別れのあやめだんご4
いつも通りの通学時間、いつもの通学路。公園に作業着を着た人間と、神主のような服を着た人間が入っていくのが見えて、三春は足を止めた。
――ああ、撤去、するんだ
その様子を見つめて、そう確信した。
なにがしにきちんと別れを告げることができたはずなのに、少し胸が苦しくなる。ごまかすように、三春は唇をきゅっとかんだ。
公園に入っていったその人影はあっという間に姿が見えなくなる。それでも三春は少しの間、その場に立ち尽くしていた。すると、向こうの方に見慣れた姿が見えて、三春はあっと思う。向こうも三春に気が付いたようで、小走りに近寄ってきた。
「前島さん、おはよう」
弾んだ声で声をかけてきた井上さんに、三春も「おはよう」と言って返した。合流した二人はどちらからともなく歩き出す。
「時間合うの珍しいね、いつも先に着いてるのに」
と会話を切り出したのは、三春の方だ。井上さんとは別に待ち合わせをしていたわけではない。偶然会ったのだった。そしてそれは、珍しいことだ。
三春がいつもこの時間に登校して教室に着くと、井上さんは必ずいる。三春の登校時間が遅いのかといえばそうではなく、普通の生徒と変わらない。つまり井上さんは、いつも早くに学校に着いているのだろう。
だからこそ三春が隣を歩く井上さんにそう疑問を告げれば、彼女は「そうだね」と言って笑った。
「今日はしーくん……あ、弟なんだけど」
「へえ、弟」
「六つ離れてて、小学生なの、それでその弟がね、今日お弁当持っていく日だったって朝になって言うもんだから、ばたばたしちゃって、遅くなっちゃった」
「ああ、朝から大変だったんだね」
井上さんは「うん」と言い、笑う。井上さんは、よく笑うようになった。
「そういえば付喪、引っこ抜いてあげた?」
「あ、それは、まだ」
「え、まだ?」
三春は驚いたように言った。埋めっぱなしにしているのか、この優しい井上さんが。
「くろちゃんが埋まるのは五日間だって約束だからって言うから、かわいそうだけど引っこ抜くの我慢してて」
「ああ、約束……」
くそニノキンゾウとの約束だろうか。あるいは。
そう考えた途端、ひゅうと心臓が浮き上がる感覚がした。同時に、ああ、だめだなあ、と思う。不意になにがしのことがくると、著しいダメージを受けてしまうようだ。情けないったらない。
しかし井上さんの手前あまり落ち込んでもいられない、と三春はなにがしのことを必死に頭の隅へ追いやった。
それは、赤信号で止まったときだ。
井上さんが、何か言い出しづらそうに「あの」と言う。三春が「ん?」と井上さんを見てその言葉を待つと、少しして井上さんはこう言った。
「前島さん、何か、あった?」
突然の言葉に、三春は「えっ」と言う。
「さっき公園の前で立ち止まってるとき、なんか、ちょっと、落ち込んでるみたいだったから」
どき、とした。ばれていたのか。三春が言葉を返せずにいると、井上さんは焦ったように「話したくないことだったら聞かないから」と言う。三春は咄嗟に「ううん」と首を横に振った。なんとなく、話したい気分だった。
同時に信号が青に変わり、歩き出す。
「実はさ、なにがしのことで、ちょっとあってね」
三春はそう言って、井上さんになにがしのことを話して聞かせた。
初め、なにがしは何者かわからなかったこと。おばけだと言ったら嫌がられたこと。実は祠に祀られた神様だったと判明したこと。そして、今日その祠が取り壊されたら、なにがしは消えてしまうのだということ。
話し終えると、井上さんは「そうだったんだ」と悲痛な声を出した。
「まあでも、寂しくないって言ったら嘘になるけど、ちゃんと別れも言ったし、最後にあやめだんごも一緒に食べられたし、悔いは無いかな」
「そうなの?」
「うん、それに」
三春は、笑みを浮かべた。ああ、ようやく笑えた、と思った。
「なにがしと会ったこと、後悔してないから」
そうして、きっぱりと言い切る。
そうだ、後悔は、していないのだ。
放課後になり、三春はいつものコンビニにいた。コンビニでおやつを買って公園で食べてから帰る。なにがしが居なくなったって、この習慣は変わらないのだ。そもそもなにがしと出会う前から続いているのだから、当然ではないか。
今日のおやつは、プチシューに決めた。結局月末のシュークリームは食べ損ねたままだ。とはいえプリンにあやめだんごと、少し出費が多かった。しかしシュークリームを食べていないので何か落ち着かない。結果、三春の出した答えはお手頃のプチシューだった。シュークリームと中身はほぼ似て非なるものだが、皮はたしかにシュークリームのそれである、きっと満足できるだろう。
いつものように会計を済ませ、気の抜けた「ありがとうございましたー」を背にコンビニを出る。外は曇り空で、しかし雨が降り出すまでにはまだまだだろう。三春は手の中のプチシューを一瞥してから、さてというように歩き出した。
公園にたどり着くと、三春は青々しい桜並木をまっすぐ歩いていく。緑が賑々しい公園は、アジサイの季節を迎えていた。しかし三春が向かうのは見ごろを迎えようとしているアジサイの並木道ではなく、常緑のジンチョウゲの並木道である。植木の隙間に入り、奥の小道を通り抜けた。
広がったそこに、祠は無かった。あるのは狭い空間と、あの座り心地の良い置石だけだ。置石は残ったのか、と思うが、それはただの感想に過ぎなかった。嬉しいとも、悲しいともわからないのだ。三春はぼうっとして、残った置石を見つめる。ああ、これは、空しいという感情かもしれない。何か心にぽかりと穴が開いたような。
三春ははあと息をつくと、置石に座ろうと一歩踏み出した。
そのときだった。
背中の方で、がさ、と音がする。ああ、あの虎猫だろうか。そういえばあの虎猫もなにがしが居なくなって何か思うところがあるのだろうか。いいや、猫は気ままな動物だ、気にしてなどいないのだろう。そう思いつつ三春は音のした方を振り返る。
「……え?」
見えた光景に、驚き、目を見開いた。
「ははは、驚くだろうとは思っていたが、まさにだな」
それは、三春の顔を見るなり笑ってそう言った。三春はひゅうと息をのむと、次いで「は?」と言う。
「なんで」
「いや、よく考えてみたら俺の神体である刀は地中深くに埋まっているのだったということを思いだしてな、それに、あの鎖が切れたことで祠との縁は切れてしまったのだろう、まあつまり、祠が無くなったとしても俺の存在に何ら影響は無かったということだ」
まだ困惑している三春をよそに「はっは」と声高らかに笑うのは、なにがしだった。
何が「はっは」だ、のんきに笑ってんじゃねえぞ。三春の困惑はまず、怒りに変わった。
「なにそれ、もう、泣いて損した」
「はは、損をさせてすまないな」
しかしなにがしがのんきに笑う顔を睨み付けていると、怒りはそれからすぐに歓喜や、昂揚に変わる。
「それより、今日もまたうまそうな菓子を持っているではないか」
なにがしがそう言うと、三春は笑みを浮かべた。
「美味しいよ」
なにがしの目を見て、そう答える。
きっとこれからも、三春はお菓子をもってこの場所に来るのだろう。そして、この場所で食べるのだ。
なにがしと、お菓子を。




