小さな罠
長老は全く起きる気配がなく、ポルちゃんにその場を任せて外に出た。
昔、悪事を働いたモンスターと、私が持つ特殊スキルの名前は多分同じ。
これって何か意味があるのかな?
外は爽やかな風が吹いていて、のんびりと時間が流れてる様な気がする。か
大賢者様さえも知らない特殊スキル、ラストノート。
これはどんなスキルなんだろう?
ぼんやりとそんなことを考えながら歩いてたら、足にチクッとした痛みが走った。
何だろうとふくらはぎを見ると、小さな刺のような物が刺さっていたのが見えたので、それを取ろうと手を伸ばしたら、目の前がグラリと揺れ、そのまま倒れてしまった。
「大丈夫かな?」
「だってさ、虫取りの罠に人間がかかるなんて思わないじゃんよー!」
頭の上で小さい子供の声が聞こえてるけど、瞼が重くて目が開かない。
頭も何だかガンガンしてる。
「黄金コガネ、結局捕れなかったね。」
「簡単には捕まんないんだよ、あの虫は。別の仕掛けもあるし、そっちにはかかってるかもしんねーぞ。」
「また人間がかかってたらどうする?」
「人間がかかる方がおかしいんだよ!だって、モンスター界に人間は入ってこれねーんだぞ、普通は!」
「じゃあ、この人間、どうやって入ってきたのかな?」
元気よくハキハキ喋る男の子と、のんびりと可愛い声の女の子っぽい声が話してる。
話の内容からして、相手は人間じゃなくてモンスター。
重い瞼を何とか開くと、眩しい光が飛び込んできて、再び目を閉じた。
ゆっくりとまた目を開いて辺りを見渡すと、草原の中にぽっかり空いた穴に私は落ちてしまった様だった。
「あ、起きたよ。」
頭の上から声がしたので、その声の方を見ると、淡いオレンジ色のリスみたいなのが顔を覗かせてこっちを見てた。
「やっと起きたのかよ?」
オレンジリスの横から、黄色いリスみたいなのが顔を出した。
「人間!自分で出てこいよ!」
黄色リスが偉そうに言ってきた。
ハキハキした話し方の主はこいつか。
「起きれる?人間。」
オレンジリスがのんびりとした声で話しかけてきた。
やっぱり可愛い声。
クラクラするけどなんとか立ち上がると、50cm位の穴から出た。
リス達は私が怖いのか少し距離を置いてる。
「ごめんなさい、人間。僕らが仕掛けた痺れ矢が刺さって、穴に落ちちゃったんだ。」
「デカイくせに痺れ矢で痺れるのが悪い!」
「大きすぎて仕掛けが見えなかったんだよね、人間?」
「デカイと物も見えなくなるんだな!」
そう言いながらも後退りしていく二匹。
私の膝より少し高いくらいの身長で、顔や体つきは縞リスそっくり。
頭のてっぺんから尻尾の先に向かってギザギザの黒い縞が一本走ってる。
爪が異様に大きくて鋭い。
「私、人間って名前じゃないよ?ノベラって言うの。あなた達は?」
極力怖がらせないように、ゆっくりと、優しく話しながら、自分の中で一番優しい笑顔を二匹に向けた筈なのに、途端に二匹の表情が強張ってしまった。
「ぼ、ぼ、僕らを食べても美味しくないよー」
「お、おいらが、あ、あ、相手になってやる!お、お、お、お前なんて、こ、こ、怖くないんだからな!」
言いながらも声が震えてる。
私の笑顔がダメだったの?
それとも話し方?
何だか凹むわ…
「食べたりしないよ…はぁ…ショック…私ってそんなに狂暴そうに見えるのかな?」
頭痛もするからその場に座り込んだら、オレンジリスが恐る恐る近付いてきた。
「本当に食べない?怖くない?」
「チャック!行くなよ、チャック!」
黄色リスが大きな声を出してるけど、チャックと呼ばれたオレンジリスはゆっくりと近付いてきて、ツンっと私の腕をつついた。
もう一度つつき、何かを確認するかのように私の回りをクルッと一回りして、クンクンと匂いを嗅いだ。
「ねえ、ジッパー!ノベラ、すごく良い匂いがするよ!甘い甘い、バターみたいな匂い。美味しそうだよ。」
スカートのポケット辺りをしきりに嗅いでいる。
ポケットに触れてみると、ガサッと音がした。
「あ、そうだ、忘れてた。私、クッキー持ってたんだ。」
ここに来る前の日に貰った、おやつのクッキー。
食べずにポケットにしまったまますっかり忘れていた。
「クッキーだよ?食べる?」
袋を開けてクッキーを取り出して二匹に差し出すと、チャックが目をキラキラさせてクッキーの匂いを思い切り嗅ぎ始めた。
ジッパーは全然近付いてこない。
「本当に食べても良いの?」
「どうぞ召し上がれ」
「わーい!」
チャックがパクッとクッキーに食らい付いた。
「んっ、ふんんっ、ほわぁ…」
クッキーを噛み砕く度に声にならない声を上げるチャック。
こっちの世界にはクッキー無いのかな?
チャックはクッキーを食べ終わると、頬袋的なほっぺをぷっくりと膨らませて、その頬袋を両手で持ち上げながら、まるでクッキーの余韻に浸ってるかのように遠くを見ながら幸せそうに微笑んでる。
「あー、もう、可愛すぎ!ギューってしたい!」
抱きつこうとしたら、チャックの爪がシャキンと音を立てて、今まで見えていた以上に伸びて嫌な光を放った。
「ギューって何?痛いことかな?」
すっごい可愛い笑顔なのに、異様に怖い。
「痛くない、痛くないよ!抱っこしたいなーって事。駄目、だよね?」
「え?抱っこ?抱っこ大好き!いいよ、抱っこして!」
さっきまでの殺気が嘘のように、目をキラキラさせてチャックが嬉しそうに両手を広げて近付いてきた。
「馬鹿!やめろよ、チャック!何かされたらどうすんだよ!こっちに来い!おい!」
ジッパーが大きな声を出してるけど、チャックは気にもとめていないみたいだ。
「じゃあ、遠慮なく。」
チャックをそっと抱き締めると、毛がふわふわで、お日様の匂いがした。
あんまり気持ちよくて、思わずギューっとしたら、なんとチャックの方も私にギューっと抱きついてきた。
頭から背中にかけて撫でてみると、気持ちが良いのかクルクルと喉をならすような音がチャックの喉の辺りから聞こえてきた。
何て可愛い生き物なの?!
あー、幸せー。
この抱っこがきっかけになり、チャックは私にすっかりなついてくれたけど、ジッパーは相変わらず距離を取り続けていて、何かブツブツ言っていた。