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月末のシュークリーム2

 いつもの通学時間、いつもの通学路を歩きながら、三春は小さくあくびをした。いつものことだ。



「おい」



 といつもはかけられない声をかけられたのは、三春が横断歩道の前で信号が青に変わるのを待っている時だった。

 もはや聞き慣れてしまったその声に驚いた様子も無く、三春はゆっくり視線だけを声のした方に向ける。そこにいたのは、にいと笑ったなにがしだ。

 なぜなにがしが三春の通学路であるこの場所にいるのか、と視線で訴えたりもしない。なぜならそうなるようにしたのは、三春自身だからである。昨日の放課後、なにがしに学校で起きている一連の器物損壊事件を話し、それが付喪の仕業ではないかと相談をしたのは三春だ。そしてなにがしにその真偽を確かめてもらいたいと依頼をしたのも三春だ。……まあ、なにがしに誘導された感もあるが、最終的には三春の口から「よろしく」と言った。

 三春はカバンからケイタイを取り出すとメモ帳のアプリを起動して『おはよう』と打ちこんだ。それをなにがしに見せると「ああ、おはよう」という返事が返ってくる。メモ帳のアプリはなにがしとの会話をスムーズに行うため、昨日の夜にダウンロードしたものだ。あくまで効率を考えただけのものである。会話を楽しむためのものではない、と言い訳をする。

 信号が青に変わったので、三春はケイタイをポケットに入れて歩き出した。



「こうしていると、がくせいとして”つうがく”している気分だな」



 歩きながらではケイタイをいじることもできないので、三春はなにがしの言うことを聞き流していた。それでも、その見た目じゃ学生って年じゃあないだろうに、と思ってちらとその顔を見るとなにがしも三春の方を見ていて、ははと笑われた。慣れてしまったのか、恥ずかしさは感じない。



「しかし、まあ、俺にがくせいの生活は無理なのだろう、俺はあまり堪え性が無い」



 知らねえよ、と心の中で悪態をつく。そうしてなにがしのお喋りを聞き流しているうちに学校についた。玄関に入ってもなにがしは三春から離れず、興味深そうにきょろきょろとあたりを見回していた。どこまでついてくるのか、と思いながらも三春は廊下を黙って歩き続けた。

 結局、なにがしは教室に入るまでついてくるのだった。



「ほう、これが昨日割れたというがらすか」



 三春が席に着くと、なにがしが窓の方をみてそう言う。昨日割れた窓は、段ボールでの応急措置が施されたままだった。とはいえ隙間風が吹き込むからといって寒さを感じる季節ではなく、特に問題は無いだろう。しかしまあ、あえて問題をひとつ挙げるならば、授業中に窓の外に目をやって息抜きをすることができないということぐらいか。

 なにがしは応急措置の施された窓をしげしげと眺めている。何か手がかりでも探っているのだろうか。やがてなにがしは「なるほど」と言う。



『なんかわかったの?』



 三春はケイタイにそう打ちこんでなにがしに見えるように持ち上げた。それを見たなにがしは三春の方を振り返り



「わからん」



 と言う。

 いつものそれに、三春は思わず顔をしかめてしまった。なにがしの『わからん』には慣れたつもりだったが、今のはタイミングが悪い。非常にイラッとする『わからん』である。わからないのなら何が「なるほど」だというのか。



「付喪の仕業だと確信する何かを感じるわけではないが、付喪の仕業ではないと断言する何かも無い、つまりわからんな」



 結局わからないんじゃないか。顔をしかめてそう訴えるが、返ってきたのは「仕方がない」という言葉だった。



「そうなると、やはりがっこうの中を見て回るしかないな」



 しかし次いでなにがしが言ったことには、三春はああと納得した。それで付喪の犯行現場を押さえるのか。ケイタイにそう打ちこんで見せると、なにがしは「ああ」と頷いた。



「ではさっそく行くとするか、それじゃあ、お前は勉学に励めよ」



 三春はケイタイに『はいはい』と打ちこんで返事をする。それから『頼んだよ』と付け加えた。なにがしはそれを見てははと笑うと、「任せろ」と言って教室の扉の方へと歩いていくのだった。







 一時限目と二時限目が終わり、次の時間は体育だった。今日もまたペアを組んでのバドミントンだ。

 三春は、井上さんというクラスメイトとペアを組んでいる。余りもの同士のペアだ。三春は運動が得意な方ではない。しかし井上さんは三春よりも得意では無いようで、サーブミスは当たり前。リターンミスは五度に一度ほどのペースでやらかす。だからといって三春は苛立ちも怒りもしないが、今日はそれが少し気になった。

 いつもならばもう少し頑張ってシャトルを追っていると思うのだが、今日はどこか上の空といった様子だ。いや、というよりも、いつも以上に気後れしているといった感じか。動きが小さく、肩に力が入りまくっている。そんな状態だと当然ミスも増えるというもので、今日のリターンミスは三度に一度のペースだった。

 かといってそんな井上さんに「大丈夫か」などと心配する言葉をかけることも、三春は出来ずにいた。三春と井上さんの関係は、ただ余りもの同士というだけである。確かにクラスメイトではあるが、ただそれだけだ。

 井上さんが「わっ」と声をあげたのは、十回目のミスのときだった。

 キュッと高い音がして、井上さんの体が体育館の床に倒れる。三春はあっと声をあげ、倒れた井上さんに駆け寄った。さすがにこれは「大丈夫?」と声をかけざるをえない事案である。



「ごめん、なさい」



 三春が声をかけると、井上さんは弱弱しくそう返事をした。その顔色は悪く、どうやら大丈夫ではなさそうだ。かといってどうしたらいいかわからず三春が「ええと」と焦っていると、教師が駆け寄ってきて声をかけた。



「どうした? 足、痛いの?」



 教師の問いかけに、井上さんが小さく「痛い……」と答えた。井上さんの傍にしゃがみ込んでその足を見る教師を、三春はただ見ていることしかできない。



「ああ……保健室で診てもらった方がいいね、前島、連れてってあげて」

「あ、はい」



 ラケットは預かるからと言う教師にラケットを渡して、三春は井上さんの傍に立つと手を差し出した。すると教師の「肩貸してあげて」という言葉が飛んできたので、三春は井上さんの傍にしゃがみこむ。えっと……と考えつつ、ぎこちない動作で井上さんの腕を自らの肩に回した。肩を貸すって、こういうことでいいんだっけ。やったことがないからわからない。

 見かねたらしい教師が二人の傍へ寄ると、てきぱきと二人の腕を動かして見事に肩を貸す体勢を作り上げた。そうして「じゃあいってらっしゃい」と言われ、三春は井上さんを連れて体育館を出て行くのだった。





 今日は厄日か、と心の中でつぶやいた。いや、しかし、今日はシュークリームの日だ。すっかり忘れていたが、そうなのだ。シュークリームはこういう日のためのご褒美ではないか。三春はそう考えながら井上さんのペースに合わせ、ゆっくりと廊下を歩いていた。

 ひゅっと息をのむ音が聞こえた。それから井上さんの足が止まったのを感じ、三春はちらと様子をうかがう。足が痛んだのだろうか、だとしたら、声をかけておいた方がいいのかもしれない。



「足、痛い?」

「え、あっ……ご、ごめん、大丈夫」



 三春が声をかけると、井上さんは焦ったようにそう返事を寄越すだけだった。明らかに大丈夫では無さそうだが、かといってそれ以上踏み込む理由は三春には無い。三春は「そう?」とだけ返すと、またゆっくりと歩きはじめる。井上さんの足もゆっくりと動いた。

 保健室は、もうすぐそこだ。



「あっ、あ、危ない……!」

「え?」



 カタカタ、と何か揺れる音がした。その音に三春の記憶が刺激されたのと、ガラスの割れる高い音がしたのはほぼ同時だ。



「わっ!」



 思わず声をあげ、三春は井上さんをかばうように窓際から離れた。割れたガラスが廊下に落ちる音がする。一瞬の出来事の後、窓際を見ると、そこには割れたガラス片が散らばっていた。



「あー……びっくりした」



 ガラス片を見つめ、三春はそうつぶやいた。やはり厄日か。そうしていると、ガラスの割れる音が聞こえたらしい養護教諭が慌てた様子で保健室から出てきて三春と井上さんに駆け寄ってきた。



「ああ! 大丈夫? 怪我してない?」



 三春たちと割れた窓ガラスを交互に見ながらそう声をかけてくる養護教諭に、三春が小さく「はい」と返す。



「あー……教頭に報告しないと、ちょっとここで待っててくれる?」

「あの、先生」

「ん?」

「井上さん、体育で、足を痛めてるんです」



 立ち去ろうとする養護教諭に三春がそう訴えると、養護教諭はあっという顔をして寄ってきた。



「ああ……じゃあ、あなた、職員室に行って窓ガラスが割れたこと、教頭先生に知らせてくれる?」

「あ、はい」



 三春はそう答え、井上さんの体を養護教諭に預ける。井上さんは、まだ顔色が悪いようだった。三春は井上さんを一瞥すると背を向け、廊下を小走りに進み始めるのだった。





 職員室までは一階分の階段をのぼらなければいけない。

 その踊り場にさしかかったときだ。



「待たんかこらあ!」

「わ!」



 怒声と共に階段の上から何から降ってきて、三春は思わず驚きの声をあげた。体を引いて壁際に逃げたのと同時に、三春の前をびゅんと何かがすごい勢いで過ぎていく。レーシングカーもびっくりの速さで過ぎていったそれの姿は、まったく目視できなかった。しかし、直前に聞こえた声には覚えがある。



「え、あいつ、何してんの……?」



 あれは、なにがしの声だった。まあ聞いたことの無い怒声ではあったけれど。三春は呆然となにがしの過ぎ去っていった方向を見つめていたが、やがてはっと己の使命を思い出して歩き出すのだった。








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