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ベイルさんのお家の馬車でシャロンさんと共に送られて帰ると、玄関アーチにはマリアさんが立っていてその側にはジェシカちゃんとアラル君もいる。
「ただいま戻りました」
ベイルさんにエスコートされて馬車を降りると、ジェシカちゃんとアラル君が両方からガシッとくっついてきた。
「ユウ姉様、お帰りなさいませ!」
「ゆーちゃ! おかーり!」
もう、なんて可愛い二人なんだろう。
私はギュッと二人を抱きしめて、挨拶を交わす。
「ただいま、ジェシカちゃん、アラル君。今日はお出迎えに来てくれたのね?」
そう言うと、二人はニコッと笑って言った。
「うん、母様がユウ姉様を簡単に渡す訳にはいかないわ! って奮起してたから、お出迎えに一緒に来たの!」
えーっと、それはどういうことかな? と思っていると、二人と戯れてるうちに私の横ではベイルさんとマリアさんが静かに対峙していた。
「今日は、ユウのためにどうもありがとう。問題は解決したのでしょう? 鬼の副団長ですものね? さぁ、解決したならおかえりあそばせ?」
ま、マリアさん? すっごくいい笑顔で、お世話になったベイルさんを思いっきり即返す気満々だね?!
しかもその背後でフェミリアさんも、シャロンさんも母娘で並んで頷いてる?!
「マリアさん、さすがに今日はベイルさんにかなりお世話になったんです。お茶を飲みつつ、来週の婚約発表についてもお話したいのですが……」
私が言うと、マリアさん、フェミリアさん、シャロンさんは軒並み苦い顔をした後、致し方ないと頷きあってマリアさんがベイルさんに言った。
「ユウが話があると言うから、ほんの少しですからね! ユウは、簡単に、嫁には、やりませんからね!」
マリアさんの区切るような力強い言葉に、頷く我が家のメイドさんたち。
あれ、皆さん結構私のこと受け入れてくれてるんだなと、ちょっとホッコリしてしまう。
そんな中でも、ジェシカちゃんやアラル君は私から離れない。
「これは、なかなか大変そうですねぇ。でもそれくらいの方が、私はやりがいがありますよ」
ニッコリ微笑んだベイルさんは、そう言った後に私に向かって言った。
「ユウ様、お話がおありなんですよね? ぜひ、伺わせてください。今日はもう仕事は終わってますので」
微笑んで手を取られ、私は玄関をくぐりお客様を通すサロンにベイルさんと共に向かうことになった。
そんな背後ではメイドさんたちと、マリアさん、ジェシカちゃん、アラン君で話し合いがなされていた。
如何に私とベイルさんを二人っきりにさせないかを話し合っているとは思いもよらなかったが、その後ジェシカちゃんとアラル君を交えてお茶をしつつ、婚約発表の時の段取りや衣装についてを話し合ったのだった。
衣装はベイルさんが既に発注済で、明日には私の衣装がミレイド家へ届くとのこと。
「衣装は、淡いブルーで揃えました。婚約発表で着て並ぶのが楽しみですよ」
揃いの衣装は、婚約発表だからだよね。
仮とはいえ国王陛下にも認められているし、さっきの学園でも侯爵家の次男坊以下四人もあっさりと引いて行ったし。
「しかしユウ様は実に愛らしく、甘え上手でしたね。あんな瞳で甘えられたら、男は皆期待してしまいますよ? 私の前でだけにしてくださいね」
とってもいい笑顔でベイルさんに言われて、何故かちょっと背筋がゾクッとしたので私は急いでブンブンと首を縦に振って頷いて返事をした。
「あんなことをする相手もいませんし、そうそう今日みたいな場面にはなりませんから!」
私の返事に満足そうにした後は雰囲気が柔らかくなったのでホッとしたものの、ベイルさんはやっぱり切れ者なので逆らうまいと思ったのだった。
翌日、ベイルさんが言った通りに淡いブルーのドレスが届いた。
そのドレスはふんわりと裾の広がるもので、胸元から足先かけて色が濃くなっていくグラデーションが綺麗なドレスだった。
試着すれば、サイズもピッタリでとっても綺麗なラインのドレスに鏡で見てすっかり気に入ってしまった。
「むむ、悔しいけどベイルおじ様はとってもユウ姉様のことを分かってるドレスを送ってきたわね」
私の試着が済んだ頃に来たジェシカちゃんは、私のドレス姿を見てそう言った。
「サイズは多分聞いたんだろうけれど、この色やデザイン素材感まで私の好みに合うドレスが届くとは思わなくって、びっくりしたよ」
私も笑って言うとジェシカちゃんはあぁ、ってちょっと頭を抱えてその後に聞いてきた。
「ユウ姉様は、ベイルおじ様のこと好きなのね?」
その問いかけに、私はビックリしてちょっと固まって返事が遅れた。
「え? 好きって、そりゃあ、人としては尊敬出来るし、好きだけど?」
つい深く考えたくないからか、私の返答は切れ切れとすっとぼけた方向になったが、そんな私にため息を一つ零したジェシカちゃんが、子どもらしからぬ大人な表情で聞いてきた。
「ユウ姉様、私が聞いた意味は人としてはもちろんだけれど恋をする相手や、結婚する相手として好きか聞いたのよ?」
ちょっとジェシカちゃん、その呆れた表情はとても六歳児じゃないです……。
「だって、この婚約は私の立場的なものへの配慮で仮初だし。ベイルさんから見れば私なんて、お子様みたいなものだし……」
ここに来て、感じてしまった劣等感。
ここの同年代の子達は、皆背も高く体つきもグラマーでとても大人っぽい。
私みたいな凹凸に乏しく、幼い顔立ちの子はあまり居ないのだ。
だからこそ、実年齢より二歳サバ読んでも違和感もないのだけれど……。
そんな綺麗な子達に日々囲まれているし、ベイルさんは綺麗な事務官のお姉さんや、女官さん達の沢山いる王宮が勤務地だ。
私みたいな子では相手にされないだろうことは、想像に固くない。
だって、彼は普段こそ冷静で冷たい知的な美形だけれど、思いやりのある優しい人物だ。
そして、地位もある。
そんな人がモテないわけがないのだから、お子様な私は大人なベイルさんにそもそも相手になんてされないのだ。
事情があって、立場的に断れない案件だったから仮の婚約者になってくれているだけだ。
考えていくうちに、キュッと胸が苦しくなる。
私が、もっと大人だったら?
見た目にも自信が持てるほどの容姿だったら?
それでもきっと、私の立場で相手から純粋な好意を受けることはとても難しいだろうと思う。
この容姿だから、黒髪と黒目で魔法と治癒が得意な異世界人。
この国の救世主。
私を囲うためなら、きっといくらでも気持ちは偽られることだろう。
だから、この婚約も国が安定したら私から解消するつもりだ。
今もその考えは変えるつもりはない。
だから、早めにこの国の情勢を安定させて、ベイルさんにはきちんと彼と似合いの相手と添い遂げられるようにしなければと思う。
どんなに、私の胸が痛んでも、そこは見ないふりでやり過ごすのだ。
「ユウ姉様、そんな顔をしないで! 姉様はずっとミレイド家にいれば良いんだわ! ここが姉様の家よ!」
私の表情が悪かったのか、ジェシカちゃんがギュッと私を抱きしめて叫んだ。
ハッとして、私は抱きついてきたジェシカちゃんに腕を回して抱きしめ返すと、言った。
「ありがとう、ジェシカちゃん。私が、この世界に来れて良かったことは、ここで新しい家族が出来たことかもしれないわ」
私の言葉に、ジェシカちゃんが顔を上げて私の顔見るので、ちょっと困り顔をしつつも私は話すことにした。
私がどうして、看護師になろうとしていたか。
私の世界での、私の暮らしを……。




