忍び寄る影、力が求められるとき
婚約発表の三日前嫌な報告がもたらされてミレイド家ではマリアさんもクリストフさんも一気に忙しくなり、ベイルさんもそれは同様となった。
私は学園で様々な魔法を学び着々と自身でも扱えるようにと、訓練を重ねていた。
そんな時、私にも王宮への参上を求められて忙しいであろうに、その書状を持って迎えに来てくれたのはベイルさんだった。
「ユウ様。誠に申し訳ありませんが、この書状を読みましたら至急私と一緒に王宮へお越しください」
かなりの急な要件であろうことは、その表情からも確認出来たので私は歩き出しながら言った。
「書状は馬車の中でも確認できます。急ぎましょう!」
そう言って馬車に乗り込んでから書状を確認すると、現在の状況や私への要請は実に逼迫したものであり、急いだのが正解だったことが分かった。
「王宮に着いたらすぐ、まずは医官の詰所の王太子様のところに向かいます」
私の言葉に、ホッとした顔をしてベイルさんが返事をした。
「ありがとうございます。そのように手配済みですので、お願い致します」
こうして、馬車にあるまじきかなりの速度で学園から王宮に向かって超特急で走っていた。
普段三十分の距離を御者と馬のコンビネーションの賜物で十分短縮して到着したその後も、ベイルさんの案内で普段駆け抜けることなど許されない、王宮を走り抜けた。
ズルだろうが急ぎなので私はサリーンに補助をさせて、風に背中を押させて駆け抜けた。
多分人生で一番早く走ったと思う。
そうしてたどり着いた医官詰所のベッドには、つい先日謁見の間で見かけた王太子様が青白い顔で寝かせられていた。
私はすぐさま魔法を使う。
「サーチ!」
全身をくまなく見るべく使ったサーチでは、全身を巡る血に変色が見られた。
つまりは、毒物を盛られたことによる中毒症状と見た。
私は原因が毒物と仮定して、それを血液上から浄化するイメージをして治癒を施す。
「ハイ・ヒール」
私がそう呟いて王太子様に手をかざすと、光の粒が染み込んでいき私の手元に黒い血が集まってきた。
私はそれを、魔法で作った瓶に入れて封をした。
「ユウ様、それは?」
医官の長のおじ様医官に聞かれて、私は簡潔に言った。
「王太子様の盛られたであろう毒物が溶け込んだ血です。ここから、毒と血液とに分けて、綺麗な血液は王太子様に戻します」
そう宣言すると、私はもう一つ空の瓶を出し、魔法を使って混ざり合うものを分けて、それぞれに収まるようにした。
すると血液は綺麗な赤に、毒物は緑がかった黒色の物が瓶に入った。
「これを、魔術団でどんな毒物であるか鑑定をしてください」
私はそれをベイルさんに預けた。
ベイルさんは頷いて、言った。
「では、これは一緒に届けましょう」
「はい。王太子様はこれで落ち着いたと思いますが、少し心配ですね。魔法を掛けていきましょう」
私はそう宣言すると、さっと魔法をかけた。
悪意あるものの攻撃を跳ね返す、その際には位置が私に分かるように知らせが来るようにした。
「これで、大丈夫です。ここは離れますので、王太子様をお願いします」
部屋の医官さんや、警護の騎士さん達に任せて私はベイルさんと部屋を出た。
そうして向かった魔術団では、既に顔見知りな現団長と顔を合わせて直ぐに言った。
「団長、この毒がどこの国の物か調べてください」
そう言った私に、団長さんもベイルさんもちょっと驚いた顔をする。
「毒そのものではなくか?」
「はい、おそらくこれは外部からなので、そこの国からかなと思いまして」
そう言いきった私に、団長はひとつ頷くと鑑定を行ってくれた。
結果はこの毒物は複合物で、東と西にある毒性の強い植物同士の掛け合いで作った新しい毒物であることが判明した。
「よく、この毒が新しいって分かったな」
団長さんが鑑定を終えて言うと、私はちょっと肩を竦めて言った。
「こればっかりは、私は妖精が味方についてるからねとしか言えないわ」
私の言葉に団長さんは納得して頷いて言った。
「そうだな、ユウ様は精霊王の愛し子様だものな。望めば直ぐに、そばにいるちいさな隣人たちが教えてくれる」
現団長さんは会話こそ出来ないものの、私の周りでは珍しくちいさな隣人が見える人なのだ。
そうして鑑定を終えた結果を聞くと、ベイルさんは言った。
「この毒は、東と西が手を結んだ証拠と言うわけですね?」
その表情は緊迫した空気を纏って、私たちに問いかけた。
「えぇ、そうです。そしてその実行犯も、もうすぐここに来ますので、魔法で捕縛しますね」
私の返事に二人がギョッとした時には、この部屋にバーンと突っ込んで来た女官さんが驚きの表情で固まっている。
私は直ぐに、そんな彼女に魔法を使った。
「捕縛」
すると、どこからともなく現れたロープによって彼女は縛り上げられて、その隙に可愛いちいさな隣人たちが暗器を取り上げてしまった。
ものの五秒とかからぬうちの出来事に、捕縛された方もその様子を見ていた魔術団長とベイルさんもポカーンとしている。
「さて、あなたはどちらの国の方かしら? それともどちらかの国に脅されてしまったのかしら? 正直に話した方が身のためよ?」
私の言葉に顔を上げて、私を見た彼女は自身の失敗を悟った顔をして口を閉ざす。
「別に話さなくってもいいのよ。この毒物を貴方が混入させて、王太子様に出したことはちいさな隣人たちが見ていたし、彼らは私には嘘がつけない。それが真実で事実だから」
この国にいるちいさな隣人たちは私の味方で、精霊王の愛し子の私には嘘なんてつけない。
意地悪やイタズラが好きな子達でも、私の前では素直で愛らしい隣人に早変わりなのだ。
この精霊と妖精の溢れる土地で、そこに愛し子がいる状況でこの国で悪さなんて本来は出来ようはずがない。
全てが、見ている妖精や精霊から愛し子に筒抜けになるから。
だから、それを知らない者。この国以外の出身者がこの事件の犯人であると、見当がついていたのだ。
そして、この女官さんは私の考えの通り、南の国出身の女官さんだった。
行商だった南の国出身の御両親は、この国を気に入り祖国を離れてこの土地に根ざした。
しかし南の国出身だったことで、そちらの暗部に目を付けられて彼女は南の考えを教育されて育った。
そうして今回女官になれたことで、最近の情勢からこの度の王太子様への毒殺未遂となったのだろう。
今回のものは新たな毒で解毒剤も、彼女が暗器と共に持っていたもの一つのみという急ごしらえのもの。
手を組んだものの、どちらの国も単独でなんとかイベルダを手中に収めたいという思いがあるようだ。
まだまだ不安定だとも言えるが、事件を起こすだけの物があるとすれば、その起因は私の存在にもありそうだ。
「もしかして、もう一つあったこの毒は私に使う用だった?」
暗器とともに、解毒薬の他にもう一つ瓶があった。
それは毒々しいほど赤く、良いものには見えなかった。
その瓶を見てアリーンはすごく嫌な顔をしたし、サリーンは思念が読めるのでこの毒が私に用意されていると分かると憤慨していた。
「私が、こんな毒をユウに飲ませる隙なんて絶対与えないけど! 準備すること自体が許せない!」
そう、プンプンと顔を真っ赤にして怒っていた。
「私には、仲の良い隣人がいるのよ。可愛らしい子達なのだけれど、この瓶を見てからすごく怒ってるの」
そう言うと、彼女には見えないだろうに部屋の空気が変わったのが分かったらしく、表情に危機感を滲ませた。
少なくとも、彼女はこの国で過ごして女官になっている。
本来、やらざるべき事を犯したのは理解しているらしい。
空気の変化は分かるくらいには、隣人達とも接していたんだろう。
それなのに、このような事件を起こすなんて。
植え込まれた意識というのは、幼い頃から故に変革は難しいのだろう。
しかし、今回のは捨て置けない。
王族への暗殺未遂なのだから。
そして、そのジャッジは私には下せない。
この国の司法や、刑を決める人達に委ねるしかない。
だから、私は彼女を引き取りに来たクリストフさんが引き連れた騎士たちが見えた時に言った。
「きっとこれが最後だから、言うわ。あなたを見て来た隣人が泣いてるわ。止まって欲しかったと」
彼女を見つめてきたと思われる、悲しげな顔の妖精。私が見つけたその子のために、それだけは彼女に告げたのだった。
クリストフさんと部下の騎士さん達が着いたあと、彼女は部下の騎士さん達によって王宮地下にある牢へと連れていかれた。
そして、クリストフさんが私に聞いてきた。
「すまなかった。ユウ、大丈夫だったか?」
今回の王宮への緊急招集礼状にはそれとは別で、今回の詳細をクリストフさんが綴った手紙がついてきた。
それは王宮にいる隣人さん達に聞いてまわる、今回の事件の捜査協力をお願いされていた。
なので、王宮に来て直ぐにサリーンが周囲の妖精や精霊に声を掛けていて、今回の実行犯の捕縛となったのだった。
「クリストフさん、大丈夫だよ。今回はそんなに大変でもなかったもの。ただ私の存在に善し悪しがあるんだなとは、思ったけれどね」
少し苦笑を浮かべて言った私に、クリストフさんは直ぐに反論した。
「ユウはなにも悪くない! この世界の精霊王や妖精に愛されているに過ぎない。今回のことだって、ユウがこの世界に来なくっても情勢上起こりえた」
クリストフさんが言うことは最もだ。
どこの国も、この大陸で一番栄えているイベルダ国の土地は魅力的で欲しいんだろう。
戦争のきっかけはそういったものなのだろう。
自分の国に無いものが欲しい、だから侵略する。
される方だってそんなことは受け入れられないから、戦う。
そういうものなのだ。
きっと、戦争のない平和な世界ってとっても理想的で難しい。
争いの無い世の中って、きっと無いから……。
でも、無くせたら素敵だから、希望だけは小さく持っててもいいかな。
つかの間かもしれなくっても、七十年戦争のない国に生まれて育ったから。
私は、自分の生まれた国のいい所はそこだって言えると思うから。
希望として、持っていようと思う。
「難しいって分かってるけれど、争わなくっていい世の中になると良いよね。私は幸い争いの無い時代の国で生まれて育ったから、そう思っちゃうんだ」
そんな私の言葉にクリストフさんも、ベイルさんも魔術団長も耳を傾けてくれる。
「争いの無い国とは羨ましいですね。それはきっと幸せでしょう?」
魔術団長さんはそう言った。
「そうだね、生きやすい所ではあったんだろうと思う。色々問題があっても、戦争をしていて生きるか死ぬかの瀬戸際にいる日々でないのは、有難いことだったと今は実感してるよ」
ここに来なければ、私は自分の育った国のありがたみなんて実感出来なかった。
そして、それがどれだけ貴重なのかもわからなかったに違いない。
だから、私はここで出来ることはしっかり頑張って取り組みたいと思うようになった。
この国で出会った、優しい人々の為に。
この国が大好きで可愛らしい、隣人たちのために。
なによりこの国で生きていくと決めた自分のために、自分の力を活用するのだと。
今回の件で、より強く意識した。
「ユウ様、今回は誠にありがとうございました。無事に解決しましたが、婚約発表は王太子様が落ち着いてからにしましょう」
ベイルさんが言った言葉に頷いて、私は返事をした。
「そうですね、いっそ仮のままで発表はもう少し後でもいいと思います。東と西を落ち着かせるまでは、延期にしませんか?」
私の言葉に、クリストフさんとベイルさんは顔を見合わせた。
だって、この二人がこれから一番忙しくなるだろうことが明らかだしね。
もともとこれで良いのか少し迷っていたし、いい機会だと思って言った。
「私は、忙しくなる前に発表したいですが……」
ベイルさんは気持ちと状況の板挟みなのか、苦そうな表情だ。
ベイルさんはこの婚約には、仕事的義務感しか無いだろうに……。
表情からは、延期するのが嫌みたいに感じる。
私の勘違いだと否定して、騒ぎそうな鼓動を抑えた。
「そうだな。今回の件もあるし、犯人の捕縛とともに陛下にも延期を進言しよう」
クリストフさんの言葉に頷いて、私は了承の意思を示した。
そんな私の様子を見て少し悲しそうにしつつ、ベイルさんも頷いたのだった。




