は今後イベルダの史上に黒の乙女で癒しの姫として呼ばれたと記録される私の、最高の功績として残ることになった。
無血の勝利と名高いこの戦は、後に聖獣と乙女の奇跡と呼ばれることになった。




