転職
「ノベラ、ノベラ・シープフラット!」
「……………」
「コラ!起きないか!」
「…もう少し…」
「ノベラ!起きろ!」
「……まだ……」
「起きろと言ってるのが分からないか?ノベラ・シープフラット!!」
頭の中で知らない女の人の声がする。
何か怒ってるような…。
でもまだ眠い…。
「転職しなくていいのだな!?」
転職?
ああ、転職ね…。
え?転職?
「しる!転職します!」
噛みながら目が覚めた。
そこは見覚えのない世界。
神殿の中なのか、白い壁が四方を囲んでいて、白い柱が6本立っている。
馬鹿な私にも分かる、神聖な場所。
「やっと起きたか、ノベラ・シープフラット。」
少し呆れた様な声の主は、いつからいたのか私の目の前に立っていた。
淡いブルーの、羽衣みたいなベールを纏った、20代半ばにしか見えない美人さん。
「女神、様?」
あまりの美しさに、思わずそう言っていた。
「アハハ。女神とは嬉しいことを言ってくれる。でも、残念だが女神ではない。私は賢者、リリス。ファフアニールの長をしている。」
「……え?大賢者様?嘘?」
何となくだけど、大賢者様は立派な白髭のおじいさんを想像してた。
だから最初、リリス様の言ってることが、聞こえてるのに理解出来なかった。
「お前は正直者なのだな。思ったことがそのまま顔に出ているぞ。大賢者がじいさんじゃなくて残念か?」
「いえいえ、そんな訳じゃないです。けど…」
「私がお前を騙しているかもしれない、と?」
リリス様はクスクス笑いながらそう言った。
私は、図星をつかれて焦ってしまった。
「安心せい。私はこう見えて、今年で65歳のばあさんだ。白髭のこそ生やしておらんが、年だけは重ねておるわ。」
65歳?!
信じられない!
どうなってるの?
「アハハ!お前は本当に面白いやつだな。生まれたときもそうだったなぁ。お前には別の職業が向いていたのに、自らフルートを握りしめて離さなくてな。仕方がないからフルート奏者にしたが、フルートの才能なんて皆無。さぞかし苦労したであろう?」
「自分で?」
「そうじゃ。そんなやつは始めてでな。面白そうだからそのまま握らせておいたわ。」
私、生まれた時から馬鹿だったのね。
「さあ、転職の儀を始めようか。この空間には時間の概念が存在しないとは言え、そう悠長にもしておられんしな。」
「は、はい!宜しくお願いします!」
「うむ、では始めるとしよう。」
そう言うと、リリス様の手から光が発せれ、その光に包まれた。
熱くない、ただ眩しいだけの光なのに、気持ちがどんどん落ち着いてくる。
光の強さが増すにつれ、私の意識が光の中に落ちていく様な感覚になり、リリス様の声が心地よく響いた。
「お前が秘めているスキルは何だ?さあ、私に見せるのだ。」
光が急速に強くなり、目の前が真っ白になった。
もう、ここがどこで、自分がどうなっているのか分からない。
すると、ぼんやりと何かが脳裏に浮かび上がってきた。
「ほぅ、お前、なかなか面白いスキルを持っているな。動物を手懐ける事が出来るスキル。ん?これは何だ?ラスト・ノート?特殊スキルだな。」
「ラスト・ノート?」
「私も初めて見るスキルだ。効果は分からんが、そうそうない能力であることには違いない。さあ、お前はどちらを選ぶ?」
「私は………」
動物が好きで、動物に関わる仕事につきたいと思ってきた。
だから動物を手懐けるスキルを選びたいところだけど、特殊スキルが気になる。
ラスト・ノート。
大賢者様ですら分からない特殊スキル。
危険な香りがプンプンするのに、何故か魅力的に感じる。
「ほう、選んだな。ではお前に新しい職業を与えよう!受けとるがいい!」
光が一瞬青くなり、スーっと消えると、元の神殿に戻っていた。
私は何の職業になったんだろう。
ワクワクしながらリリス様を見ると、リリス様は少し困ったように笑っていた。
「私、何の職業になったんですか?」
「…ダイノパス大陸の最大にして最強の、難攻不落のダンジョンのラスボス。それがお前の職業だ。」
「え?!…え?!」
「私もこんなケースは初めてだ。だが、決まった以上もはや変えることは出来ないのがこの世の理。諦めてラスボス業を勤めあげよ。」
「で、でも、私、普通の女の子ですよ?魔力とかないし、力だって強くないし…」
「その事なんだがな、力は変わっておらんが、魔力だけはとんでもなく増えておるわ。現在のお前の魔力は70000000。それほどの魔力を持つものを、初めて見たわ。」
魔力7千万?何その化け物みたいな魔力?
「魔法も直に使えるようになるだろう。その魔力がお前を守ってくれる。そもそも、ダイノパス大陸の最強ダンジョン、ウォーリアの塔は、未だ誰にも攻略されたことのない、階層数すら把握されてない難攻不落の塔。早々に倒されることもあるまい。」
「でも、ラスボスですよ?出来ませんよ、そんなの!」
「…と言われても、もうどうしようもない。ラスボスも、やってみたら悪くないかもしれん。万が一倒されても、本当に死ぬ訳ではないし、定年までの辛抱だ。51年なんてあっという間だ!」
あっという間じゃありませんから!!
「お前の荷物は、新しいお前の棲み家に送っておいた。両親にも伝言済みだ。月に一度だけ、自宅に帰れる様にアビリティを付けておいた。電話なら毎日しても構わんがな。では、転送するぞ。」
ちょっと待って!
口を開いたのに、声は歪んだ空間には吸い込まれた様に消えてしまった。
そして、目を開くと、見慣れた私の部屋だった。
ただ一つ違うのは、銀の重々しい扉が付いている事。
信じたくない気持ちで、願うように扉を開いたら、そこは薄暗く、だだっ広いフロアーで、大きな窓から見える景色は空のみ。
私、本当にラスボスになったんだ…。
私の馬鹿!大馬鹿!!
何で特殊スキルなんて選んじゃったのよ!!
今更後悔しても遅いのに、私はあの選択を心から悔いて、少し泣いた。
泣き止んだとき、空はすっかり明るくなっていた。