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01 「私はごくごく普通の女子高生です!」



「勇者様ー! どうか我々をお助けくだされー!!」

「やーだー!!」


 今日も今日とて異世界版鬼ごっこが始まる。

 逃げるのは私一人。鬼は神官とか騎士とかこの国のお偉いさんとか、とにかく大勢。

 そんなの勝ち目がないだろうって思うでしょ?

 ところがどっこい、これがまったく捕まらないんだなぁ。


「魔王を倒せるのは勇者様だけなのですぞー!」

「そんなの知らん!!」


 背後から追いかけてくる声に、反射的に言葉を返す。

 前方に視線を戻して、いいものはっけ~ん、と私はニンマリした。


「えいやっ!」


 助走をつけてジャンプして、背の高い木に飛び移る。

 ぶっとい枝を踏み台に、今度はまた別の木に。

 いくつかの木を経て、城壁の上まで来ると、ずいぶん離れたところで口をあんぐりと開けている鬼たちを見下ろした。

 毎回毎回同じようなことを繰り返しているのに、毎回毎回同じような反応だ。

 そろそろ私を捕まえるのは無理だって、あきらめてくれたっていいのに。

 私はキリッとした顔を作ってから、思いっきり息を吸い込む。

 それから、大きく口を開けて、力の限りに叫んだ。


「私はごくごく普通の女子高生です! 魔王と戦ったりなんてできません!!」


 ごくごく普通の女子高生が、どうやったら精鋭ぞろいの面々から逃げおおせられるのか。

 そこは、つっこんじゃいけない。

 新条 真理亜、近々十七歳の誕生日を迎えるはずだった高校二年生。趣味は絵を描くことで、よくやる遊びは教科書の端にパラパラマンガを描くことと、雲の形をものに見立てること。

 RPGで言うところのクラス的なものをあえて答えるとしたら、平凡女子高生。

 ついでに今は、どうやら『勇者』という肩書きも、ついてしまっているみたいです。



  * * * *



 さてと、どこから説明すればいいやら。

 ことの始まりは、そう、私にとってははた迷惑でしかない、勇者召喚の儀式。

 その日の夕食は、夏バテに負けないようスタミナつけるために豚の生姜焼きよ、とお母さんからメールがあったため、私は上機嫌で鼻歌を歌いながら帰路を急いでいた。

 所属している美術部はそこまで活動に力を入れているわけではなくて、和気あいあいとした空気は過ごしやすいし、何よりあんまり遅い時間まで残らずにすむのもありがたい。

 部活の友だちから借りたマンガを帰ったら早速読もう、なんて考えながら早歩きをしていたら、いきなり足下に魔法陣みたいのが出現して、しろい光が立ちのぼった。

 まぶしくて目を開けていられなくて、両目をかばいながらうずくまって、気づいたらこっちの世界に来ていたというやつ。

 勇者様、我々をお助けくだされ。ラノベなんかで見たことあるなぁ、っていう陳腐な台詞。


 これは夢だ。きっと私は疲れて倒れたんだ。そういえば今日は嫌いな体育があったし。めちゃくちゃ走らされたし。

 そう思った私は、何やら説明を始めようとしていた人をさえぎって、とりあえず休ませてくださいとお願いした。

 でも、寝て起きても、夢は覚めなかった。

 何度寝ても、何度起きても、一向に現実に戻る気配はなかった。

 この世界に持ってこられたのは学生カバンと着ていた制服。カバンの中に入っていた、まだ電池が残っていたはずのスマホの画面は真っ暗なまま。

 異世界に召喚されて、一週間がたったころ。私は渋々、これが夢じゃないことを受け入れた。


「だからってさ、魔王討伐までは、とてもじゃないけど受け入れられないよね」


 この世界の一般常識が書かれた教材をぺらぺら眺めながら、私はぶーたれる。

 書かれているのはもちろん日本語ではないけど、召喚陣に翻訳機能が付属されてるだとかで、会話だけじゃなく読み書きも不便はなかった。だからって勉強熱心になるわけもないけど。

 やる気のない私に、見目麗しい教育係は額を押さえながらため息をつく。そんな姿すら絵になるからムカつくことこの上ない。

 彼にも初めは色々と言われたもんだけど、今はだいぶあきらめられているような気がする。

 そりゃあ、魔王を倒させたい勢とはこの一ヶ月間、一度ならず衝突してきたし、それ以上に逃げまくってきたし。

 いい加減、説得でどうにかできないことくらいわかってきてるんだろう。


 勉強する気もなく、なんとなくで教材のひとつを手に取る。

 ページをめくってみると、どうやらそれは神話のようだった。

 ああ、これは最初のころに神官がそらんじていたものと同じものかな。

 《晴れや、晴れや》という題名のそれは、この国では子どもでも歌えるくらい有名な一節らしい。


――魔王、目覚めしとき リーリファは異界の勇者を望む

  勇者、まれなる韻 リーリファのたいを得、知を得、りきを得る

  魔王、世界を穢す リーリファは哀れみ、憂い、まがを悼む

  勇者、世界を揺らす リーリファの韻にて魔王を弑す

  世界、響きわたる リーリファは歌う 晴れや、晴れや、晴れやと――


 リーリファとは、この世界の創造主の名前。

 この世界では、数百年に一度、残虐非道な魔王が永い眠りから目を覚ます。

 それを倒すために、神殿が秘術を使って総掛かりで勇者を召喚する。

 勇者召喚は魔王がいるときじゃないと成功しない。昔、私利私欲のために勇者を召喚しようとした国は神の怒りを買い、王宮にどでかい雷が落ちて王様も偉い神官さんも死んじゃったらしい。

 だからって魔王が目覚めればすぐに勇者が召喚できるかというと、そういうことでもないらしく。召喚陣の発動には膨大なエネルギーが必要で、時が熟すのを待たなきゃいけない。

 そしてようやく勇者召喚の儀を成功させられたのが、今回。すでに魔王が目覚めてから十年の年月が経過しているらしい。

 よくはわからないけど、体育の成績だっていまいちだった私が鬼ごっこで負けなしなのは、リーリファの体を得ているから、とかなんとか。

 でもって他に、リーリファの知と力も授かっているから、その三つを用いて魔王を倒せ……ということらしいんだけど。

 そんなもん、知るか。というのが正直なところ。


 勝手に喚ばれて、勝手に役目を押しつけられて、はいはいわかりました任せてください、なんて、私はそんなお人好しじゃない。

 そっちの世界のことなんだから、そっちで勝手にやっててほしい。別の世界の人間巻き込むな。やってられっか。けっ!

 おやおや、少々口が悪うございますよお嬢様。オホホわたくしとしたことが。

 ……本当、やってらんない。


「マリア様、貴女は魔王による被害をご存じですか?」

「知らない」


 非難がましい声で投げかけられた問いに、私は間髪入れずに答える。

 嘘。本当は聞いてる。でも知らない。知らないってことにしたい。

 言ってほしくない。聞きたくない。こっちの世界の現実なんて見たくないったら。


「昨夜もひとつ、町が――」

「シャラーップ!!」


 大声でさえぎると、教育係は目を見開いて硬直した。さすがに驚いたらしい。

 なんだ、結局まだあきらめてなんてなかったのか。めんどくさいなぁ。

 魔王のせいで何が起きてるか聞かせて、同情を買おうっていうんでしょ?

 相手は感受性豊かな子どもだし。放っておけない、って思わせられればめっけもん。

 平穏を取り戻すためにはあなたさまのお力が必要なのです。これも何度も言われたよね。

 我々を見捨てるとおっしゃるのですか。責めるようにそう言ってくる人もいた。

 私の気持ちなんてお構いなしで、求めるばかりの声、声、声。

 ねえ、いったい私になんの義務があるっていうの?

 あ~あ、ほんと、やんなっちゃう。


「ちょっと外出てくる」

「マリア様!」


 制止の声なんて聞かずに、私は窓から外に飛び出した。

 今の私を止められる人なんてどこにもいない。欲しかったわけじゃない身体能力も、こういうときだけは役に立つ。どこに行くのも私の自由だ。

 まあこの世界自体が、おっきな鳥かごみたいなものだけどね!

 鳥かごから出る方法は、誠意捜索中。

 教育係いわく、魔王を倒したら異界への道が開ける、とかなんとか。そんなのどこまで信憑性があるか怪しいものだよねぇ。何しろ前回が三百年以上前のことらしいから。

 そもそも私に魔王なんて倒せるわけがない。できないことを選択肢に入れるほど、考えなしではないのです。


 ぴょーんぴょーんと身軽に城内を移動して、城壁にのぼって、そこからまたぴょーんと飛び降りて。

 あっけなくお城から脱出成功。

 いつもお城になんていたら気詰まりしちゃうからね。こうやってちょくちょく外に遊びに行ったりしてる。

 最初は右も左もわからない世界で怖さもあったけど、好奇心のほうが勝っちゃったし。

 城下町に行くたびに遊ぶお友だちだっている。


「マリ」


 ほら、噂をすれば影。


「キリ!」


 大きく手を振ると、黒い髪の少年は、はにかみながら手を振り返してくれた。







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