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18 「おまえだけが、おれたちの希望なんだぞ!」



「さて、いくつかお聞きしたいことがございます。よろしいですか?」


 ルルドに案内してもらって宿に向かう道中で、二人が私を捜して町にいたらしいことを聞いた。

 私がいなくなったあの日から、それなりの人数を動員して毎日朝も夜も捜し回ってくれていたらしい。

 手紙書いたのに、と言うと、だからといって放っておけるわけがないでしょう、とルルドにため息をつかれた。ごもっともです。

 宿について、部屋に入ってから、ルルドの指示でイレが遮音の術をかけた。これでこの部屋の中の音は外にもれないそうだ。聞かれたくない話をするときにピッタリの魔法だ。

 話をする状況が整ってから、ルルドはそう、前置きをした。

 来たか……と逃げ腰になりながらも、しょうがないと腹をくくって、私はうなずいた。


「今日はどうして町に? 来る予定ではなかったご様子でしたが」

「ええと、まだ力のコントロールがうまくできてなくて。事故、みたいな?」


 事故、だよね?

 だって私は城下町に行きたいと願ったわけじゃない。

 私が願ったのは、別のこと。


「勇者の力は願いに反応します。転移する直前、何を願いましたか?」


 やっぱり、聞かれるよね……。

 勇者の力の原理を知っているなら、当然の疑問だ。

 でも……魔王を人間に戻す方法、なんて言えるわけがない。

 しばらく黙ったままでいると、はぁ、とルルドは小さくため息をついた。


「答えられませんか。では、質問を変えます。今までどちらにいらしたんですか?」


 魔王の城です。

 なんて、答えられるかあああああああ!!!

 さすがにそれを言っちゃいけないことくらいは私にもわかる。

 正直に言ってしまえば、魔王側に寝返ったと思われても仕方ない。

 そもそも私は味方だったつもりもないけど、そんな理屈は通じないだろうし。


「黙っていないで何か言ったらどうなんだ」


 鋭い声に、ビクッと肩が跳ねてしまう。

 くそう、イレめ。相変わらず態度悪いな……。

 この場合は、だんまりな私のほうが態度悪いのかもしれないけども。


「イレ、貴方こそ黙っていてくださいと言ったはずですが」

「……っ、だが!」

「威圧していては余計に彼女の口が重くなるだけです。我々は彼女に助力を乞うている立場だということを忘れてはいけません」


 私でもわかるくらいはっきりとかばわれたことに、少し驚いた。

 ルルドってこんなに優しかったっけ、なんて思ってしまう。私を追いつめてもいい結果にはならないって学習したのかな。

 かばわれてほっとすると同時に、逆に申し訳なくなってくる。

 だって、そんなふうに下手に出られても、私は……。


「どうしても、帰ってくるつもりはないのですね」

「……うん」


 小さく、うなずいた。

 はぁ、とルルドはため息をつく。でもそれは悪い感じのするものではなかった。


「心配しました」

「……ごめん」


 城にいたときは突っかかっていたばかりいたルルドにも、今は素直に謝ることができた。

 あんな、誰にも何も告げることなく、逃げて。

 いっぱいいっぱい迷惑をかけただろう。

 それでもこうして、心配してくれて、捜してくれて。

 たぶんそれは私が勇者だから、なんだろうけど。もちろんわかってるけど。

 それでも、うれしいって思ってしまう気持ちも、ちょっとだけあった。


「転移術は一度行った場所でないと使えない。貴女の行動範囲は狭いので、城下町にいると思っていました」


 へ~え、その法則は知らなかった。

 でも、キリは私の部屋に来たことはなかったはずだし、勇者や魔王には当てはまらないのかもしれないな。


「すぐに見つかるだろうという予想は裏切られ、手紙が届いて以来消息はつかめませんでした。その様子からして衣食住は確保していらっしゃるようだ。どうやら保護している者がいるようですね」


 その推測は正解。でもそれが誰かまでは見当がつかないみたい。

 やっぱり、まさか勇者が魔王の元にいる、なんて考える人はいないよねぇ。

 そもそも魔王が人の姿をしていることくらいしかわかっていないんだから、当然か。

 意思の疎通ができることすら知らないのかもしれない。

 魔王は普通に人に混じって町を歩いてたよ、なんて教えたら、どんな大騒ぎになることやら。

 言わないし、言えないけどさ。


 魔王は悪しき存在。世界を穢し、滅ぼす存在。

 何度も何度も、繰り返し聞かされてきた。

 そんなふうに頭から信じきっている人たちに、キリのことを話したりできるわけがない。

 考えたくないけど、交友があるなんて知られたら、中世ヨーロッパでの魔女裁判みたいに処刑されたりとか……ありえないとは言えない。

 ルルドだけなら、もしかしたら冷静に話を聞いてくれるかもしれないけど、イレは確実に無理だろう。


「私は……やっぱり、魔王討伐なんて、できない。それだけの力はあるのかもしれないけど、私はこの力が、怖い。人に向けてなんて、絶対に使えない」


 言えることは多くない。でも、嘘は言いたくなかった。

 まだ全然制御できていない勇者の力。それでもちょっとずつ使えるようになってきているのは、傷つけるためじゃなく生むために使っているからだ。

 そういう訓練をさせるキリは、きっと私が勇者の力をどれだけ怖がっているか、わかっているんだろう。

 それまであったものを、勇者の力で消してしまえる恐怖。簡単に人を傷つけることのできる恐怖。それは、自分で自分に枷をかけた今でもまだ消えない。


「魔王は人間ではありませんよ」

「そんなの……!」


 私は思わず声を上げて、席を立った。椅子がけたたましい音を立てて倒れた。

 キリは、キリは人間だった!

 魔王だって生きてる!

 言えない言葉が、絶叫が、心の中で反響した。


 そりゃあ、ご飯を食べなくても大丈夫、なんてふうに人間離れはしてるけど、普通に笑うし、普通に寝るし、普通に身体はあったかいし、普通に好き嫌いがあるし、普通に……。

 両親の死を、悼んでいて。きっと、魔王の力を恨んでいる……。

 そんな、普通の心を持った人間だ。

 そうだよ、今だって、魔王の力という強大な力を持ってしまった今でも、キリはちゃんと人間なんだ。

 私が、勇者の力を持っていても、ただの女子高生なのと同じように。


「人の、姿をしてるなら、やっぱり無理なんだよ……」


 声が、震えた。

 キリのことを思うと、涙がこみ上げてきた。

 人間の心を持ちながら、キリは魔王でもあって。魔王だけど、やっぱり人間で。

 どれだけ、つらいんだろう。

 自分の力が世界を滅ぼすって、どんな気持ちなんだろう。


「おまえは……」

「イレ」


 言いつけを守って黙っていたイレが、また、口を開いた。

 ルルドが咎めるように名前を呼んでも、イレは止まらない。


「おまえにとって、この世界は本当にどうでもいいものなのか? 救う価値もない世界なのか? なんの犠牲もいらない。ただ願うだけで叶うんだぞ。それを厭う理由がどこにある」

「イレ、それ以上は」


 ガタンッと音を立ててイレも立ち上がった。それに続いてルルドも席を立つ。

 犠牲なら、ある。キリの命だ。

 私がこの世界で何よりも大事に思っていて、何よりも失いたくないもの。

 イレはそれを知らない。私が言ってないんだから当然のこと。

 でも、何も知らないくせに、って思ってしまうのはどうしようもない。


「おれは嫌われているだろうさ。だが、他にいなかったか、おまえに優しくしてくれた者は。おまえが少しでも救いたいと思った者はいなかったか? この世界が滅んで、おまえは後悔しないのか? この世界と心中したいのか?」

「イレ、落ち着いて。一度城に戻りましょう」


 私に一歩近づくイレの肩を、ルルドがつかんで止める。

 優しくしてくれた人。救いたいと思った人。

 本当に皮肉だよね。それは両方とも、倒すべき魔王を指してる。

 キリを……救いたい。

 死んでほしくない。しあわせになってほしい。

 ごはんがおいしいって笑って、空がきれいってまた笑って。本当になんでもないようなことで、ずっと笑っていてほしい。

 世界の存亡なんて関係ないところで生きていてほしい。

 魔王として背負うことになってしまった何もかもを、なくしてあげたい。


「おれは、死にたくない。それ以上にこの世界に滅んでほしくない。刺し違えてでも魔王を倒すことができるなら、おれはきっとそうした。だが……無理なんだ。魔物にすら手間取る一介の術士には」


 心の奥の奥、ぐらぐらと汚いものや黒いものが煮詰まっているところからしぼり出すような、そんな声。

 わかりたくなかったけど、わかってしまった。

 無力な自分を悔やむ心が。

 どうしようもなくもどかしく、苛立たしい気持ちが。


「おまえが、おまえだけが、おれたちの希望なんだぞ!」


 悲痛な叫びが耳に突き刺さる。

 そうして、私はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

 イレの手が、私に伸ばされるのを。

 彼の周囲に魔力が渦巻き始めたのを。

 イレ! というルルドの焦ったような声がしても視線をそらせなかった。

 不思議と恐怖はなかった。そんなことを考える暇もなかっただけかもしれないけど。

 傷つけられるのか、王城に飛ばされるのか。

 術を行使しようとしている手が、私に触れる、一瞬前。

 私の周りをしろい光が取り囲んだ。


 まばゆい輝きに思わず目をつむった私は、遠くで二人の声を聞いた。

 なんて言っているかはわからなかったけど、必死な様子だけは伝わってきた。

 それに耳を澄ませようとしても、すぐに音は消えてしまって。

 次に目を開けたときには、もう私は、魔王城の自分の部屋に戻ってきていた。

 部屋は私がいなくなるまでと何も変わらず、スマホもテーブルの上に置かれたままだった。

 ただひとつ変わっていたのは、そこにキリの姿があることだけ。


「おかえり、マリ」


 変わりのない微笑みを浮かべたキリに無性にほっとして、でも、とっさに口を引き結んだ。

 ただいま、と返すことはできなかった。

 私が帰る場所は、やっぱり元の世界だから。

 どんなにキリが大切でも。どんなにキリを救いたくても。

 私は日本に帰りたい。家族の元に帰りたい。それは変わらない。



 ねえ、リーリファ。私は欲張りかな。

 全知全能の女神様、もしいるなら答えてよ。

 私は、どうしたらいい?







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