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月末のシュークリーム4

 かっ、と光が飛びこむ。

 付喪が外に出たらしい、と気づいたのはその光に目が眩んだ瞬間だった。一瞬視界が無くなる。再び開けたなにがしの視界に、付喪の背中はもう無かった。



「くそ……!」



 ため息と悪態が口から出て行く。

 付喪ごときが。またそんなことが頭をよぎった。付喪ごときがこの俺を。無意識にそう考えたところで、はたと気が付く。

 この俺を、とはどういうことか。己が何者かなどとはわからないというのに、この俺を、とは。



「もし、そこの勇ましい御仁」



 聞こえたその声に、なにがしは素早く声のした方を向いた。しかし、そこには何もいない。不審に思って辺りを見回すなにがしの耳に、また同じ声が聞こえる。



「こちらだ、こちらに来てくれるか」



 やはり、同じ方向から聞こえた。その先は木が茂り、まったく人気の無さそうな場所だ。なにがしはそちらの方向をじっと見つめ、やがて一歩を踏み出すと声のする方へ向かって歩き出した。




 声の呼ぶ方にいたのは、地面から上半身だけを出した何かであった。人間のような見た目をしているが、恐らく人間ではない。その証拠にその目鼻口はどこかのっぺりとしていて、目に至っては黒目が無い。そもそも、その肌は肌色ではない。青銅色というか、もはや青銅そのものである。

 先に口を開いたのは、青銅の何かのほうだ。



「初めまして、勇ましい御仁」



 それは、確かに先ほどなにがしを呼んだ声だった。

 頭頂部にそりこみがあり、小さなまげを結っている。ちょんと残った前髪は子どもであるという証だ。しかし下半身が地面に埋まった状態でもまるで堂々としたその態度は、到底幼い子どもができるものではない。

 ただものではない、と直感した。



「何者だ?」



 なにがしがやや慎重に、そう問いかける。なにがしを見上げたそれはやはり堂々たる態度で答えた。



「もちろん元の名はあるが、今は、妖怪ニノキンゾウと名乗るのが適切かな」

「妖怪ニノキンゾウ」



 それが名乗った名前を繰り返す。それは、聞き覚えのある名前だ。昨日、三春の口からきいた。それから、先ほどの部屋にいた人間が独り言でもつぶやいていた。



「お前が……」

「おや、私を知っているのか」

「ああ、友人に聞いたのだ、友人は、ここのがくせいなのでな」

「ほう」



 三春から聞いた時は気にも留めていなかったが、いざ目の前にすると実在したのか……と思ってしまう。多少の困惑も含まれていた。もしかすると三春が自分を目の前にしたとき、こんな気持ちだったのだろうかとさえ思ってしまう。

 なにがしはニノキンゾウと名乗ったそれをじっと見つめた。



「なぜ、下半身が地面に?」



 自分に何か用か、などほかにも聞くべきことはあった。むしろそれを聞くべきだった。しかしなにがしの口から始めに出た疑問は、下半身が地面に埋まっている事情である。気になって仕方がない。更にはニノキンゾウが下半身が地面に埋まっているのがまったく当たり前であるかのように振舞うのだから尚更だ。なにがしの不躾とも言えるその問いに、ニノキンゾウはさしたる不快感も示さず紳士的に答えを返した。



「私の本体は、この場所の地中深くに埋まっているんだよ、それがあまりに深いために上半身までしか地表に出ることができなくてね」

「良ければ、引っ張るが」

「いいや、この埋まった心地も案外気に入っているんだ、気持ちだけ受け取っておくよ」

「そうか……」



 ニノキンゾウの答えは嘘や偽りといった感じは無いように聞こえる。だからこそなにがしはニノキンゾウの意志を尊重し、それ以上食い下がることは無かった。



「では、本題に入ろうか。勇ましい御仁、あなたはあの黒い付喪を追いかけていたのかい」



 そう言われ、なにがしが思い出したように顔をしかめる。



「ああ、あの付喪、がっこうの中でどうやら暴れまわっているらしい、乱暴者には仕置きをせねばならん」

「確かに、あれは乱暴者のようだ」



 そう言ったニノキンゾウの声色は、優しいものだった。



「校内であらゆるものを壊して回っているようだね、更にはそれが私の仕業だという説までまことしやかに噂されているらしい、まったく迷惑な子だ」



 そう言いながらも、ニノキンゾウの表情は青銅の質感に反して柔らかいように見える。なにがしとは、対照的だ。



「けれど、そう怖い顔をして追いかけないでやってほしい」



 そう言われ、なにがしは驚いたように目を見開いた。



「怖い顔? 俺は、そんな顔をしていたか?」

「ああ、まるで獲物を狙う獣のようだった」

「獲物を狙う……」



 つぶやきながら、眉間に指を当てる。そのあたりが強張っているのがわかった。自分は今、しかめっ面をしているらしい。

 同時に、付喪ごときがこの俺を翻弄するのか、と憤っていた自分が思い出された。冷静になってみれば、なぜ自分はああも怒っていたのかと思う。



「もちろんあの子のしたことは乱暴で、いけないことだ。しかしあの子にはきっと、ああする理由があるはずだよ。それは、自分勝手なものかもしれない。だが、もしかすると、そうではない理由かもしれない」

「つまり、あれを許せと言うのか?」

「いいや、そうとは言わないよ、だが……あの子の話を聞いてあげてほしい、私が望むのはそれだ」



 ニノキンゾウの言葉に、なにがしはうんと唸る。言いたいことはわからないでもない。しかし、黒い付喪はあの部屋にいた付喪のともだちを壊したのだ。それに何より、三春を危険に晒している。それは、なにがしにとって最も許し難いことである。

 返事を渋るなにがしに、ニノキンゾウは尚も穏やかに言葉を続けた。



「これは私の勘なのだが、あの子はきっと、誰かのためにあんな乱暴をしている、そう思うのだよ。御仁が友人のためにあの子を追いかけているようにね」



 加えられた一言に、なにがしはわずかに目を見開いた。



「もちろん、乱暴というやり方は間違っているがね。ああ、いいや、それさえも……あの子は乱暴というやり方しか知らない子でもあるんだ、なぜならあの子は、付喪であるから」



 ニノキンゾウは肌こそ硬い青銅のようではあるが、その表情は柔らかで、まるで付喪を心配しているようである。



「なぜ、そこまであいつのことを?」



 なにがしの問いに、ニノキンゾウは少し間を置いて答えた。



「同じ付喪であるから、それに、あの子には何か縁のようなものを感じているんだよ」



 その答えに、なにがしはふうむと考え込む。そうしてやがてはあと息をつくと「仕方がない」と言った。



「お前の顔を立てて、あいつの話を聞いてやることにしよう。……まあ、あいつが大人しく話すのならということになるが」

「あの子も怖い顔で追わなければその場に留まってくれるよ」

「だといいのだが」

「それにきっと、追いかけても勝ち目は無いのではないかな」

「ああ、悔しいが、そうだろう」



 そう答えれば忌々しい付喪の背中を思い出してしまって、眉間のあたりに力が入る。



「ところで、御仁はただものではないと見受けるが」



 すると、すぐにニノキンゾウが話題を変えることを言った。なにがしの眉間のしわがやわらぎ、ニノキンゾウを見る。



「ああ、わかるか……と言いたいが、俺は自分でも自分が何者かわからんのだ」

「わからない?」



 ニノキンゾウが驚いたように繰り返した。



「ああ、わからん。しかしこの身の記憶というのか、ただの霊魂や付喪のようなものではないということは確かだ」



 なにがしの言葉に、ニノキンゾウは理解したと言うように「ほう」と言う。



「では、御仁の名前は?」

「名前か、名前はなにがしと言う。ああ、もともと名前も覚えていなかったのだがな、さっき友人がここのがくせいだと言っただろう、なにがしはその友人がつけてくれた名だ」

「ほう」



 そう話して聞かせると、自然と口元には笑みが浮かぶ。付喪への苛立ちを忘れてしまうようだ。



「御仁は自分が何者かわからないと言うが、御仁が何者かははっきりしているのではないかな」



 次いで聞こえたニノキンゾウの言葉に、なにがしは疑問の表情を浮かべた。その青銅でできた表情は、やはり柔らかなままだ。ニノキンゾウは不思議そうにこちらを見下ろすなにがしを見上げて言った。



「少なくとも、御仁はなにがしという、その学生の友人だ、そうだろう?」



 それは、なにがしの耳に入ると頭の中を確かに揺らした。

 ああ、そうだ、と思う。



「そうだな、俺は、三春の友人だ」



 自分が何者なのか。その答えは、今はそれだけで充分ではないか。なにがしはニノキンゾウにそう答えながら、そんな気がしていた。










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