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4 「何か……その、思い出さない?」



 少し早い夕ご飯を、食べ放題形式のお店で取った。

 そこは新鮮野菜が売りらしく、サラダのコーナーがすごい豪華だったけど、普通の食べ放題にあるような肉料理やパスタ、デザートなんかも豊富で、気になるものを全部食べきることはできなかった。

 ふかふかのパンは、ヨセフさんの焼いたパンの味を少し思い出した。

 だからキリはここを選んだんだろうか、と思ったけど、それはただ、そうだったらいいっていう私の勝手な感傷でしかないのかもしれない。


 お店を出て、駅前広場から続くイルミネーションを眺めながらゆっくり歩く。

 人が多いからとつながれた手は、そこだけ夏が訪れたみたいに熱くて、キリに変に思われないかと心配になるレベルだ。

 空はもう真っ暗で、太陽の光はほんの一筋も差してはいなくて。

 夜、と言うべき時間。


 いつだろう。いつだろう。

 まだだろうか。あと少しだろうか。一分後だろうか一時間後だろうか。

 今の私の目にはイルミネーションなんて映っていない。

 ただ、時が満ちる瞬間を、今か今かと待っている。

 こんなことなら正確な時刻を決めておけばよかったと思う。

 気づいたら立ち止まっていた私の足は、キリにそっと手を引かれてまた動き出した。


「マリア、どうかした?」

「ど、どうかって」

「なんだかそわそわしてるから」


 自覚のありすぎる指摘に、私はぐうの音も出ない。

 そんなに私はわかりやすいんだろうか。


「……なんでも、ない」


 今は、そう言うしかない。

 まだ何も思い出していないキリに、異世界がどうの、魔王がどうのなんて、話せるわけがない。

 頭がおかしくなったんじゃないかって思われるのがオチだ。

 ほんの少しの時間でも、キリに奇妙な目で見られるのは耐えられそうにない。


 イルミネーションの通りを歩ききって、森林公園にたどり着いた。

 入り口のほうは簡単に電飾で飾られていたけれど、公園内はそのままらしく、背の高い木が多くてちょっと不気味な雰囲気が漂っている。

 来た道を戻るのかと思ったら、キリは私の手を引いて園内に入っていった。

 鬱蒼とした木々があんまり怖くないのは、塔の上から見下ろしたあの森を思い出すからだろうか。

 くねくねとした散歩道を歩いてすぐ、適当なベンチに腰を下ろす。

 つないだ手は、そのままで。


「イルミネーション、きれいだったね」

「う、うん……」


 正直、ほとんど覚えてない。

 でもそんなことは言えないから、うなずくことしかできない。


「青と黄色と赤の電飾が巻かれてた木は、信号機みたいだったけど」

「そうだね」


 あったっけ、そんなの。と思いながらも話を合わせる。

 信号機、見てみたかった。惜しいことをしたかもしれない。

 ぼんやりそんなことを考える私に、キリはスッと目を細めた。


「マリア」


 呼ばれて、ドキッと心臓が跳ねた。

 いつもと同じ、はずなのに。

 まるで、あのときに戻ったような感覚になったのは、なぜだろう。

 こんな暗い中でキリと目を合わせるのが、異世界での最後の日以来だからかもしれない。


「残念、信号機みたいな木はなかったんだ」

「キリ……」


 カマをかけられた、ということか。

 こっちの世界では優しいキリしか見てなかったから、どこか懐かしい。

 かつて、殺してもらうために私に優しくしていたキリ。

 あのときでも嘘はつかなかったから、今のほうが格段にレベルアップしている。

 私はまた、キリの手のひらの上だ。


「イルミネーションなんて、全然見てなかったよね。何を考えてたの?」


 つないでいるのとは反対の手が、私の頬に触れる。

 新緑の瞳が、私の心の奥まで覗き込むように、じっと見つめてきて。

 視線を、そらせない。


「僕と一緒にいるのに、心ここにあらずで。ちょっと寂しかったよ」

「ご、ごめん……」

「悩みごとでもあるの? 僕には、言えないこと?」


 悩みごとと言えばそうかもしれない。

 キリがいつ思い出すのか、わからなくて怖い。

 私を見る目がどう変わるかが、わからなくて、怖い。

 早く思い出してほしい。早く判決が欲しい。でも知りたくない。逃げ出してしまいたい。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、それでもわかることがひとつある。

 どんなに怖くても、逃げたくても、私は。

 すべてを思い出したキリに会いたいんだってこと。


「ねえ、キリ。何か……その、思い出さない?」


 こうなったら、キリに変に思われない範囲で、確認するしかない。

 もしかしたら思い出すために何かきっかけが必要なのかもしれない。

 私と話すことで引き金になるなら、少しでも刺激になることを言う必要がある。


「何かって?」

「えーと。今日、いつもと違うなーって思うこととか、なかった?」

「いつもと違うこと……なら、マリアの態度かな」

「そういうことじゃなくて……」


 どう言えばいいんだろう。

 不思議そうに首をかしげるキリに、内心あせる。

 どこまでなら突っ込んだことを言って大丈夫なのか、判断がつかない。

 クリスマスの、夜。

 それはもう、とっくにやってきているはずなのに。


「なんか、ファンタジーな夢を見たりだとか、なかったかなって」


 キリの瞳が、見開かれる。

 あ、失敗したかも。瞬時にそう思う。

 その目が奇妙なものを見る目に変わるのを見たくなくて、私はぎゅっと目をつぶった。


「もしかして、マリア」


 視界がさえぎられた分、聴覚に五感が集中する。

 キリのその声は、少し震えていた。


「『今日』に、設定してたんだね」


 え、それは、どういう。

 私は呆気にとられて、気づけば目を開けていた。

 苦笑しようとして、うまくできなかったみたいな、泣きそうな顔をしたキリがそこにいた。


「一年半後か……たしかに、そのくらいあればこの世界になじむことができるって、考えてもおかしくないね。実際、なんとかこうして日々を過ごしているし」

「……キリ?」

「マリアが今日、思い出してほしかったのは、異世界の魔王としての記憶?」

「どういう……こと……?」


 理解が追いつかない。キリの言葉が右から左へ流れていく。

 ねえ、気のせいかな。

 私を見つめる新緑の瞳が、あのころと同じ、熱を持っているのは。


「僕が、もうずっと前に、あっちの世界の記憶を思い出していたということ」


 明言されて、ようやく、脳みそが再起動を始めた。

 今、私の目の前にいるのは。

 幸松希理でもあり、かつてのキリでもある。



 私が待ち望んでいた、キリなのだと。







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