長老
どういうわけか、私はモンスターの長老さんの家に行くことになった。
魔法の事を話したら、少し考え込んだポルちゃんが
「私では何とも言えません。なので、長老に会いに行きましょう!」
と言い出したので。
私が使ったであろう魔法は、いけないことだったのかな?
でも、長老の家に行くって事は、モンスターの街に行くって事じゃない?
楽しみだなぁ…
部屋を出て、だだっ広いフロアの隅の柱の前に立つと、ポルちゃんが小さな鍵を柱の中央にスッと差した。
するとそこに、それまでなかった茶色く錆び付いた飾り扉が現れた。
『ギギギギギィ』
耳障りな音を立てながら扉がゆっくりと開くと、中は明るく、箱形の小さなスペースの部屋だった。
「これ、何?」
「おや?ノベラ様はエレベーターを知らないのですか?」
「エレベーター?これが?」
エレベーター。
村にはなかった。
たまに、大きな街に行った同級生が自慢気に話してた。
「これがエレベーターかー!上や下にビューンって動くんでしょ?どうやって動くの?落っこちたりしない?」
「落ちませんよ。アハハ。ノベラ様、子供みたいですね。」
「子供って…私、まだ16だよ?子供って言われてもしょうがない年だと思うけど?」
「そうなんですか?私達はモンスターの年で15になれば立派な大人ですから。」
「そう、なの?じゃあ、ポルちゃんは何歳?」
「私ですか?レディに年齢を聞くのは些か無礼ではあるのですよ?でも、ノベラ様に聞かれては答えないわけにはいかないですね。…はぁ……………26です」
「………ん?」
「ですから、26ですってば!」
「…………え?」
「だーかーらー、26です!何度言わせるんですか!」
「………エー!!!嘘!!!見えない!全然見えないよ!どうなってんの?私よりお姉さんなの?って言うか、ポルちゃん女の子だったの?嘘だ!信じられない……」
「メスですよ、正真正銘………ま、まぁ、モンスターの年の取り方は人間とは違いますからね。人間の時間の流れで言えば、私、まだ13歳くらいでしょうか?」
「…そっちの方がしっくり来るのは気のせい?」
「失礼な!」
ポルちゃんは水色の体を少し赤くしてる。
多分怒ってるんだろうけど、グレープゼリーみたいで美味しそうに見えるのは何故だろう?
「そんなことより、早く乗りましょう。」
ポルちゃんに促されて、初めてエレベーターに乗り込んだ。
嫌な音を立てながら扉が閉まると、明かりが落ち、辺りは星空みたいに小さな明かりが沢山輝き出した。
「うわー、キレイ」
「この光は私達モンスターの命の光だと言われています。光が流れる時、どこかでモンスターがその生を終えるのだとか。」
「じゃあ、この中にポルちゃんの命の光もあるってこと?」
「そうなりますね。でも、どれが自分の命の光かは、誰も知らないんですよ。」
「そうなんだ…キレイだけど、何か悲しいね。」
「そうですか?」
ポルちゃんの命の光が流れないでほしいと思った。
「着きましたね。降りますよ。」
「え?もう?全然動いてた感覚ないんだけど?」
「こんなものですよ?」
パッと明かりが戻り、扉が開いた。
すると、辺り一面に背の高い草が覆い繁る草原が広がっていた。
「え?ここ?」
「はい。さぁ、行きましょう!」
ポルちゃんは慣れた様子で草の中を器用に進んでいく。
私は、何度も草に足をとられながら、何とかポルちゃんに着いていった。
「着きましたよ。ここが長老の家です。ノベラ様はここで待っててください。長老に説明してきますので。」
そう言ってポルちゃんが入っていったのは、ポルちゃんよりも遥かに小さい、草で出来た三角の小屋だった。
草で出来た小さな扉に手をかけると、ポルちゃんの体がみるみる小さくなっていき、そのまま吸い込まれるように中に消えていった。
「どうなってんの?これも魔法?」
待ってろと言われたのも忘れて、私はドアに手を掛けた。
すると、周りの草がみるみるうちに大木のように大きくなっていき、次の瞬間景色が変わった。
草や葉っぱで出来た家具が見えて、ポルちゃんと話してる誰かが見える。
カーキ色の肌に先の尖った大きめの耳、ギョロりと大きな目に少し大きめの口。
机が邪魔で全身が見えないけど、体のわりに手が細長い。
明らかにモンスターだけど、あれは何てモンスターなんだろう?
そのカーキ色のモンスターは私に気付くと、目を細めてこちらを見た。
「おやおや、新しゃい君しゃしゃまは随分と可愛らしゃい。」
「ノベラ様?入って来ちゃったんですか?」
ポルちゃんが弾かれるようにこちらを見た。
「…ごめんなさい。つい…」
「ハハハハ。元気で宜しゃい!」
カーキ色のモンスターが、渋い声で高らかに笑った。
話し方に気になる所があるのは気のせいかな?
「私ゃはモンシャター界で長老をやっとりましゃ、ゴブリンのガシャンダともうしゃましゃ。よろしゃくたのみましゃ」
「ガシャンダ?」
「ホッホッホ、ガシャンダじゃありましゃんて。ガシャンダでしゃよ」
「だから、ガシャンダさん?」
「ホーッホッホッホッ、こりゃまた愉快な事を。」
もう、さ行を『しゃ』と言ってしまうのは分かってるけど、ガシャンダのシャがさ行のどの文字にあたるのかが分からない。
「ガスンダ様ですよ、ノベラ様。」
ポルちゃんがこっそり耳打ちしてくれた。
「ガスンダさん?」
そう言うと、長老は嬉しそうにニカッと笑った。
「無契約召喚をしゃれたようじゃが、こりゃ困ったもんじゃのぅ。」
そう言うと、長老はおもむろに立ち上がり、木と蔦で出来た本棚から、いかにも古そうな茶色に金の刺繍が施された本を取りだし、机の上に置いた。
「どーれどれ、どこじゃったかのぅ?」
パラパラとページをめぐる手は、見た目以上にしわくちゃで、指が異常に細くて、爪も長い。
「おお、あった、あった。これを見てくだしゃれ。」
開かれたページを見ると、見たこともない形の文字が並び、子供が書いたような絵が描いてあった。
「読めましゃんかな?」
「はい、全く。」
「ノベラしゃまの翻訳魔法は不完全なようでしゃな。では、私ゃが読みましゃから、ちゃんと聞いててくだしゃれ。」
そう言うと、どこから出してきたのか小さな眼鏡をかけて本を読み上げ始めた。
「その昔ゃ、かの地にしゃい悪の限りを尽くしゃたモンシャターあり。名を『ラシャトノート』と言う。」
ラシャトノート?
その言葉に心臓がドキリとなった。
私の持つスキルと多分同じ名前。
ラスト・ノート。
謎のスキル。
まさか、それに関係してるとか?
「強大な魔力と、他が扱えぬ特殊魔法を操り、モンシャター界だけでなく人間界にまでその力を振るい悪事を行うラシャトノートを、止められる者は現れなかった。しゃこで、王『アドルフ』は、ラシャトノートの力をおしゃえるべく無限に思える塔を築いた。魔法を使える者は皆、ラシャトノートの力を削る為に力を使い、数多の者達が命をおとしゃた。」
そこまで読むと、疲れたのか、長老は首をグリンと回して、肩をコキコキと動かした。
何だか少し異様な動き。
「ここからが本番じゃよ。」
そう言って私を見ると、再び本を読み上げ始めた。
「ラシャトノートは、特殊魔法を使い抵抗をしゃた。しゃの中に、他者を自在に操る術があった。契約もなく、モンシャターのみならず、人間をも召喚し操る魔法。『無契約召喚』である。これにより召喚された者は、己の意思を無くし、命尽きるまでラシャトノートの為に力を使った。」
そこまで読むと、何故かゴロリと床に横になった長老。
「あ、あの、長老様?」
ポルちゃんが声をかけると、小さなイビキが聞こえてきて、何とも言えない微妙な顔をしたポルちゃんが私を見てきたから、思わず目を反らしてしまった。