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月初めの新商品1

――あ、新しい味出てる。プレミアム。三つあるなあ……どれにしよう、うん、でも、まずはこれかな。


 己の中でそう答えを出し、前島三春さきしまみはるは黒いパッケージの方を手に取った。そうして選んだそれをレジまで持っていき、店員に告げられた百七十円をぴったり支払う。レジ袋はいらないと告げれば事務的な礼と共にシールが張られた。



「ありがとうございましたー」



 少し気の抜けたような声を背に、三春はコンビニを出た。外はまだ夕暮れと言うには明るく、夕方の音楽が聞こえて来るにはまだまだだろう。三春は自分の手の中のものを一瞥してから、さてというように歩き出した。目的地までは、ここから歩いて五分だ。

 歩き出してすぐに、前方から三春と同じ高校の制服を着た二人組が歩いてくるのが見えた。談笑しながら狭い歩道を占拠するその姿を一瞥し、三春は目を伏せる。すれ違う直前になって二人組はようやく人影に気が付いたようで、一人が後ろに下がって道を開けた。そこをそそくさと三春は通り過ぎていく。出来るだけ、足早に。一列になっても尚やまないかしましい談笑に、三春は心の中で舌打ちをした。


 友だちいないのがなんで可哀そうなの?


 たしか、有名な司会者かタレントが言っていたことだったっけか。本当に、その通りだと思う。――まあ、そう言ったその人には友だちがいるわけだが――

 友だちがいないのは何も可哀そうなことではなくて、自分からそうなることを選んだのなら尚更だ。そして三春は、まさにそういう人間だった。

 決して高校デビューに失敗したわけではない。初めから期待などしていなかったし、夢も抱いてなどいなかった。だから少し痛んだ黒い髪を染めたりもしていないし、メイクの勉強だって別にしていない。『これで完ぺき☆高校デビュー!』なんて雑誌の特集にも興味は無いし、スカートの腰の部分を折らずに丈を短くできるというベルトにだって興味は無い。当然、靴下を止めるのりにだって興味は無いのだ。

 そうだ、自分で一匹狼の道を選んだのである。自分にはこのおやつの楽しみさえあればいい。どうせ、これを誰かと共有できる気なんてしないし……。そもそも他人に興味が無い。そんな人間に上手い人付き合いなどできるわけがないのだから、それならば初めから一匹狼でいるのが一番合理的ではないか。

 そう、これは、合理的なのだ。


 五分の道のりをいつもより少し早く歩ききった三春は、目的地の公園にたどり着いていた。

 学校から帰宅する道の途中にあるこの公園は街中にありながら緑が多く、地域住民の癒しの場とも言える場所だ。特に公園の入口から中心の広場に向って伸びる桜並木は春になると壮観で、多くの花見客を集めている。しかしそれ以外の季節はほとんど見向きもされず、桜の下を歩く三春もまた青々と生い茂る桜には目もくれずにまっすぐに歩いていく。

 そうして公園の中を歩いて行き、三春が足を止めたのはジンチョウゲの並木道の途中だった。

 よく見ると植木のジンチョウゲの間に人が一人通れるほどの隙間が開いている箇所がある。その地面にはこれもよく見ると、飛び石のようなものが埋まっているのが見える。三春がそれを踏む足取りに迷いは無い。

 細い小道を進んだ先に、狭い空間が開けた。そこにあるのはむき出しの地面と、表面が滑らかで座り心地の良さそうな置石。それと、その目の前に建つ小さな祠だった。

 三春はふんふーんと鼻歌交じりにその座り心地の良さそうな置石に腰掛ける。実際に座るとそれは座り心地の良さそうな置石ではなく、確かに座り心地の良い置石だ。それに加えてこの場所は入口が分かりづらく、人気も無ければ人目も無い。一匹狼を気取る三春にとっては最高の場所だ、思わず鼻歌も出るというものである。


 帰り道に公園でおやつを食べてから帰る。

 これは、三春が高校生になったその日から続けていることだ。これがあるから学校生活が乗り切れる。そう言っても過言ではないほど、三春にとっては癒しの時間なのだ。

 誰の視線にも邪魔されずに、好きなおやつを堪能できる。かつ放課後、屋外という二つの意味での解放感。騒がしい教室の隅で食べるよりも、広い家に一人きりで食べるよりも、おやつがずっと美味しく感じられる。ちなみにおやつ代は、お昼のおかず代にと渡されている五百円をやりくりして捻出している。

 この場所を見つけた時は、やったあと思った。天が味方しているのだ、とも。……まあ、それは大げさかもしれないが、この場所に来るたびに何か気分が上がる気がするのは確かだった。

 ご機嫌な気分のまま、三春はカバンから小さなハサミを取り出した。そうして、先ほど買った新商品の封を切る。



「ふあ、やっぱチョコレートは裏切らないよなあ」



 ふわりと香った甘い香りに、思わずそう口をついて出た。同時に口元には笑みが浮かぶ。チョコレートの香りとは、どうしてこうも幸せな気分になれるんだろう。まあ、一番はチョコレートソースの容器をへこと押した時のあの香りだけれど……。

 そう心の中でつぶやきつつ、三春は封を切った袋の中から透明なトレイを引き出した。艶やかなそれが姿を現すと、思わずごくりと喉を鳴らす。表面を薄いチョコレートの層でコーティングされたそれは、小さなチョコレートケーキだ。

 プレミアムを謳っているだけあってその姿は美しく、大変においしそうだ。

 その見た目と香りを充分に楽しんで、三春の手がいよいよそれに伸びる。一口サイズのそれをひとつ、ひょいとつまんで持ち上げた。



――うまそうだな



 それは、生暖かい南風のように耳元を過ぎた。

 背中がぞくりとして、三春は思わずそれが過ぎた方へと顔を向け……



「ほああ!」



 と、声を上げた。

 同時に肩がびくりと跳ねあがり、三春の手は一瞬握力を失う。指先からチョコレートケーキがつるりと滑った。三春があっと思うが時すでに遅く、チョコレートケーキは肩が跳ねあがった勢いで宙に放り出され、放物線を描く。それを目で追いながら三春の頭にはなぜか、全ての放物線は相似であるという言葉がよぎった。



「おっと」



 と、三春のものではない声がして宙に舞ったチョコレートケーキをはっしと掴む。三春が思わず「あっ」と声をあげたのとほぼ同時に、()()は掴んだそれを口元へ持っていくとぱくりと食べた。



「ああ!」



 思わず三春の口から非難がましい声があがるが、それは気にした様子も無くもぐもぐと口を動かすとごくんと飲み込んでしまう。



「ん、うまいな」



 手についたチョコレートを舐めとりながらそれがそう言う。三春はそれ以上は声があげられず、悲壮とも驚愕ともつかない表情でそれをただじっと見つめていた。


 動きやすい和服といったような、時代錯誤の服。袴姿ともまた違う。裾がぎゅっと脛当ての中に収められていた。正面からは分かりづらいが、黒く長い髪は後ろでひとつにくくられているようだ。意志の強そうな眉の下にあるのは、これもまた意志の強そうな鋭い瞳。瞳の色は、光の具合によっては金色に輝いて見える。

 変な格好の男。或いは、男の姿をしたナニカ。

 三春が見上げた先に立つそれこそが、三春が驚いて声をあげた原因だった。

 そしてその得体の知れなさは、それを見つめる三春にまったく言葉を失わせていた。


 何にしろ、やばい奴。


 三春がそう判断をするのに時間はかからなかった。いや、むしろ一瞬の判断だ。

 しかし三春が立ち上がって逃げることが出来なかったのは、単純に足が竦んでしまっているためだった。恐怖、混乱、それからチョコレートケーキを食べられたという恨み。様々な感情が複雑に混じり合って三春の足を竦ませていた。『わたしのおやつ』や『何するの』『あんた誰』といった言葉が出てこないのも、そのためだ。

 三春はただ視線を外したら負けだとばかりにそれをじっと見つめていた。すると、その熱い視線に気が付いたらしいそれがはたと気が付いたように三春に視線を向ける。それは、その意思の強そうな瞳をわずかに見開いた。



「俺が、みえてるのか」



 それが言ったまさかの言葉に、三春は思わず「えっ」と声が出た。

 俺が、みえてるのかって、なんだそれ。まじでやばい奴だ。だってそんなことを言うのはまじでやばい奴の他には、おばけぐらいなもので……。



「……おばけ?」



 小さくつぶやいてしまった自分の声が、三春の恐怖心を更に煽った。

 三春は幽霊の類を信じているわけではないが、人間あまりに理解を越えたことが目の前で起きれば冷静な判断は出来なくなるものである。おばけじゃないか、と一瞬でも思ってしまえばその考えは払拭できない。

 いや、それどころか、やばい奴よりもおばけであった方がマシかもしれない。そんな考えまでもが頭をよぎる。



「おばけとはよく言ったものだな、まあ近からずとも遠からずといったところか」



 それは、自身がおばけであることを肯定する言葉ではなかった。しかしまったく否定するものでも無い。

 やっぱりおばけだ。

 三春の頭にそんな言葉がよぎると、『やばい人間ではなかった』という安心感と『やばい、おばけだ』という恐怖が同時に湧き上がる。相反するそれらの感情は互いを相殺する関係には無く、むしろ化学反応を起こして別種の何かに昇華する。



「俺が見える人間は久しぶりだ」



 三春にはわからなかったが、おばけがそう言った声は少しだけ弾んでいるようだった。とにかく三春が理解できたのは、笑っている、ということだけだ。










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