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月末のシュークリーム3

「二度目とはいえ、やはり慣れんな」



 廊下の真ん中に仁王立ちしたなにがしは腕を組み、そうつぶやいた。

 右を向けば窓。左を向けば扉と壁。”がっこう”という場所は、どこもかしこもこの風景だ。代わり映えしない。つまり、自分が今どこにいるのかわからなくなってしまうのだ。もはや三春のいる教室へ戻れる自信さえ無い。

 まあ、しかし、いざとなれば右に見える窓から外へ出て、今朝三春と入ってきた入口から入りなおせばいいだけの話である。今朝の道のりは覚えているから、三春の教室へ戻ることができる……はずだ。



「まあ、今それを考えても仕方がないか、それより犯人を探さねば」



 そうつぶやいて、頭を切り替える。自分が今すべきことは、窓ガラスを割り、黒板消しを落とし、誰も居ない教室の蛍光灯を割った犯人を探し当てることだ。そのためには校内を見回るしかないと、なにがしは風景の変わらない廊下に一歩踏み出した。

 なにがしには、別に付喪の気配を察知する能力が備わっているわけではない。とにかく校内を見回り、器物破損の現行犯を目撃するしか犯人を探し当てるすべは無いのだ。



「……しかし、付喪が多いな」



 歩いている間、目に付くのは廊下の端をかけていく小さな付喪である。特にいたずらをしているというわけではなく、のんきに窓辺でぷうぷうと寝ているのもいた。小さなあれらが犯人とは考えにくいだろう。まあ、時々なにがしの姿に気が付くと怯えたように逃げ出すのは不審だが。そう考えつつ、なにがしはひたすら廊下を歩いていた。



「待てよ、あいつらはこの場所にずっといるのだから、何かを見ているのかもしれん」



 ふとそう考え付き、立ち止まる。きょろと見回せば、窓際に一匹の付喪がいるのが見えた。なにがしがそれに狙いを定めて近寄っていくと、気付いた付喪がぴょっと声をあげる。そうして引き留める間も無く、少し開いた窓の隙間から外へ逃げてしまうのだった。

 これにはなにがしも目を丸くして、それからどこか悲しげに眼を伏せてしまう。



「まったく、いたずらをしないのなら、仕置きもしないというのに」



 そうつぶやき、なにがしはまた代わり映えのしない廊下を歩き始めるのだった。







 しばらく歩いた頃である。



「ん?」



 なにがしの耳に聞こえてきたのは、なにか小さな声だった。すん、すん、というその音は、鼻をすすっている様な音だ。



「泣いているのか?」



 そうつぶやき、声の出所を探すように辺りをきょろきょろと見回した。そうして、すぐに見つけた。



「そこか……」



 声の出所は、どうやらそこに見える扉の向こうらしい。恐らく、何かの教室なのだろう。扉は、開いている。なにがしが扉の向こうを覗き込むと、そこには人間が一人いた。三春が着ている様な服は着ておらず、黒い服に身を包んだそれは、せんせいと呼ばれる人間だろうと推測した。



「本当に何なんだろう……局地的な地震かなあ、でも、揺れなんて感じなかったし……落ちたのもこの棚のものだけだしなあ」



 なにがしに背を向け、なにやらぶつぶつと言いながら割れたガラスのようなものを片付けているようである。なにがしが教室に入ってきたことには気づいていないらしい。



「案外本当に、妖怪ニノキンゾウの仕業だったりして……はは、化学の教師が言うことじゃないかな」



 その人間はそう独り言をもらしてはあとため息をつくが、泣いているようではない。先ほど聞こえた鼻をすする音は、あの人間のものではないようだ。しかしなにがしの耳にはまだすんすんという声が聞こえていて、それは教室に入るとより鮮明になった。泣き声の主がこの教室にいることは間違いない。

 なにがしは教室の中を見回し、そして見つけた。

 人間がしゃがみ込んでいるすぐ傍の棚に、付喪がいる。ぺたんと座り込み、小さな手で目元をぐいぐいと拭っていた。とても小さく、その体は透き通っている。



「どうした、何を泣いている」



 なにがしが近寄り、そう声をかける。付喪は顔をあげぴゃっと驚くが、逃げ出すことはしなかった。



「らんぼうものがいるの」

「乱暴者?」

「らんぼうものが、ともだちを、こわしたの」

「友だち……ああ、あれは、お前の友だちだったのか」



 人間が片付けているガラス片を見て、なにがしがそう言う。その表情は痛ましげだ。



「悲しいな」

「かなしい、かなしいの」



 なにがしがそう言うと、付喪はぴいぴいと泣き出した。



「誰かを悲しませる乱暴者には、仕置きをせねばな」



 ぴいぴいと泣く付喪を見つめ、なにがしは決意を現れのようにそう言った。




 かたん、という音が聞こえたのはその時だ。

 なにがしと付喪、それから人間が同時に音のした方へ目を向ける。



「あっ!」



 と、声をあげたのは誰だったか。視線を向けた時には、棚からガラス製の器が落ちようとしているところだった。咄嗟に目を凝らしたなにがしの視界を、小さな何かが過ぎていく。



「ともだち!」



 と、付喪が叫ぶ声が聞こえた。その瞬間、なにがしの体が動いた。目の前の屈んだ人間を飛び越え、落ちようとするガラス製の器に向って飛びこむ。ガラス製の器が、手に触れた。そうして素早く空中でそれらを抱きかかえると、なにがしは体をひねって背中から着地した。衝撃が背中から突き抜けるが、ガラス製の器を抱えた腕は離さない。



「ともだち! ともだち!」



 甲高い声で付喪が叫びながら、なにがしの腕の中に飛び込んでくる。ガラス製の器を抱え込み、嬉しそうな声をあげた。なにがしの足元では人間が不思議そうに「えっなんで!」と声をあげていた。



「なんだテメー! ジャマしやがって!」



 ほっと息をつく間も無く、また別の声が上の方から聞こえてきた。見上げると、器があった棚からこちらを見下ろす顔が見える。全身は黒い。なにがしの腕の中で声をあげている付喪よりずっとでかくて、語彙力もある。しゃべり方にもぎこちなさが無い。直感した。



「お前の仕業か」



 今のことだけではない。三春が又聞いたというものが壊れる被害の数々は、こいつの仕業だ。そう直感すればいつまでも寝転がったままではいられない。なにがしは腕の中のものを床に転がすと、素早く立ち上がってそれの居る場所に拳を打ちこむように手を突っ込んだ。しかし何かを掴んだ感触は無く、覗き込んだそこにもそれの姿は無かった。



「やーい! のろま!」



 癇に障る声が聞こえ、素早くそちらを睨み付ける。黒い姿のそれは扉のあたりでぴょんぴょん飛び跳ね、あげくの果てにはべっと舌を出してくるではないか。安い挑発である。

 しかし、今はそれに乗ってやろう。そして後悔させてやるのだ、この俺を挑発したことを……。

 なにがしの不穏な雰囲気を覚ったのか、黒い付喪はばっと走り出した。

 逃がすか、と口の中でつぶやいてなにがしも動いた。その目が獲物を狩る獣のような光を宿していたことを知るのは、なにがしも含めて誰も居ない。


 黒い付喪は思いのほか足が速く、なにがしはその距離を詰められずにいた。

 もどかしさに段々と怒りに似た感情が押し寄せてくる。先ほど歩いている時には気が付かなかったが、がっこうは案外曲がり角が多く、そこでどうしても失速してしまう。一方で付喪はその小柄さからか曲がり角でも失速することなく駆け抜けていった。どうしてもそこで差が付く。

 その上地の利はあちらにあるのだ。

 ばっと角を曲がった曲がったそこに、付喪の姿は無かった。



「ち、見失ったか」



 忌々しげにそう吐き捨てる。

 どうやらあの黒い付喪は、ただの付喪ではないらしい。かつてあれほど成長し、流ちょうに言葉を離す付喪を見たことは無かった。小さな付喪も成長すればああまでになるのか。相手の力量を見誤り、油断をしていたのかもしれない。

 次は油断などするものか、となにがしは己を戒めて再び廊下を歩き出した。






 廊下を歩いている最中、パリン!と何か固いものが割れる音が聞こえた。なにがしは付喪の気配やにおいを感じる能力は無くても、音のした方向を見極める能力はある。むしろ優れているといってもいい。

 なにがしは瞬時にその方向を判断すると、そちらに向かって駆け出した。



――見つけた



 前方にその姿を見つけ、なにがしの瞳が鋭く光る。なるべく音は立てずに、しかし素早く近づいていく。

 気配は消していた。しかしその殺気を消しきれなかったのか、はっと気づいた付喪が一瞬こちらを振り返ると、だっと駆け出した。



「くそ!」



 思わず悪態が口をついて出た。同時に体を前に倒してぐんと加速させる。それでも付喪との距離は縮まらず、また苛立ちがこみあげてくる。

 付喪ごときが、この俺を翻弄するのか。

 無意識にそんなことが頭をよぎると、胸の奥が燃え上がるような感覚が襲う。



「待たんかこらあ!」

「わ!」



 怒鳴り声を上げ、目の前に現れた階段をひょいと飛び降りる。なにか驚いたような声がしたが、それはなにがしの耳には全く入ってこなかった。ただ階段の手すりを滑り台のようにして滑り降りていく付喪の背中しか見えていないのだ。その背中を見失っていはいけない。なにがしはただひたすら付喪の背中を追って走り続けた。









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