表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠り姫が笑った日  作者: 吉田 琥珀
4/7

思い出ノート

コマカ島は、本島の南部にある知念半島の岬、知念村の沖にある。

俺は、期待と不安の入り混じる中、車で目的地を目指した。



やがて見えてきた知念村の標識。そしてコマカ島への入り口。

船乗り場は急勾配な坂を下ったところにある駐車場の奥にある。


車を降り、船乗り場へ向かう俺の横を、ムチャがパタパタと追い抜いて行く。

船乗り場の向かいには小さな店があり、

奥にはちょっとした食堂っぽいところがある


次の船の出港時間まで10分余り。

俺は、一服して待つ事にした。

ムチャは船乗り場の柵に腰掛けて島の方角をじっと見ている。

潮風に、束ねた髪がサワサワと揺れている。

赤いワンピースは、とちらかというと、こんな場所では浮いて見えた。


何を感じているのか、何を思っているのか、

俺にはわからない。

だが、いつもの仏頂面が少しほころんできたように見えるのは、真っ青な空と海をバックにしているせいだろうか。


間も無く船は出港。


俺たちは、木でできた桟橋を渡って上陸を目指す。

今はちょうど引き潮。

浅瀬では、小さな熱帯魚や珊瑚を見ることができる。


コマカ島は、周囲800メートル程の小さな島だ。トイレ以外は何もない。

それでも、無人島というだけでワクワク感はハンパない。


とりあえず島を一周

写真と照らし合わせながら同じ景色を探す。そして、ひとけの少ない場所を探して砂浜に腰を下ろした。

そのままぼんやりと海を眺め、小さな溜息をひとつ。その後ろに小さな気配。

忘れてた…


「どこ行ってたんだよ」


相変わらず返事はない。

ここは、メインの砂浜から少し離れた所。

遊泳禁止区域ということもあって、楽しそうな笑い声は遠くの方で聞こえている。


…ここでもないのか…?


結構期待してたんた。

この島を思い出した時、すごく心が躍った。

それだけに、落とされた時の衝撃は大きい。


…はぁ〜…


無意識に溜息が漏れる。

ここへ来てもう何回目だろうか。

そう思った直後、

グイっとシャツの襟が後ろへ引っ張られた。


「うわっ! えっ? 何?」


ムチャが背中に何かを突っ込んできた。シャツの中を硬い物がゴロゴロと転がっている。


「痛っ! クソッ お前何入れた!?」


その何かはチクチクと俺の肌を突き刺してくる。物が何かわからないということは、ものすごく気持ち悪くて怖い。


俺はガバッと立ち上がり、その異物を砂浜に落とした。

ふと見下ろすとそこには、


ヤドカリ…


「どこで見つけたんだよ。

っていうか、なんで背中に入れた?

イテェだろ! 素直に渡せよ!」


そんな俺に向かってムチャはツンと顎をあげ

人を見下すような視線を向けた。

俺より遥かにチビのくせに…


「お前…」


本気で祓うぞ!

できもしないことを言おうとしたと同時に、ムチャはクルリと背中を向けて走り去ってしまった。


「あっ! おい!」


まだ少しムズムズする腰をおさえ、


「…ったく、 なんなんだよ」


と、軽く愚痴を言ったが、

いつまでもここにいても仕方がないと、重い腰を上げて戻る気になったのは、このヤドカリのおかげかもしれない。




本島に戻った俺は、そのまま船乗り場の向かいの店へ入った。

朝からあまり水分をとっていなかったため、喉がどうしようもなく乾いていたからだ。


決して新しいとは言えないその店には、音楽なんてかかってない。

聞こえてくるのは、船のエンジン音と、店のおじさんが新聞をめくる時のかさついた音だけ。時間の流れなど忘れてしまう程、静かで穏やかな空間だった。


暫くして、外からキャッキャと賑やかな声が聞こえてきたかと思うと、残念ながら、その声の集団は俺の席の真後ろを陣取った。


最悪だ…


どうやら、次の船が出るまでの時間潰しのようだ。

その話はエンドレスに弾の続く機関銃のように止まらない。


とっとと出よう…


そう思い、半分程残っていたアイスコーヒーをズズッとすすりあげているところに、その声はとびこんできた。



「えっ 何これ…

思い出ノートって書いてあるんだけど」

「え〜 何それ、面白そう!

うちらもなんか書こうよ!」

「オッケー で、何書く?」

「ん〜 彼氏ができますように… とか?」

「はぁ? 何それ、願い事ぉ?

こういうのってそんな効力あんの?」

「わかんないけど、イイじゃん 別に。

こんなの自由なんだから何書いてもアリでしょ!」

「ハイハイ… 藁にもすがりたい…っていう

あれね」

「失礼なっ! もしこれで彼氏ができたら」

「わかったわかった。どうでもいいからもう早く書きなよ。船の時間に間に合わなくなっちゃうよ!」

「ブゥ〜」



彼女達のテンションは全く下がらない。

その声は、俺の耳にも絶え間無く聞こえていた。内容も丸聞こえ… のはずなんだか、俺の耳にはその声が膜を張ったようにボンヤリと聞こえていた。

すぐ後ろから聞こえているはずの声が、部屋の外からガラス越しに聞こえてくるような、

そんなあやふやな会話でしか捕らえられなかった。


眠かった訳じゃない。

興味がないから、という訳でもない。

俺の頭の中には、そんなものなど入る余地もない程、別のモノが広がっていたからだ。

それは、俺がずっと抱えていた霧の中にあったもの



去年の8月の記憶………




「ねぇねぇ 遥くん見て。 思い出ノートだって」


キラキラした目で、愛海はノートを俺の目の前に差し出した。


「ヘェ〜 今時そんなの置いてるとこあるんだな」


興味なんかないですよ、そう言わんばかりに素っ気なく答え、氷しか残っていないグラスの水を、ズズズズッとわざとならしながら飲んだ。

愛海は、そんな俺を知ってか知らずか、暫くの間、そのノートを時々クスッと笑いながら見ていた。


なんか嫌な予感がする…


「ねぇ 私達もなんか書こうよ!」


ホラきた…


「やだよ。書く事んかなんもねぇし」

「なんでもいいんだって」

「やだって、 誰が見るかわかんねぇじゃん」


頑なに拒否する俺を愛海はじっと見る。

そして小さな溜息


「そう言うと思った。いいよ、私だけかくから」


そう言って何やら書き始めたが、ご不満なのは少し尖った口を見れはわかる。


少しだけ胸がチクリとしたが、今更折れるってのもなんか気恥ずかしい。

何も言わずに窓の外の海を見ていた。


間も無くして、


「出来たっ! 遥くん見て!」


そう弾むような声とともに目の前に翳したノートには…


「はぁ? 何それ、恥ずかしっ!

今時そんなの誰も書かねぇだろ」


それは、最近ではあまり見られなくなった

相合傘だった。


「誰も書かないから書くんじゃない」


そこに何の意味が…?


「あっそ… で、名前は?書かねぇの?」

「ウン、今は書かない」

「今はって、じゃあいつ書くんだよ」

「来年!」

「ら、来年?」

「ウン、私、来年もここに来たい。

でね、もし来年二人でここに来れたらその時名前を書き入れるの。そしてまた新しい傘を書いて、その次の年に名前を書くの。

ずっと一緒にいられますようにって」

「願い事かよ… っていうか、毎年ここに来るつもりか!?」



冗談だろ… シャレにもなんねぇ…

心底そう思った。

だけど…


「ダメ……?」


うわっ… その目、やめろって…


「いや、ダメっつうか、なんつーか」


情けねぇ〜 俺…

なんでいっつもいっつも感じんな所で…

毎年沖縄だぞ! いいのか? それで!


「で、でも、来年俺たちが来る前に、誰かが名前書き込むかもしんねぇぞ。

そしたらどうすんの?」


俺はただ軽く、苦し紛れにそう言っただけだった。

ところが、さっきまで少女漫画のようにキラキラしていた愛海の瞳に、すっと影がさした


なんだ…? 今の…


ノートをゆっくり自分の方に引き寄せ


「そっか… そういうこともあるんだ」

「あ? …ああ。 まぁ、なきにしもあらずっていうか」

「……………」


愛海はノートをじっと見つめたまま、暫く何も話してはこなかった。

こんな空気にしてしまった張本人の俺も、何も話さなかった。 いや、話せなかった。

気まずい空気が店内を漂う。


また喧嘩になんのかなぁ。

そんな事を思いながら悶々としていた時だ


「ねぇ 遥くん」

「ん?」

「運命の赤い糸って、本当にあると思う?」

「ハッ? なんだよ、急に。そんな目に見えねぇもんあるかどうかわかる訳ねぇだろ」

「そっか… そうだよね」

「っつうか、お前さっきから変だぞ。

俺が沖縄行き渋った事怒ってのか?」

「じゃあさ、もし」

「聞けよ!」

「もしも本当にそんなものがあるとしたら、

それって、途中で切れちゃう事とかもあるのかな…?」


いつになく沈んだ声だった。


「知らねぇよ…」


俺は、小さくそう答える事しかできなかった

そんな俺に、愛海は言った


「じゃあ、その時は諦める」


たかが相合傘じゃねぇか!

そんな突っ込みなんていれられる空気ではないように思え、俺はまたもや何も言えなくなってしまった。


長い沈黙の時間が流れる。

こんな時、音楽がかかっていないのはとても辛い…

だが、


「よし、決めた! 遥くん、やっぱり来年もここに来よう! ねっ、いいでしょ?」


愛海はいつまでも引きずらない。

ある意味、俺より男前な所がある。

だけど、


「えぇぇぇ〜」


そういいながらも、悪い気はしなかった。





気がつくと、店内はいつの間にか静かになっていた。

陸を離れていく船のエンジン音がする。


そうか…

あの子達、もう島に向かったのか。

そうボンヤリと考えながらゆっくりと視線をずらす。



あった…

このテーブルにも、それはあった。

手書きのメニューの後ろに、決して主張する事なく、偶然気づいた誰かが手にとってくれる時をただ待っている。

そんな気がした。


俺は、ゆっくりと手を伸ばし、何の特徴もない、ただのノートを手にとった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ