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真昼の月  作者: 赤垣 源一郎
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暁闇

その後、事態は最悪の方向へと推移した。

八月十八日の政変で京の政界を逐われた長州は、失地回復を目論み翌元治元年、禁門の変を起こすも敗北。これにより長州は朝敵となる。

時をおかず第一次長州征伐が起こり、長州藩内でもクーデターが起こって佐幕派が藩政を握る。長州征伐の軍とは戦わずして全面的に降伏、恭順。

蔵六は技術者であり、政治には関わらない。周囲はそう見ているし当人もそのつもりであるから、こう言う時は良くも悪くも蚊帳の外である。誰が藩政を牛耳ろうが、藩の洋式化が必要なくなるわけはないので、塾が潰されるようなこともなければそれ以外の様々な仕事もそのまま継続である。躍進するようなこともないかわり蹴落とされることもない。

ある意味で、安泰といえば安泰な身であったが、蔵六本人はと言うと、自分の身の上など正直どうでも良くなる程に気が気でならぬ事案があった。



桂の行く先が知れぬ。



禁門の変からこちら、京にまだ潜伏しているのか脱出したのか、どちらにせよ何処に隠れているのか、杳として不明のままである。

国許にすぐ戻れぬのは仕方がない。なにしろ桂は攘夷派、反幕派の巨魁である。佐幕派が藩政を握る今、国許の攘夷派勢力は一層されてしまったと言って良い状況であるから、のこのこ戻れば即刻殺されるだろう。何処に潜んで居るにせよ、国許の政治状況に関する情報ぐらいは桂も入手出来ているものと思われる。

ちなみに、ずっと国許に居た高杉などは、何事かが起こるたびに暴れていたが、佐幕派が藩政を握るが早いか尻に帆掛けて姿を晦ましてしまっていた。

(桂殿も、無事に逃げていて下されば良いが)

ただ身の安全というだけならば、蔵六もあまり心配していない。桂は剣の達人である。

問題は、

(薬は、足りておられるだろうか)

不自由のないよう、桂に会う時は、いつも必ず多めに抑制剤を処方して渡していた。が、潜伏が長くなれば当然、薬の切れる日が来るだろう。

なにしろ入手経路の限られる薬であるから、蔵六も幕府と手切れになる直前に可能な限り大量に確保はしておいたし、周布に頼んでおいたのが功を奏して、今は幕府を通さずともなんとか直接入手出来ぬこともない。しかし肝心の桂に会えない以上は渡す機会もない。もし今、桂の手元にあるぶんが無くなれば万事休すである。桂が独自に入手経路を確保でもしていれば話は別だが、長崎あたりに居るのならばまだしも、場所が京やその近辺ーーーではそれも難しかろう。

禁門の変の直後は、桂が乞食や按摩などに化けて京の街なかで潜伏している姿を同志が何人も見かけているが、やがてそれも見なくなったらしい。捕縛されたのか、脱出に成功したのかは判らぬ。

が、或る日、蔵六のもとに見知らぬ来客があった。

但馬出石の小間物屋甚助とは知らぬ名だが、ともかく会ってみると、荷物の中に随分と厳重にしまいこまれた書状を出された。

表書きには宛名も差出人の名もない。その時点で若干只事でない気配はあったが、中を開いた瞬間に頭の中が真っ白になった。



見間違えようもない。桂の筆跡である。



内容が頭に入って来るまでだいぶ時間がかかった。

桂は、友人の対馬藩士某の手引きで無事京を脱した後、甚助と弟直蔵のもとに匿われたとある。無論、いつまでもただ逃げ続けているわけには行かぬので、国許の様子を伺うべく甚助を遣ったが、会うべき人間は慎重に見定めねばならぬ。情勢が情勢であるから、どれほど古くからの同志といえども、佐幕派の誰ぞに通じていないとは言い切れぬ。

数多い同志たちの中で、桂は、蔵六ただひとりを選んだ。

ふと鼻先を沈香に似た香が漂うような想いに囚われた。桂直筆の書状が目の前にある。気の所為だけとは言い切れぬ。

日頃は仏頂面の石地蔵のごとく内心が表に出にくい蔵六である。このときも、余人のように興奮をあらわにしたわけではないが、それでも日頃にくらべれば相当、思う事が顔に出た方だろう。ただし初対面の小間物屋甚助には、随分と落ち着き払っているように見えたらしいが。

ようやく内心の落ち着きを取り戻すと、その甚助が、なにやら妙に痛ましげな表情をしている。

ーーー大変申し訳もございやせんが、あまりよろしくないお報せの方もこざいやして。

そして、お耳を拝借、と囁くと、



ーーー桂様は、御流産をなさいまして御座ります。


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