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05 「なぜ、魔王を倒しに行かない」



「おまえ、バカなのか」


 はーいー?

 私は表情を取り繕うことなく、そのまま思いっきり顔をしかめた。

 午後のティータイム。人払いをした部屋にやってきたのは、十二歳か十三歳くらいの少年だった。

 ずるずるとした灰色の服は、なんとなく見覚えがある。たぶん、召喚されたときだったかな。


「……しつけがなってないようね、お坊ちゃん」

「誰がお坊ちゃんだ! おれはイレ・ディエスヴィシスラーグ。この王都の結界を支えている一の柱だ」


 ってことは、魔法使いか。この世界では術士って呼ぶんだっけ。

 私を召喚したのは、十人以上の神官だった。神官を補助していたのが、術士とかってやつらしくて、取り囲むみたいにとにかくたくさんいたのを覚えている。

 結界を支えているってことは、術士の中でもだいぶ力が強いんだろう。いわゆるエリートってやつ? あの場にもいたのかな?

 こんなにちびっちゃいのにねぇ。


「へ~え、そんなお偉いお坊ちゃんが、私になんの用で?」

「だから、お坊ちゃんじゃない! おまえの真意を問いにきたんだ」

「真意って何さ」


 優雅に桃の香りのする紅茶を飲みながら、私は尋ね返した。

 まあ、なんとなーく予想はつきますが。


「おまえは勇者だろう。なぜ、魔王を倒しに行かない」

「魔王を倒す気がないから」

「なぜだ!」


 心底不思議そうな、不満そうな鋭い声。

 チロリ、と少年術士を一瞥すれば、今にも噛みつかんとする子犬みたいな顔をしていた。


「なぜ? なぜって何? 私は私の考えを聞かれたから、答えただけだよ」


 理解されるとは思っていない。

 この世界の人とは、根本的に相容れない部分がある。キリ除き。

 それは、この世界の人が私を勇者として見ている以上、仕方のないことだった。

 認識の違い。価値観の違い。

 両者には途方もなく深い溝が、横たわっている。


「わけがわからない! 魔王を倒さなかったら、この世界は滅ぼされるんだぞ!」

「そんなの私には関係ない」


 キッパリと、私は言いきった。

 結局のところ、この世界のことなんてどうだっていいんだ、私は。

 勝手に喚ばれて、巻き込まれただけ。この世界を救う義理なんてどこにもない。

 できもしないことを期待されても困るだけだ。私にはできないよ、ってずっと言っているのに、誰も聞こうとしない。

 これ以上私にどうしろって? 他に何を言えばいいの?

 『魔王を倒しに行きます』。それ以外の言葉は全部無視ですか?


「おまえ……バカなんだな」


 少年術士は呆気にとられたように、力ない声でつぶやく。

 当然ながら再度バカと言われれば腹も立つ。私は眉間のしわを深めた。


「あんたに言われる筋合いないんだけど」


 いきなりやってきていきなり難癖つけられて、なんのこっちゃってやつだ。

 まあ難癖じゃないと言えば難癖ではないかもしれない。こっちの世界の人たちの常識に当てはめれば、バカなことをしてるんだろう。

 でも私は違う世界の住人だし、少なくとも投げかけられて気持ちいい言葉じゃない。

 バカって言ったほうがバカなんだ、なんて言葉だってあるくらいだしね。

 しかも、年下にバカって言われるのは普通よりも1.5倍くらいムカつく。これは完璧な感情論だけれど。


「おれは最年少で王宮術士団に入ることができた。一の柱という名誉も賜った。しかしまだ若輩者だ。まだまだ、学ぶべきことがある。まだまだ、おれはやりたいことがあるんだ。世界を滅ぼされるわけにはいかない」


 おうおう、それはまた、将来有望なお坊ちゃんだこって。

 こういうのをなんて言うんだっけかな。左うちわ? なんか違う気もするけどどうでもいい。

 そりゃあ、世界が滅びてほしい人なんてそうはいないだろうさ。よっぽど世界に絶望してるんじゃなきゃ。

 だからって何? その人たちの願いを私が一心に受けなきゃいけない道理でもあるの?


「それはあんたの都合でしょ。私になんの関係があるの」

「おまえの肩に、世界が、世界中の人間の命がかかっているんだぞ」


 何が逆鱗に触れたのか自分でもわからないけれど、私は猛烈にカチンと来た。

 テーブルを叩いて立ち上がると、ガッチャンと音を立ててティーカップが倒れた。

 茶色いシミがテーブルクロスに広がっていく。

 まるで、急速にもやもやが広がっていく私の心みたいだ。


「あんたに何がわかるの! そんなに言うならあんたが倒しに行けばいいでしょ!」


 真っ向から少年術士を睨み据えて、私は怒鳴った。

 子ども相手に大人げないかもしれないけれど、私とそこまで違うわけじゃないだろうから、手加減はしない。

 というか、手加減とか考えられないくらいに、過去最高潮に苛立っていた。


「倒しに行けるならとっくに行っている。人にはできることとできないことがある。おれはそれを知っている」


 少年術士の静かな声は、明らかに私を責めるものだった。私を睨む鋭い瞳がとんでもなく神経を逆撫でする。桃の紅茶の香りがイヤに鼻につく。

 全神経が尖りまくってて、感知できる何もかもに不快感を覚えた。


「おれにはできない。おまえにはできる。なのになんでやらないんだ。なんで逃げるんだ。やる気がないならおれにその力をよこせよ!」

「あげられるならあげたいよ! 私にはこの世界がどうなったって関係ないんだから!」

「関係ないわけあるか。この世界が滅びたらおまえだって死ぬんだぞ!」


 容赦ない正論に、私はぐっと奥歯を噛みしめた。

 そうだよ、そんなの知ってるよ。

 帰り方がわからないんだから、このまま帰れなかったら、私はこの世界と心中することになるんだよ。

 知ってるよ、知ってたけど考えたくなかったよ。

 私は、ただの、女子高生、なのに。


「そっちが……そっちが、勝手に連れてきたくせに! 誘拐犯! なんで、なんで私が……っ!」


 私が、何をしたっていうんだ。

 声が詰まった。これ以上、何か一言でも口にしたら、一緒に嗚咽もこぼれてしまいそうになったから。

 人目もはばからず泣き喚いてしまいそうで、でもこんな奴の前では絶対に泣きたくなくて。

 私は少年術士に背を向けた。


「おいっ!!」


 声が背中にぶつけられるのもかまわず、私は窓から飛び降りた。

 これくらいの高さ、今の私ならなんてことない。

 難なく着地して、見上げれば、少年術士が窓から身を乗り出してぽかんとアホ面をさらしていた。

 ふんだ、ざまあみやがれ。

 本当はアッカンベーをしたいくらいだったけれど、そんな余裕もなくて、私はまた背中を向けて駆けだした。


 今はただ、誰もいないところに行きたかった。







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