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月末のシュークリーム5

 結局午前中は戻ってこなかったな。と思いつつ、昼休みを迎えた三春は購買への道を歩いていた。

 階段の上からなにがしが降ってきたのには驚いた。しかしその事情を問いただす間も無くなにがしは走り去ってしまったので、いったい何をしていたのかわからない。たしか、「待たんかこらあ」とか言っていた気がする、何かを追っていたのか。追っていた何かは見えなかったが、三春には見えない何かを追っていたのだろう。

 それにしても、あの怒声。あれは、今まで聞いたことも無いほど怒りを露わにした声だった。それは、思わず恐ろしいと感じてしまう程に。


 購買に着いた途端、三春の目に飛び込んできたのはもはや見慣れてしまった姿の、しかし見慣れない姿だった。

 三春はなにやら壁際に座り込んでぐったりとしている様子のそれに近づいていき、その隣に立つとしゃがみこんだ。上着のポケットからケイタイを取り出し、起動したメモ帳アプリに素早く文章を打ち込む。



『どうしたの』



 なにがしの体をケイタイでべしっと叩いて、画面を見せる。ゆっくり顔を上げたなにがしは見せられたそれをちらと確認して、またぐったりと項垂れた。



「いや……なにやらどっとくたびれたような気がしてな」



 おばけでもくたびれるのか、と、三春は久しぶりにそんなことを思った。少し忘れかけていたが、なにがしはおばけなのだった。いや、本人……本おばけはおばけではないと言い張っているが。



「お前のきょうしつに戻ろうとしたのだが、何やらいい匂いにつられてこの場所まで来てしまった。……いや、決して迷って戻れなかったわけではないぞ」

『お腹空いたの?』



 なにがしの強がりは無視しつつ、三春はケイタイにそう打って寄越した。同時に、そういえば今更ながらおばけはお腹が空くのか、という疑問が浮かぶ。なにがしは項垂れたままなので、またケイタイでべしと叩く。なにがしは顔をあげ、ケイタイをちらと見るとまた項垂れた。



「いや、腹が減るという概念はわからんが、何か、今はうまいものが食いたいという気分だ、ああ……この間の、握り飯がいい……」



 おにぎりは、教室だ。そして教室に戻るには、まずおかずかパンを買わなければ戻れない。三春は何も言わずに立ち上がり、購買の人ごみの中へと飛びこんでいった。

 三春が人ごみの中で選んだチョココロネを持って出てくると、なにがしはまだ同じ場所でぐったりとしていた。相当くたびれているようだ。大丈夫かな、と心配になる。



――いやいや、心配って、別に、心配なんかしてないし……



 ちょっとした気恥ずかしさに、つい鼻の下をこする。その隣に歩いていくと、ケイタイに文章を打ちこんでからその肩をべしと叩いた。



『おにぎり食べたいなら、教室に戻るよ』



 顔を上げてそれを読んだなにがしは「ああ」と返事をすると、けだるそうに立ち上がった。そのゆっくりとした動作はもどかしく、三春は小さく息をつくとなにがしの手を握った。なにがしが驚いた顔をしたが、わざわざケイタイを取り出してまで説明はしない。一度睨み付けるようになにがしに目を合わせると、そのままぐいと引っ張って歩き出す。

 あまり先導はしすぎない。これぐらいならば、普通に歩いているのと見た目は変わらないだろう。



「ああ……すまないな」



 別に、なにがしのためにしているわけではない。自分のためだ。心の中ではそう言い訳をしつつ、三春はなにがしの方をちらと見もせずにただひたすら歩いていくのだった。






「ああ、きんぴらか、うまいな」



 教室に戻り、三春の差し出したおにぎりを食べたなにがしは多少気力を取り戻したようだった。顔を上げ、おにぎりを片手にしたなにがしの表情には少しの笑みがある。そんななにがしを見上げて、三春はほっとしていた。あまりそれを自覚すると恥ずかしいので、なにがしの様子をうかがうのもそこそこに三春は自分もおにぎりをほおばる。

 今日のおにぎりの中身は、きんぴらごぼうだった。昨日の惣菜の残りである。きんぴらが残ったな、とは思っていたが、まさかおにぎりに入れてくるとは思わなかった。しかしさすがはご飯のおかず、その甘辛さの中にピリッとした辛みのある味はおにぎりの中に入っていても確かに美味しい。むしろ最高の組み合わせである。特にきんぴらの周りの米にじわっと味が染みている部分がまたなんともいえず美味しいではないか。



『で、どうだったの、つくもの仕業説』



 おにぎりを片手に、三春はケイタイにそう打ちこんで机の上に置いた。なにがしもまたおにぎりを片手にそれを読み、口の中のものをごくんと飲み下すと「ああ」と言う。



「どうやら付喪の仕業で間違いないようだ、そいつを見つけて追いかけたのだが……逃がしてしまった」



 その答えに、三春がああと納得する。あれはやっぱり何かを追いかけていたのか。そしてその何かが付喪だったから、三春には見えなかったのだ。



「それがまた足が速く、すばしっこい奴でな、その上がっこうの中を知り尽くしている、忌々しいほどに捕まらん……まったく本当に腹の立つ奴だ」



 次第になにがしの顔が険しくなるのがわかって、三春はまた、ああ、と納得した。それであの「待たんかこらあ」という怒声か。



「更には俺を挑発するなど、まったく生意気なことこの上ない」



 更に愚痴が続き、怒声があれだけ激しかった理由も納得がいった。そういえば、堪え性が無いとか言ってたっけ。なにがしの顔が益々険しくなるとさすがに少し心配になった。



『ちょっと、落ち着け』



 ケイタイにそう打ちこんで、なにがしに見せる。それを見たなにがしは「ああ」と言い、眉間のしわを和らげた。



「いや、すまない、ニノキンゾウにもそう言われたというのについ」



 今度は三春が顔をしかめる番だった。なにがしの発言に、ん?と眉間にしわが寄る。今、何か変な単語を言ったような気がする。ニノキン……何だって?

 三春が険しい顔をしているのに気付いたのか、なにがしが「どうした」と言う。どうしたじゃねえよ、と心の中でつぶやきつつ、三春は険しい顔のままでケイタイに何か打ち込んだ。



『にのきんぞう?』



 それを見たなにがしは納得したように「ああ」と言う。



「付喪を追って外へ出るとこっちだと呼ぶ声がしてな、声の方へ行ってみればそこにはニノキンゾウと名乗る付喪がいたのだ」



 三春は「はあ?」と言いたいのをぐっとこらえた。代わりに思い切りなにがしを睨み付ける。

 ニノキンゾウとは、妖怪ニノキンゾウと呼ばれている存在のことか。それが、まさか実在したと言うのかなにがしは。

 なにがしは三春の訴えたいことを察したようで「実在したようだなあ」と言う。いつのまにやら愉快そうな笑みを浮かべているではないか。その笑みを見てしまうと肩の力が抜けていくようだった。三春はなにがしを睨み付けるのをやめて、視線を下に落とす。



「お前たちは妖怪と呼んでいるようだが、あれは付喪だ、本人も自分は付喪だと認めていたからな」



 なにがしがそう言うが、別にそんな事実はどうでもいい。妖怪だろうが付喪だろうが違いなどわかるものか。



「ニノキンゾウはまるで聖人君子のようでな、付喪にも物を壊す理由があるのだろうと言ったのだ。だから怖い顔をして追うのはやめて、話を聞いてやってくれと」



 聖人君子のニノキンゾウ……、と、三春の頭には紳士的な二宮金次郎の絵が浮かんでしまう。いやいや、と浮かんだその絵を振り切るように三春はチョココロネを一口食べた。ああ、チョコクリームがねっとりとして美味しい。パンが少し甘いのもまたいい。



「しかしそのためにはやはり捕まえる必要があるだろう、だがそれが……まったく捕まらん、怖い顔はしていないつもりなのだが……」



 またなにがしの眉間にしわが寄る。購買でぐったりとしていた理由は、それなのかもしれない。三春はチョココロネを食べつつ、なにがしの言ったことについて考えていた。なるほど足では勝てないということか。それなら。



『じゃあ待ち伏せしたら?』



 そうケイタイに打ちこんで、なにがしに見せた。なにがしが「ほう」と言う。



「待ち伏せか、なるほど……」



 なにがしはそう言うと顎に手を当て、ふむと何か考え込んだ。やがて「ああ」と言って顔を上げる。



「あの場所……付喪が戻ってくる可能性があるな」



 顔を上げたなにがしは、そう言った。三春はケイタイに『あの場所?』と打って見せる。



「ああ、たしか、りかしつ……という場所だったか」



 理科室、と頭の中で繰り返す。



「その場所で付喪に遭遇したのだ、その際に奴が割ろうとしたがらすの器を俺が受け止めたからな、奴は恐らく今度こそそれを割ろうともう一度現れるかもしれん、そこで待ち伏せをするか」



 なにがしはそう言うと、三春に「ではな」と言って背を向けた。理科室に向かうのだろう。

 声をかける間は無く、三春はその背中を視線だけで見送るのだった。








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