表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/26

月初めの新商品4

 放課後、三春はいつものコンビニにいた。



――ええい、今日はこれだ



 手にしたのは、昨日と同じ種類の、しかし昨日とは違う味の新商品。今日は一口サイズのチーズケーキだ。しかしながら三春の表情には月初めの新商品の味を楽しみにしているといった期待はまったく見えず、むしろレジに向かうその表情は険しい。レジにつくと店員に告げられた昨日と同じ料金を支払い、別のことに気を取られていながらもレジ袋はいらないと告げることも忘れない。しかし三春は店員に告げられた事務的な礼も、気の抜けたような「ありがとうございましたー」も聞いてはいなかった。

 そうしてコンビニを出た三春は、おもむろに手にしたチーズケーキを目の高さに持ち上げるとじっと見つめる。その表情といったら眉間にしわを寄せた険しいもので、まるで武器を手にこれから戦場にでも向かうかのようではないか。まあ、これからその場所に向かうのに覚悟と勇気が必要なのは確かなのだが。

 三春は数秒チーズケーキを見つめ、やがて大きくはあっと息をつくとチーズケーキを持っている手を下ろす。そうして視線をきっと上げ、覚悟を決めた力強い一歩を踏み出した。


 これから三春は、またあの祠のある場所へ向かうのだ。


 葛藤は、たくさんした。行くべきか、行かざるべきか。しかし、行きたくないか?という自問に、三春は自らの答えを出せずにいた。そうなると三春の思考は無意識に、とりあえず行ってみる、という方へ傾いてしまうのだった。

 三春は別に幽霊とかオカルトとかに興味があるわけではない。三春を、行ってみようかな、に傾けるのは昨日言われたおばけの言葉の仕業だ。

 おばけは、チョコレートケーキを『うまいな』と言った。『明日もまた持って来い』と言った。そして、別れ際には『では明日、待っているぞ』と言った。それらがやけに三春の心に残って、むしばむのだ。


 そうしていつもの道を歩いて行き、公園のジンチョウゲの植木の前にたどりつく。

 三春の心臓はどきどきとしていた。緊張、だろう。これはあれだ、小学生の時に通学路にあった、両脇に墓場がある道を通るときの緊張感。なんとなく怖いけれど、そこを通らなければ家には帰れない。

 同じだ。なんとなく怖いけれど、これへの葛藤を片付けなければ帰れない、そんな気がしている。


 どきどきしながら進んだ先には、おばけがあの石に座って待っていた。



「お前、来たのか」



 昨日と変わらない姿のそれは、何か驚いたようにそう言った。

 緊張していた未知との遭遇はわりと呆気ないもので、三春は少しだけ肩の力が抜ける気がした。



「……明日また来いって言ったの、そっちじゃん」

「まあその通りだが、本当に来るとは思っていなかった。俺がみえる人間は前にも居たが、声をあげて逃げ出すか、次の日からまったく姿を現さないかのどちらかだったからな」



 そりゃあ、おばけだもん。

 三春は心の中で言ったはずが、声に出てしまっていたらしい。それが眉をひそめる。



「おばけではないと言っとろうが」

「いや、つい」

「まあ……そんなことよりも、それが昨日のうまい菓子か」



 それ、と指されたのは三春の手にあるチーズケーキだ。



「昨日のじゃないけど、これもお菓子」

「確かに昨日のそれとは違うな、それもうまいのか」

「美味しいよ、きっと」



 三春がそう返すと、それは目を輝かせて「そうか」と言う。うまい菓子の前に、わたしのおやつなんだけど。その目の輝きに、三春はそう言いたいのをなんとなく飲み込んだ。

 代わりに口にしたのは「ちょっとそこ、座らせてよ」という言葉。それは三春の言葉に嫌な顔はせず、それどころか一言「ああ、すまんな」と謝罪の言葉までつけてひょいと立ち上がる。話せばわかる面もあるらしい……と思いながら三春はカバンをわきに置いて石に座った。そうして熱い視線が注がれていることが気にかかりつつも、昨日のようにカバンから取り出したハサミでチーズケーキの封を切る。

 ふわり、と甘いチーズの香りが三春の鼻をくすぐった。思わず感嘆のため息が出て、三春の口元にはわずかに笑みが浮かぶ。



「うん、うまそうな匂いだ」

「うん、うまそう」



 答えてしまってからはっと気が付いた。何をおばけと自然な会話をしてしまっているのか。三春は慌てて気を引き締め、封を切ったそれの透明なトレイを引き出す。

 現れた小さなチーズケーキは焼き目の琥珀色が美しく、なんとも美味しそうだ。

 三春は一口サイズのそれをひとつ、ひょいとつまむ。そうしてちらりとそれの方へ視線をやるとその顔を数秒見つめ



「……はい」



 と、チーズケーキを差し出した。その表情は数秒間の葛藤の名残をとどめていて、にこやかとは言い難い。

 それは三春の手からチーズケーキを受け取り、ひょいと口に入れた。そうしてもぐもぐと口を動かすと、ごくんと飲み込む。



「うん、これもうまいな」



 その言葉に、三春はなぜだか心臓がぎゅっとする気がした。それから、なんだか頬がきゅっと上がりそうになる。三春は唇を噛んでそれを耐えた。

 どうしてよかったなどと、そう思ってしまうのか。これに一つあげることで、自分の取り分が減っているというのに。それがうまいなと言って笑った顔など、それが食べたチーズケーキのように甘くも無く、腹の足しにもならないというのに。

 三春はそんな考えを振り切るようにチーズケーキをひとつつまんで食べた。なめらかな舌触り。甘い、濃厚なクリームチーズの味わいが口の中に広がる様は幸福が口の中に広がるのに等しい。



「うまあ……」



 その一言ですべてが表せるのだ。『うまい』というのはなんと偉大なのだろうか。

 余韻に浸っていると、はははと笑う声が聞こえた。



「お前はうまそうな顔で食うのだな」



 顔を向けるとそれが笑っていて、そんなことを言う。



「見ていて気持ちがいい」



 その言葉に、三春は頬がかっと熱くなるのを感じた。

 恥ずかしい。その一言に尽きる。そう思えば、たちまちチーズケーキの味など忘れてしまった。

 そんな三春の心情を知ってか知らずか、おばけはただ笑うだけだ。次第にその笑った顔が恨めしく思えてくる。ちくしょう、と思いながらも気を紛らわせようとチーズケーキに手を伸ばして、その手を止めた。また笑われてはかなわない。代わりに伸ばした手を自分の左腕に持って行ってぎゅっと掴んだ。ああもう、やっぱり来るんじゃなかったかな……とさえ思ってしまう。



「なんだ、褒めているんだぞ」



 追い打ちをかけるようにおばけがそう言う。



「恥ずかしいんだからそういうの言わないでよ、おばけのくせに」



 恥ずかしさをごまかすために、最後に悪態を添える。



「だから、おばけではないと何度言わせるのだ」

「おばけじゃないって言うけど、自分が何者かわかんないんでしょ、だいたい人間じゃなくてほかの人にも見えないものっていったらおばけだもん、おばけ以外になんて呼べばいいわけ」



 三春が怒涛の勢いで言い返すと、おばけは返す言葉が無いのかうっと悔しげに口を結んでしまった。さすがに言い過ぎたかな、と思うがその心配はすぐに杞憂に終わる。おばけが悔しげな表情ながらも、再び言い返そうと口を開いたからだ。



「仕方がないからお前が俺をおばけと認識するのは譲歩してやるとしても、おばけと呼ばれるのは心証が悪い。何か他の呼び方は無いのか」

「呼び方っていったって……」



 注文の多いおばけだな、と心の中で悪態をつく。おばけに対しておばけと呼ぶ他あるものか。でも、まあ。



「名前でもあるんなら、話は別だけど……」

「名前?」



 三春が言った言葉に、おばけはそうつぶやいてふむと考え込んだ。そうして考え込むこと数秒、口を開いたおばけの言ったことは



「わからんな」



 だった。



「かつて名前があったような気もするが、そもそも名前など持たなかったような気もする……」



 なんだそれ、とまた声に出さずに悪態をつく。



「そうだ、お前が名前を考えろ」



 口角を上げいかにも妙案といったようにおばけが言う。そんなおばけに、三春は半ば呆れたような目を向けた。そもそも名前があったような気もするが無かったような気もするとは、なんて曖昧なのだ。それで、お前が名前を考えろ?犬猫の名前を考えるんじゃないんだから……。



「何でわたしが」

「人間は名前をつけるのが得意だろう、子どもはもちろん犬猫といった動物、土地や物にまで名前をつけるではないか。まあ、それが付喪が生まれる要因のひとつなのだろうな」



 おばけがまたわからない単語を言ったが、三春は無視した。別に付喪が何かなんて興味は無い。



「だからって、名前つけろって言われても」

「得意なものに任せるのは当然だろう」



 人間が得意だとしても、わたしが得意なわけじゃないんだけど。しかしそう反論したとしてこのおばけが引くことは無さそうである。ええいもう、適当に何か言ってやれ。



「……なにがし、とか」



 三春は恨めしげにおばけを睨み付けながら、そう口にした。おばけが「なにがし?」と繰り返す。適当に言ったつもりなのだが、おばけの声で繰り返されると武士っぽい見た目にその響きはしっくりとくるようだった。繰り返したおばけの方もほうといったように顎に手を当て、口の中で言った言葉を味わっているようだった。やがておばけは顎に手を当てたまま、にいと笑うと



「うん、気に入った。いい名前をもらったものだ」



 と言う。

 思わず頬がかっと熱くなった。違う違う、嬉しいなんて、どうしてそんなことを思うのだ。三春は熱くなった頬に手をやり、心の中で必死に自分をそう戒めた。



「いや、適当だし、いい名前なんてもんじゃないし」



 ついでに照れ隠しのためそう言って寄越す。聞こえてきたのは「はっは」という笑い声。腹が立つほどに高らかである。結局三春が言った照れ隠しの言葉は、空しいだけになってしまうのだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ