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特別なプリン1

 玄関を出て右側に進むと、現れたのはまったく人気の無い道だった。その道は、まだ日がある時間にも関わらず一足先に黄昏時を迎えたようである。足元は薄暗く、またむき出しの地面は足場が悪い。右手に迫る壁は、校舎の壁だろうか。だとすれば、ここはどうやら校舎の裏側の方らしい。



「こんな場所あるんだ……」



 前を行くなにがしの後を慎重に進みながら、三春は思わずそうつぶやいた。校舎の表があれば裏があるのは当然だ。だが校舎裏というのは何とも不穏な響きである。その言葉を口にして、かつ実際その場所を訪れるような人間は限られている。ちょっと社会の規範から外れたような生徒か、あるいはラブレターによる呼び出しを敢行する側される側ぐらいなものだろう。三春のように極普通、かつ孤独な学校生活を送っている学生が訪れるような場所ではない。薄暗いその場所は、進んでいくのに少しだけ勇気のいる場所だった。



「お前の知らない場所か?」

「まあ、校舎裏なんて用事無いからね、初めて来る」

「なるほど、人目につかない場所に本体があるというわけか」



 ということはつまり、下半身が地面に埋まっていた付喪を引っこ抜いた人間というのは、こういう場所に訪れるような人間だということなのだろうか。そう思うと、三春の胸には一抹の不安がよぎった。破壊だひゃっはーみたいなヤンキーだったら怖すぎる。立ち向かえない。

 いや、でも、たしかくそニノキンゾウは『お嬢さん』と言っていたっけか。レディースだったら怖いなあ……。やっぱり立ち向かえない。次第に思考があさっての方向へと向かっているのを自覚できないまま、三春は薄暗い道を歩いていった。


 しばらく進んでいくと曲がり角が見えた。しかしそこで、なにがしがぴたと足を止める。その理由は、すぐにわかった。

 角の向こうから、声が聞こえてきたのだ。

 なにがしが壁に張り付き、視線で三春にもそうするように促してくる。三春はそれに従い、壁に背中を張り付けた。



「なんでそんなこと言うんだよ!」



 聞こえてきたのは、癇癪を起した子どものような声。それに言葉を返す少女の声もあるが、そちらは小さくて聞き取れない。



「奴だな」



 なにがしが小さくつぶやく。子どもの声の方だ。では、小さな声の方はいったい誰なのか。



「もう一人は、お前と同じ服を着ているな、人間か」



 角の向こうの様子をうかがったなにがしの言ったことに、三春は驚いた。つまり、この学校の生徒ということか。しかも、付喪と言い争っている。三春の他にも、変なものが見える人間が居たということだ。同級生だったら少し気まずいなあ。三春の心中は、何か複雑な心境である。

 途端に、いったい自分はなにやってんだ、と思う。おばけと、おばけに似た付喪とかいう何かと、まるで現実味のないものを相手にしている。更にはそれが当たり前のように存在しているものと扱っているではないか。第三者から見たら立派な変人である。



――でもまあ、そのおかげで退屈してないのも、事実だし



 そう思えば、第三者から見られてどうかなどということは、どうでもいいことのように思えてくる。



「ううー! もう、めぐみなんか嫌いだあー!」



 ひときわ大きな付喪の声が聞こえて、三春は思わずびくりと肩が跳ねた。かすかに「あっくろちゃん!」と叫ぶ、少女の声が聞こえた気がする。



「よし、奴がこっちに来るぞ、息を止めろ」

「ん?」

「気配を消すためだ」



 そう言われ、三春は仕方なく言うとおりにすることにした。大きく息を吸って、口と鼻を手で覆う。

 一秒、二秒。まだか。三秒、四秒、五秒。早くしろ、と思う。六秒、七秒、八秒。



「ふきゃっ!」



 高い悲鳴が聞こえた。三春は手を外すと、思い切り息を吸い込んだ。そうしてなにがしの方に視線を向ける。

 なにがしの手は、先ほどの付喪の首根っこをしっかりと捕まえていた。



「て、てめー! ひきょーだぞ!」



 じたばたと暴れた付喪が、そう叫ぶ。付喪の悪態は、今度こそ言いがかりではない。しかし卑怯な手を使ったという罪悪感は無い。毒をもって毒を制すということわざがある。悪を成敗するのは、時に悪なのだ。



「何とでも言え、観念するんだな」



 言いながら、なにがしは角の向こうへと曲がっていく。三春もその後について角を曲がった。



「くろちゃん!」



 と声があがる。

 その声の主は、付喪と言い争いをしていた人間だ。そして恐らく、下半身が地面に埋まっていた付喪を引っこ抜いた人間。

 なにがしが言ったとおり三春と同じ制服を着たその人間は、見覚えがある人物だった。



「え、井上さん?」

「あ……」



 三春がその名を呼ぶと、井上さん……井上めぐみは肩をびくりと震わせた。それから三春の顔と、なにがしと、なにがしに捕まっている付喪を順番に見ながら困ったような顔をする。状況が飲み込めていないのだろう。三春もまた井上さんがここにいる状況をよくのみこめず、呆然とその顔を見つめていた。



「くそー! 離せよー!」



 付喪の叫び声がして、三春ははっと思考を取り戻す。なにがしの方を見れば、叫んだ付喪に「大人しくしろ」と言っていた。それでも付喪はじたばたと暴れている。

 それから井上さんに視線を戻した三春は、先ほどよりも冷静になって状況を把握することができた。

 角の向こうで付喪と何か言い争いをしていたのは、井上さんだ。そして、下半身が地面に埋まっていた付喪を引っこ抜いたお嬢さんというのも、恐らく井上さんだ。ヤンキーでもレディースでも無かった、それはよかった。がしかし、同級生だった、しかもクラスメイト。だいぶ気まずい。

 しかし気まずいが、なんとかこの状況を前に進めなければいけない。

 井上さんは付喪が見えている。しかしなにがしが見えているかはわからない。この状況について話をするのならば、まずはそれを確認しなければならない、と、三春は意を決して口を開いた。



「あー……えっと、井上さん、これ、見えてる? この、変な和服の」



 そう言って、なにがしを指差す。井上さんの視線が指差した先に向けられたのがわかった。三春もちらとなにがしの方を見ると、なにがしに首根っこを掴まれた付喪は疲れてしまったのか手足をだらりとさせ、すっかりおとなしくなっていた。ただしその表情は口をへの字に曲げて、たいそう不満げだ。そしてなにがしもまた、不満げな表情で三春を見た。



「おい変とは何だ」

「珍妙だって自覚してるんでしょ」

「自覚してはいるが、他人の口から言われると腹が立つものだ」

「まあそうだけど……ああ、ごめんごめん、えっと、今喋ってたけど、これ見える?」



 なにやら気圧されているという井上さんの様子に気が付いた三春が再度そう聞くと、井上さんはおずおずといったように頷いた。



「ああ、よかった……そっちの方が話が進めやすいから」



 三春はひとまずほっと息をつく。それから、ええと、と少し考え込んだ。何からどう話せばいいか、考えているのだ。



「えっと、これはおばけ……みたいなもので」

「おい、おばけと紹介するな」



 さっそく、物言いがついた。



「え、じゃあなんて紹介したらいいの」

「あるだろう、他にもっと紹介の仕方が」

「えー……」



 文句を言われ、三春は渋々といったように再び考え込んだ。名前はなにがしだが、その存在をどう説明したらいいのだろうか。おばけという言葉に制約をかけられてしまっては一気に難易度が上がってしまう。

 三春はうーんと考え込み、やがて、ああ、と一つの答えを出して口を開いた。



「あー……これ、名前はなにがし、えっと、……わたしの、友だち」



 それは、口にするのは少し恥ずかしい答えだった。なにがしの方を見ることができない。しかし恥ずかしげに視線をそらす三春の隣で、なにがしは満足そうな笑みを浮かべていた。



「……くろちゃんも、わたしの、友だち」



 井上さんがぽつりとつぶやいた声は、とても小さいものだった。しかししんと静まり返った校舎裏にはよく響いて通る。



「だから、お願い、くろちゃんに、酷いことはしないで」



 切なく響いたそれに、三春は少し感じていた恥ずかしさなどすっかり忘れてしまうようだった。井上さんの声を、こんなにもしっかり聞いたのは初めてのことだ。か細くて、気弱な性格が声にまで現れている。

 それでも、友だちに酷いことをしないでほしいとはっきり伝えたそれは、しっかりと三春の耳に届いた。



「その、くろちゃんとのこと、話してもらえる?」



 三春がそう言い、井上さんは小さく、しかし確かにうんと頷いた。










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