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09 「――消えて!!!」



「視察?」

「ええ、王都から少々離れた町へ」


 お偉いさんとの追いかけっこや、キリと城下町巡りなんかをして、何事もなく一週間ほどが過ぎた。

 気づけばこの世界に来てから二ヶ月と少し。そろそろ学校の勉強が頭から抜けてそうで不安になってくる。

 そんな中で、唐突に教育係が提案してきたのが、町の視察だった。

 王都から出たことのない私は、少しわくわくしてしまう。

 でも、視察って……もちろんだけど、観光とは違うんだよね?

 私の微妙な心の動きを、教育係は表情から察したのか、言葉を足した。


「こう言ってはなんですが……マリア様が勇者としての活動をなさらないことに、疑問の声が多く上がっております」


 なーるほど。そりゃそうだろうねぇ。

 だって、現に私は勇者らしいことは何一つしてないんだから。

 後ろめたさなんて、感じてないけどね。……感じてないってば。


「それで?」

「今回の視察は、マリア様の立場を揺るがぬものにするためのものでもあります」


 揺るがぬものって……そんな、王権でもないんだから。

 バカみたいなことを言っているのに、教育係の目は真剣そのものだ。

 私の立場を、真剣に考えてくれてのこと、なんだろうか。

 余計なお世話だ。放っておいて。そう思う気持ちも、たしかにあるんだけど。

 なんだろうな、最近ずっと、もやもやして仕方ない。


「……別に、私は自分の立場なんてどうだっていい」

「マリア様」

「でも、王都の外には興味あるから、行ってみようかな」


 咎めるような声に被せるようにして、言った。言ってしまった。

 教育係が目を丸くしたのを、横目で確認した。

 吐き出した言葉はもう元には戻らない。あとには引けない。

 勇者の最大の責務である、魔王討伐は、私にはできそうにないから。

 それ以外の、私にもできそうなことなら、ちょっとくらいやってもいいかな、なんて。

 別にほだされたとか、そういうわけじゃないけども。

 ほら、キリだって、マリのやりたいようにすればいいって言ってたし。


「そう、ですか……」


 その一瞬、紫色の瞳に、不思議な色が揺らいだ。

 ほの暗い色をした、何かが。

 見えたかと思った瞬間、それは影も残さず消え失せた。


「何、行っちゃダメなの?」

「いえ、お行きいただけると私どもも大変助かります」


 慇懃に下げられる頭。つむじにチョップかましてやろうか。なんて、やらないけどさ。

 教育係の態度に、若干の不安を覚えつつも、私は視察に行くことになった。



  * * * *



 こんなのって、こんなのってない。

 目の前に広がる光景が信じられなくて、私は手で口を覆った。

 そうでもしないと、昼に食べたものを全部吐き出してしまいそうだったから。


 視察にはてっきり準備とか移動時間とか必要だと思っていたんだけれど、さすがは魔法社会、そんなものは簡単にショートカットできてしまった。

 ほとんど準備らしい準備もしないまま、教育係に連れられて神殿にやってきた。召喚されたとき以来だ。

 中で数人の術士が待っていて、一緒に行く人たちだと紹介を受けた。

 この陣の上に乗ってください、と言われるがままに、真ん中に立って。

 キュイイインという甲高い音がしたかと思うと、数秒後には、私たちは地面の上に立っていた。


 ここが王都の外か、なんて感慨にふける暇はなかった。

 だって、そこは。


「なに、あれ……」

「あれが、魔物です」


 震える指先で指し示した先には、クマほどに大きな、赤紫色のイノシシの群。

 いや、あれがただのイノシシじゃないことくらい、もう私にもわかってる。

 教育係に教えられる前から、私は、わかってしまっていた。

 町が、魔物に襲われているのだと。


 きゃああああ、だとか、ひいいいいい、だとか。

 悲鳴が、いくつもいくつも、数えきれないくらい木霊している。

 魔物が町を破壊していく。巨体が何度も体当たりすれば、頑丈な塀だって家だってひとたまりもない。

 ダカダカと走り回る魔物に、ぶつかるまいと、踏みつぶされまいと、人々は逃げまどう。

 でも、逃げる場所なんてそもそもどこにもない。魔物に統率なんてなくて、てんでバラバラに町中を駆け回ってるんだから。


 一緒に来た術士たちが、一人を残して町のあちこちに散っていく。火や氷やよくわからない魔法で魔物を攻撃したり、結界を張って町の人を守ったり。

 でも、町は広くて、町民は多くて、そして、魔物も多くて。とてもじゃないけれど守りきれない。

 悲鳴が聞こえているうちはまだマシなのかもしれない。

 その悲鳴が、途切れた瞬間を、私は目の当たりにしてしまった。

 大きな魔物の牙が、人の腹を貫いて、そのまままた別の人に突進していく。

 少し視線を巡らせるだけで、命が消える瞬間はいくつも存在していた。


 ああ、気づくんじゃなかった。

 私の足下にも、ほら、千切れた人の腕が転がっている。


「願ってください!」


 遠くから、教育係の声が聞こえた気がした。

 いや、遠くなんてない。彼はずっとすぐ横にいる。

 ただ、耳が、五感が、現実を拒否して。何もかもの音が遠くて。

 なのに、悲鳴は剣山みたいに鼓膜を突き刺す。


「マリア様、貴女には力がある! 願いを現実とする勇者の、いや、神の力が!」


 知らない、そんなのしらない。

 勇者の力なんてない。ただちょっと逃げ足が速くなっただけ。

 他には何も……何も、できない。


「願うのです、魔物の消滅を!!」


 しらない、しらない。全部しらない。こんなの、私は。

 怖い、こわい、こわい、こわいこわいこわいこわい……!

 いやだいやだいやだいやだ!!

 もう、いやだ!!


「――消えて!!!」


 気づいたら、声の限りに叫んでいた。

 叫んだことにも、声が鼓膜を揺らしてから気づいたと言ってもいい。

 目をつぶって、耳をふさいで、何も見えないように、何も聞こえないように。

 全部なくなっちゃえばいいと思った。

 こわいもの、すべて。私を追いつめるものすべて。




 瞬間、まぶたを透かすほどの、強くしろい光を感じた。




 一切の音がなくなった。

 今まで聞こえもしなかった風の音がびゅおおと鳴っていて、それだけ他の音が消えてなくなったのだと遅れて気づいた。

 何がどうなったのか、知りたくて、でも知りたくなくて、目を開けるのが怖かった。

 ぶるぶると震える手を、ゆっくりと耳から外す。


「マリア……さま……」


 その声が、教育係のものだと、すぐには理解できなかった。

 それくらい、いつもと違っていたから。

 どうしてそんな声を出すの? いったい何が起きたの?

 不安が限界値を突破して、私は薄目を開けてあたりを確認した。


「………………え」


 全部、消えていた。

 いや、全部というのは語弊がある。

 教育係や、周りにいた人はいる。町の人たちも。みんな一様に呆然としているけれど。

 さっきまで、町を縦横無尽に走って、破壊の限りをつくしていた魔物の姿が、どこにもない。

 赤紫色のイノシシは、ただの一匹も、いなくなっていた。

 まるで最初からそこには何も存在していなかったかのように。けれど、その爪痕ははっきりと残したまま。

 見渡せば、町全体にCGで星を散りばめたみたいに、しろい光がいくつも浮かんでいる。

 それはだんだんと輝きを弱めていき、やがて風にまぎれるように消えた。


「ゆ、勇者様だ……」

「勇者様が、お助けくださった!」


 しばらく呆然としていた周りが、一斉にわいた。

 我先にと私を取り囲むように集まってきて、このままだと胴上げでもしかねない勢いだ。

 お祭り騒ぎと言ってもいいかもしれない。

 町は破壊されまくっていて、そこらへんにゴロゴロと倒れている人や、死んでいる人もいる状況なのに。

 誰も彼もが興奮していて、冷静な判断ができていないようだった。それはもちろん、私も。

 教育係が周りからかばってくれたのがわかったけど、私は何も言えなかった。何も反応できなかった。


 私は、今、何をした?


 消えてって、叫んだ。願った。

 そうしたら本当に、消えてしまった。

 全部、何十匹も、もしかしたら百匹以上いたかもしれない魔物が。

 願いを現実にする勇者の、神の力、と教育係は言っていた。

 本当に、私には、そんな力が……?


 嘘だ、私はただの、ごくごく普通の女子高生なのに。

 パラパラマンガを描くのが好きで、雲の形をものに見立てるのが好きなだけの。

 生姜焼きだって聞いたら、ウキウキしながら家に帰っちゃうような、本当にどこにでもいる女子高生だったはずなのに。

 おかしい、こんなのおかしい。

 願いが、言葉が、現実になるなんて。


 どうしよう、どうしよう。

 私は、なんて恐ろしい力を手にしてしまったんだろう!

 こんなの、人が持っていたらいけない力だ。

 本当だ、これが神の力なんだ。


「ありがとうございます、勇者様……!」


 気づけば、目の前には他の町民とは服装の違う、裕福そうなおじさんがいた。

 この町の中でも特に偉い人だろう。領主とかかもしれない。

 頭を下げられても、私は何も言えなかった。

 手を取ってお礼を言われても、なんの反応も返せなかった。


「これで世界は救われるな!」


 一緒に来た術士の一人が、テンション高くそんなことを言った。

 周りも同じように浮かれてるのか、うんうんと力強くうなずくばかり。



 私はこの人たちのことも、言葉ひとつで、消すことができてしまうんだ。







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