月中ごろの定番商品1
井上めぐみは、小さなころから引っ込み思案な性格の女の子だった。
自分から働きかけることが苦手で、母親がどうかしたのかと聞いて初めて自分の気持ちを訴える子ども。めぐみはそういう子どもであった。
その引っ込み思案は幼稚園にあがっても変わることは無く、いつも声をかけられるのを壁際に立って待っていた。しかしいざ声をかけられてもうまく答えることができず、いつの間にか仲間外れにされてしまう。そうして泣いているところを見つけた保育士が声をかけ、めぐみちゃんも仲間に入れてあげてと輪の中へ連れて行くのだがまたいつの間にやら仲間外れになってしまう、その繰り返しである。最終的には保育士から折り紙やお絵かきなどの一人遊びを教えられ、幼稚園を卒園するまで一人遊びばかりして過ごしていた。
小学校にあがってもめぐみはまだ引っ込み思案である。新しい環境で新しい友だち……などはできるはずもなく、孤独な六年間だった。めぐみは、決してその孤独を甘んじて受け入れたわけではない。友だちと笑い合っている皆が羨ましかった。自分もそうなりたいと思いながら、それでも為すすべなくて一人でいるしかなかったのだ。
学校へ行きたくない、と思うこともあった。そう思うことの方が多かった、という方が正しいかもしれない。しかし引っ込み思案なめぐみはそれを誰にも言ったことはなかった。誰も、「どうしたの」と聞いてくれないからだ。幼いころにはめぐみのちょっとした変化を感じ取ってすぐに「どうしたの」と聞いてくれた両親も、弟が生まれたころからそう聞いてはくれなくなった。めぐみもまた、弟の世話で手一杯の両親に迷惑をかけまいと問題など何もないようにふるまった。
それだから、中学校にあがってもめぐみがまだまだ引っ込み思案であるのは必然であった。
しかし先にも述べたが、めぐみは決して孤独を甘んじて受け入れていたわけではない。入学式の日、めぐみは今度こそ友だちを作るぞと意気込んでいた。意気込んではいたのだが、意気込みだけではどうにもならなかったというのが結末である。残念ながら、実力が伴わなかった。めぐみがそれに気が付き絶望したのは、意気込んだ三日後のことである。
そうして孤独と共に人生を歩んできためぐみが高校生になったのは、ひと月ほど前の事だ。
入学式の日、めぐみは意気込んでいた。今度こそ、今度こそ友だちを作るぞ、と。高校デビューだ。そのために万年おさげだった髪も短く切った。なんでも髪は短い方が人はアクティブになるらしい。人と会話をする練習は弟と、それから飼い猫を相手にして積んできた。自信は……無い。でも、やれるだけのことはやってみる。
めぐみがやれるだけのことをやりきって絶望したのは、意気込んだ三日後のことだった。
いいや、正直に言うとやれるだけのことをやりきったわけではない。やりきる前に、絶望と挫折に負けてしまったのだ。壁は思っていた以上に高く、厚かった。
――やっぱり私が友だちを作るなんて、無理な話だった
そう絶望をかみしめるめぐみに止めを刺すように、試練が訪れた。
体育の授業での「じゃあ二人組作って」である。
周りは和気あいあいと声を交わし、続々と二人組を作っていく。取り残されるのはわかっていたが、いざその状況になると辛い。目線だけで周りを見渡し、どうしようと焦りが募る。
「そこの二人、相手がいないんなら二人で組みなさい」
女性教師の声が聞こえて、めぐみははっと顔を上げた。どうやらもう一人、ペアを作れていない生徒がいるらしい。「はい」と声が聞こえた方に顔を向けると、めぐみよりも背の高い女子がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
「よろしく」
表情に笑顔は無く、しかし不機嫌そうかというとそうではなく、ただ無表情といった彼女はそれだけ言った。めぐみはぎこちないながらもなんとか「あ、う、うん」と返事を返す。彼女はやはり無表情のまま「じゃあラケット取りに行こう」と言うと、今度はめぐみの返事を待たずに歩き出した。めぐみは小さく「うん」と返事をすると、その背中を追って歩き出す。
体育は、夏まではバドミントンをするらしい。そして今日組んだペアが半年間のパートナーだという。
めぐみは運動神経がいい方ではない。始まった打ち合いの練習でさっそく大失敗をしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ、気にしないで、わたしも下手だから」
彼女がめぐみにそう言った顔には、少しだけ笑みがあった。
あ、ちょっと、笑ってくれた。めぐみはそう思うと少しほっとする。この人なら、友だちになれるかもしれない。そんな淡い期待が胸にこみ上げる。
しかしめぐみの淡い期待は、すぐに打ち砕かれることになった。
彼女、前島三春は、一匹狼だった。
孤独を愛し、他人に干渉されることを好まない。誰かがそう噂をしていたわけではないし、ましてや本人の口からそう聞いたわけでもなかった。しかし三春の毅然とした態度が、そう語っている気がしたのだ。実際めぐみは三春を目で追うようになって二週間もしたころには確信していた。三春は、友だちを必要としていないと。
つまり、三春とは、友だちにはなれないのだ。
それに気づいためぐみを襲った感情は、絶望である。しかしめぐみは同時に、何か高揚感も感じていた。
一匹狼な三春の姿は、格好いい。
めぐみにとって三春のような存在は初めてだった。三春は他人に干渉されることを好まない、だから友だちなんていらないというように堂々として一人でいる。めぐみは違う。一人でいる自分はさぞ惨めに見えているだろうと周りの目を気にして、身を竦めて生きてきた。
――あんなふうになりたいって、思うわけじゃ、ないけど、だってなれるわけないし
まったく正反対な三春の姿は眩しく、憧れすら抱いてしまうものだった。
それからは、めぐみはひたすら三春を目で追った。ただし三春に気付かれてしまうと恥ずかしいので、タイミングを見計らってこっそりと、である。幸いにも三春の席は窓際で、めぐみの席は廊下側だった。こっそりと見るのにはだいぶ好条件である。
そうしてわかったことは、三春は頭がいいということ。授業中はよそ見も居眠りもせず、真面目に授業を聞いている。先生に答えを求められてもすらすらと答えてしまうではないか。
それから、昼休みはいつも購買におかずを買いに行くということ。フライセットを買っていることが多いようだ。
でも、この間は少しだけ様子が違った。
授業中になんだかうとうとしている?と思うと、そのままかくんと項垂れてしまったのだ。先生は気づいていないのか、注意する素振りも無い。
三春は、授業中に居眠りをするタイプではない。三春をずっと目で追っていためぐみはそれを知っていた。
――疲れてるのかな
と、心配になる。
しかし心配したところでめぐみに出来ることは何もない。せいぜい、いつ目を覚ますのかな、と随時様子を見ることぐらいである。
結局三春は、授業が終わってもまったく目を覚ます様子は無かった。
――ど、どうしよう、まだ目を覚まさない
前の授業は四時限目だったので、教室は昼休みに突入していた。教室内がざわめきだしても、三春は目を覚ます気配がない。それが気にかかるあまり、めぐみは母手製の弁当を出せずにいた。本を読んでいるふりをしながら、しきりに三春の様子を盗み見る。
――こうしてるぐらいなら、声、かければいいのに
それは、めぐみの中の理性が言ったことだったか。わかっている。わかっているが、そんなことが出来ないからずっと一人なんじゃないか。めぐみの理性にそう反論するのは本能だろうか。己の中で繰り広げられるその攻防は、めぐみをぐっと落ち込ませた。
小さく、ため息をつく。それからちらと三春の方を見ると、三春はようやく目を覚ましたようだった。その姿にほっと胸をなでおろしつつも、その胸は苦しいままだ。
――ああ、嫌になる
それは、小さなころから引っ込み思案な自分のことだ。自分の性格ながらほとほと嫌になる。
でも、本当に嫌になるのは、それをわかっていながら、何もする勇気の無い自分なのだった。




