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いつかの夜明け前の、勇者と魔王

書籍化告知記念SS。4月2日発売です、よろしくお願いします。

詳しくは活動報告にて!


本編12話以降、15話以前くらいのお話。



『勇者様、どうかこの世界をお救いください』


――うるさい。


『マリア様、貴女には力がある!』


――うるさい。


『ありがとうございます、勇者様……!』

『これで世界は救われます!』


――うるさい、うるさい、うるさいっ!!


『おまえも勇者の力の偉大さを身を持って知っただろう』


――怖いものも、嫌なものも、ぜんぶぜんぶ、消えてしまえばいいのに!






 ハッと目を開くと、そこは魔物に襲われている町ではなく暗い室内だった。

 ぼんやりした頭で、夢だったんだとゆっくり理解する。

 荒い息を整えるために深呼吸しながら、私は溺れかけた人のようにすぐ傍のぬくもりにすがりついた。


「……まりあ?」


 頭上から眠そうな声で呼ばれたかと思うと、そうすることが当然のように抱き寄せられた。

 あたたかなぬくもりに包まれて、私はようやくほっと息をつく。

 意思とは関係なくボロボロこぼれる涙も、ドクドクと嫌な音を立てる心臓も、カタカタと小刻みに震える身体も、まだ元には戻らない。

 でも、このぬくもりがあれば大丈夫だと、そう信じることができる。

 キリは私にとって、この世界で唯一の希望だ。


「起こして、ごめん……」


 私はそろそろと顔を上げながら謝る。

 キリは私を見下ろしながら、ふんわりとまだ眠気の残る微笑みを浮かべた。


「こわい夢でも見た?」


 嘘をつく理由もなくて、私は素直にこくんとうなずいた。

 記憶と誇張と私の恐怖心が入り交じった夢だった。

 私を勇者として求める声。勇者の力を発動してしまったときの人々の喜びよう。私はそれがこの上なくわずらわしくて……そうして、私の望み通りにすべてが消え去ってしまう夢。

 教育係も、侍女も、少年術士も、……キリすらも。

 世界そのものが消えてしまったかのような無音に、ひとり取り残されてしまう、絶望的な孤独。


「大丈夫、大丈夫」


 キリは少しぎこちない手つきで、ぽんぽんと背中を軽く叩く。

 相変わらず微妙に下手くそだけど、その分余計に優しさを感じる気がする。

 その言葉にはなんの根拠もないのに、何も解決していないのに、キリに言われるだけで本当に大丈夫に思えてくるから不思議だ。

 とくんとくんと、少しずつ心臓も落ち着いてくる。

 でも、安心すればするほど、逆に涙は止まらなくなった。 


「私、勇者の力が、おそろしい……」


 涙でかすれた声で、心のままに弱音を告げる。

 甘えすぎだとわかっていても、キリが受け止めてくれるから、無限に寄りかかってしまう。すがってしまう。


「使い方を間違えたら、それこそ世界を滅ぼせちゃうかもしれない。嫌いって気持ちだけで人を消せちゃうかもしれないなんて、こわい、よね……」


 少しでも震えを止めたくて、ぎゅうっとキリに抱きつく。

 もっともっととぬくもりを求めてしまうのは、ここに自分以外の人がいると、実感したいから。

 夢の中で経験した、完全な無音。

 ひとつとして生命の呼吸を感じない空間だった。

 勉強をさぼっていたせいで、私は勇者の力をよく知らない。正直、信じてない部分もあった。

 けれど、あの夢はもしかしたら、ありえる未来かもしれないんだ。


「マリアは優しいね」

「優しいんじゃない、臆病なんだよ。悪者になりたくないの」


 私に勇者であることを求めてくるこの世界の人たちを、うるさい、わずらわしい、と思ったことは一度や二度じゃない。

 でも、だからって消してしまいたいとは……殺してしまいたいとは思わない。

 普通の人なら、よほどのことがないと人を殺そうなんて思わないだろう。それは、優しい優しくないっていう次元ではなく、私にとって至極当然のことだ。


「この世界の人からしたら、今の私は充分悪者なんだろうけど……」


 勇者としての務めを果たさない勇者。

 もしかしたら、私がぐずぐずしている間に、どこかで魔物によって失われている命があるかもしれない。

 私はすでに、消極的なひとごろしなのかもしれない。

 それでも、選べない。目の前の、私にとって大事な大事な命を奪う事なんて考えられない。

 今は、もう何も考えたくなかった。


「マリが気にすることじゃないよ」


 背中にあった手が、今度は私の頭を不器用に撫でる。

 この、キリのおっかなびっくりといった手つきが、私には妙に心地いい。

 宝物のように大事にされているような気持ちになるから。


「……キリこそ、優しいよ。優しい通り越して、私に甘すぎる」

「マリアにだけだよ」


 にっこり、とキリはきれいなきれいな笑みを浮かべる。

 こういうときのキリは冗談を言っているように見えないから始末に負えない。

 不覚にも、少しドキッとしてしまった。


「……ほんと、天然なんだか女ったらしなんだか」


 ぶつぶつつぶやきながら、キリの胸に顔をうずめる。

 ふと、キリはれっきとした異性なんだと思い出す瞬間、私の心はなんだか少しそわそわとするようになった。

 唐突な甘い言葉のおかげで涙が止まったのは喜ぶべきだろうか。

 気づけば震えも収まっていて、呼吸もだんだん元通りになってきていた。


「落ち着いた?」

「うん、ありがとう。だいぶ落ち着いた」


 少しぎこちなかったかもしれないけど、私は笑顔でお礼を告げた。

 キリも笑い返してくれたものの、私を抱きしめる腕がゆるまることはない。

 自分から抜け出そうとしない時点で、半分くらい強がりだっていうのがバレてしまっているのかもしれない。

 いいのかなぁ、と思う自分が半分。

 もうちょっと、と思う自分も半分。

 本当に、私はキリに甘えすぎだし、キリは私に甘すぎだ。


「ごめんね、こんな。人肌がないと落ち着けないなんて、子どもみたいで恥ずかしい」

「恥ずかしいことなの?」

「そりゃあ、普通はこんなこと、この年になるとしないし」


 中高生になると、よほどのことがないと家族とだって一緒に寝たりはしないだろう。

 抱き合ったり一緒のベッドに寝たりするとしたら、それはいわゆる彼氏彼女という関係のはず。

 もちろん、今は普通ならありえないような非常事態ではあるけども。

 それがどこまで免罪符になるのか、男女のあれこれを経験したことのない私にはよくわからない。


「そうなんだ、こんなに気持ちがいいのに」


 キリはそう言いながら少し体勢を変えて、私のこめかみにすりっと頬を寄せた。

 ぎゅっと心臓が一瞬縮こまったように感じたのは、いったいなんなのか。


「……キリ、それ一歩間違えたらセクハラだからね」


 その言葉も、行為も。

 今は私のほうが一緒に寝てほしいってお願いしてる立場だから、何も言えないけど。

 キリこそ私が異性だってことを忘れてるんじゃないだろうか。


「マリは気持ちよくない?」

「まあ……あったかくて気持ちいいけど」


 それは悔しいことに否定できない。

 今、キリのぬくもりがあるから、私はなんとか壊れずにいられている。

 魔物の脅威を思い出して震える夜を、勇者の力を恐れる孤独な夜を、何度も何度もキリにすくわれながら越えている。

 私にとってキリは友だちで、とてもとても大事な人で……やっぱり、希望で。

 たまにドキドキして居心地の悪さを感じることがあっても、そのぬくもりを手放すことができない。


「うん、あったかい」


 そうしてキリは、ふんわりと、毛布よりもやわらかく笑った。

 なぜか、いつも浮かべている笑顔とちょっとだけ違うような、そんな気がした。







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