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眠り姫が笑った日  作者: 吉田 琥珀
3/7

ナンクルナイサ

翌朝、俺は那覇空港にいた。

おばさんには、昨夜、電話で伝えた。


「愛海を捜しにいってきます」


おばさんは何も言わなかった。


そりゃそうだ。

眠っている愛海を捜しに行くなんてまともな人間の言う事じゃない。


でも、まどろっこしい話をするよりこの方がいいと思った。第一、どういった経緯で沖縄に行く事になったのかをわかりやすく説明するなんて、俺には無理だ。

でも、おばさんは何も言ってはこなかった。


「ありがとう」


その言葉だけを受け取り電話を切った。




まずはレンタカーだな。

足がなくちゃ話にならない。


「えっと、受け付けは…」


辺りをキョロキョロと見回し探していると、


ピッピッ


誰かがシャツの裾を引っ張った。


ん………?


何気に見下ろすと、


えっ!


そこには、髪を二つに束ねて赤いワンピース来た女の子が無表情で俺を見上げていた。


「お前、ついてきたのかっ?!」


いや、むしろ憑かれてる?

一瞬そう思ったが、特に悪意は感じない。


どうする…?


俺は迷った。

だが、憑いて?きた霊を体から離すことは、霊媒師でもない俺にできるはずもなく、


「まぁ、いいか…」


という訳で、一人なのか二人なのか、よくわからない旅が始まった。





俺は慣れない道を走る。

店で一番安い車を借りたため、カーナビは無し。 っていうか、車種が古いってのはまだ許せるけど、今時カーナビがついてないなんてありえないだろ。


途中で止まったりしねぇだろうな…


少々の不安を抱えながらも車は走る。

女の子はちゃっかり助手席に座っている。

じっと前を見たまま何も話してはこない。

俺は、なんとなく気まずくなってこんな事を聞いてみた。


「お前、名前とかってあんの?」


だが、返事はかえってこない。

どころか、何故か少し困ったような顔を

している。

俺は、ハハン…と思い


「覚えてないんなら別にいいけど」


霊の中には、生前の記憶をなくした奴もいるからだ。

そういった奴らは大抵しつこくつきまとい、たちの悪い者が多い。

たとえ子供でもだ。逆に子供だからこそ祓いにくいといった部分では一番厄介かもしれない。俺は、連れてきてしまった事を少し後悔した。


「……………」


再び無言の車内。

だか、大きな交差点で信号待ちをしている時だった。


「……チャ…」


隣で小さく呟く声がした。

俺は聞きとれず、


「えっ? なんか言った?」


すると、女の子はモジモジとしながら、でも大きな声で


「ムチャ!!」

「はっ?」

「名前…」

「あっ そうか。名前か。そうかそうか…

名前ね… へ〜 」


変な名前…


不意に思ってしまった。

と同時に、左頬が小さな指でピリッとつねられた。


「イダッ! 何すんだよ! って、あ…」


そうだ、奴らは人の心をよむ。


「悪い…」


年上としての威厳も何もない。




俺は、とりあえず那覇最大の繁華街、国際通りの近くにホテルをとり、車をおいて徒歩で通りに向かった。


去年の八月に来た時よりも若干人は少ないように思えるが、修学旅行らしき学生で通りは賑わっていた。

その間をすり抜けながら歩く。

何かないか?

糸の先っぽでもいい。

繋がる何かはないのか?

そう自分に問いかけながら。


だが、やはり事はそう簡単には道をしめしてはくれないようだ。

思わす拳にギュッと力が入る。

すると、その拳になにかが触れた。


「えっ…?」


それは、無表情のまま俺の手を握る、ムチャと名乗った女の子の小さな手だった。


「なんだよ、いきなり…」


戸惑う俺の手を、ムチャは引っ張った。

そして、ある店の前で止まったまま動かなくなった。


「何? ここ入りたいの?」


ムチャはコクリと頷いた。

俺は少し考えて


「そうだな。ただ歩いてても仕方ないし、入るか」


ようやく一軒目の店に入った。




その店はどうやら雑貨屋のようだった。

琉球雑貨と呼ばれているもので店内は沖縄色て溢れかえっている。

俺は、広い店内をグルリと見渡し


「成瀬に土産でも買ってってやろうか」


なんて事を考えていると、ムチャがパタパタと店の奥へと走って行ってしまった。


「おい!」


呼ぶ声に振り向きもせずに。


「ったく、しょーがねぇなぁ」


俺も後を追う


「何見てんだ?」


あるコーナーで立っているムチャを見つけた


「ぬいぐるみ?」


それも、犬や猫や熊なんかじゃない。

魚だ。魚のぬいぐるみだ。

熱帯魚や鮫やマンタ。都会の街ではあまり見かけないようなものばかり。

中でも一際目を引いたのは、天井からぶら下がっている全長1・5メートルはありそうなジンベイザメのぬいぐるみ。

それを見た俺は、


……思い出した……


「美ら海水族館か…」


俺は、はっきり言って魚には全く興味が無い

あんな人混みに行くより、砂浜でゆっくり甲羅干しでもしていたい。

でも、愛海がどうしても行きたいと言ってきかなかったんだ。で、結局、俺の方が甲羅干しを断念。

ところがだ。

水族館へ向かう途中、道に迷ってしまい行くことができなかった。


行ってみるか…


次の目的地が決まった。


「おい。水族館に行くぞ」


声をかけ歩き出そうとしたが、ムチャはそこを動かない。動こうとする気配も無い。

ヒトデのぬいぐるみをガン見している。


「欲しいのか?」


一応聞いてみた。だが、ムスッとした横顔は何も答えない。 でも、俺にはその顔が欲しい欲しいと言っているように見えた。


「いいよ。 買ってやるよ」


と言って手にとったヒトデは思ったよりでかかった。だが、俺は気づいていなかった。

こいつにこれを持たせることはてきないんだということに。

だってそうだろ?

人に見えないこいつにこれを持たせるって事は、俺の横ででかいヒトデが宙に浮いてるって事だ。 が、時すでに遅し。

それに気づいたのは会計を済ませた後だった






美ら海水族館は、国際通りから車で二時間ちょっと。

本当なら、沖縄のこの時期は梅雨のはず。だが、そこはこの超スーパー晴れ男の実力か。どうやら今ちょうど梅雨の中休みらしい。

まるで真夏のような青空だ。しかも暑い。


水族館までの道はさほど難しくはない。さっき地図で確認して頭に叩き込んである。

何故こんな簡単な道で迷ったのか不思議なくらいだ。

まぁ、今回は二度目だし大丈夫だろ。

そう思った。




ーーー1時間後ーーー




「迷った…?」


気がつくと、俺はいつの間にかサトウキビ畑に挟まれた細い道を爆走していた。


「オイオイ、嘘だろ? どこで間違えた?」


ユーターンするにも、車が一台やっと通れるほどの道幅しかない。

このまま走るしかなかった。


一応道は舗装されてはいるが、全く知らない土地ゆえ、いったい何処に出るんだろう、と思うと、まるで初心者のようにハンドルを持つ両手には汗が滲んでいた。


ところが、目の前に見えてきた雑木林を目にした時、俺は、突然デ・ジャ・ヴのような感覚に陥った。

いや、デ・ジャ・ヴなんかじゃない。

俺はこの場所を知っている。


「ここ、去年迷い込んだ所だ」


信じられないような話だが、俺はあの日と全く同じ場所を走っていた。


「確か、このまま行くと小さな砂浜に出るんだっけ」


いつしか、俺は期待にも似た思いにとらわれながらアクセルを踏んでいた。





短い雑木林を抜けるとその先はT字路になっており、その先に海はあった。

人の気配はない。

誰かが砂浜を歩いた形跡も見当たらない。

聞こえてくるのは、穏やかな波音と、遠くを走る船のエンジン音だけ。

ゆっくりと形を変えていく雲がなければ、まるでここだけ時が止まったようだ、


そんな小さな砂浜を見渡した。


「やっぱりそうだ。 ここ、去年来た所だ」


そう確信したのには訳がある。

それは、岩。

ここの入り江には大きな岩場があって、その形が海亀にそっくりなんだ。



「確か、ここを左に行くと民家があったな」


霧のかかっていた記憶が少しずつ晴れてきたような気がした。

ムチャはその後をテクテクとついてくる。


やがて、道を進むこと約五分。

沖縄民家特有の赤煉瓦が見えてきた。


観光地としてメジャーな国際通りと比べて、同じ沖縄でもここは前から水牛でも歩いてきそうな、相当ディープな所だ。

まるで異国。


「そういえば、この先の民家の前にお婆さんがいて…」


言いかけて、俺は足をピタッと止めた。



…いた…



家の周りは頑丈そうな石垣で囲まれてはいるが門扉はない。 代わりに、門の奥にこれまた石でできたついたてのようなものがある。

石垣の上には魔除けの神、シーサー

その石垣の前に置かれた古い長椅子に、おばあは一人で座っていた。

あの日もこうやって座っていた。

多分、同じおばあだ。

あの時も履いていた派手な黄色いサンダルがその証拠。


俺とムチャはゆっくり近づく。

おばあは全く動かない。

寝てるのか? 起きてるのか?

しわくちゃの顔にうもれた目はあいているのかどうかもわからない。

そもそも人間なのか?

もしかしたらもうすでに…


さらに近づく。

すると突然


「あいや〜!」

おばあが驚きの声をあげた。

「ええっ!」

俺も驚きの声をあげた。


少しの間、俺たちは固まったままだれも動かなかった。

ゴクリと唾を飲み込む俺。

そんな俺に、おばあは意外な事を言った。


「兄さん… あんた…」


おばあはまたもや動かなくなった。

でも、生きている事はわかった。


「俺の事、知ってるんですか?」


そう尋ねた俺に、おばあは言った。


「知らん」


「へっ?」


ボケているのか?

そう思ったが、その理由はすぐに明かされた


「あんたの事は知らんが、あの娘が教えてくれたさ」


あの娘? 誰の事だ? なんて、考えるまでもない。


「あの娘って、もしかして愛海?」

「ああ、なんかそんな名前やったなぁ」

「あいつもここへ来たんですか?」

「来たさ」

「それって、一ヶ月くらい前の事ですか?」

「それくらいになるかのぉ」


やはり愛海は沖縄に来ていた。


「そう…てすか…」


あの日、どっちのせいだ!なんて言い合ったのは無駄だった訳だ。きっと、どっちが運転しててもここへ来たんだろう。


「まぁ座れ」


おばあはチョイチョイと手招きをした。

そして、


「ほら、そこの嬢ちゃんも」


ええっ! もしかして、見えてるぅ〜!?


かなり動揺したが、失礼します。と言って、おばあの隣に座った。ムチャもその横に座る



「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「ん?」

「愛海は何をしにここへ来たのか言ってませんでしたか?」


おばあは肩にかけたタオルで顔を拭きながら少しの間何かを考えているようだった。

そして言った。


「確かめに来た、とか言っとったようだが」

「確かめに? 何を?」

「さぁなぁ、そこまではワシにもわからん」

「そうですか…」


そう言ってうつむいた俺に、おばあは言った


「あの娘は元気さね?」

俺は、突然の、でも当然の質問に、一瞬たじろいだ。うつむいて返事をしない俺の顔をおばあは心配そうに覗き込む。


「ん? どした?」


俺は、包み隠さず、一ヶ月前、愛海が事故に遭って今も眠ったままだ、という事を伝えた

聞き終えたおばあは、申し訳なさそうに

「そうか…」と、言った。

そして、何も話さなくなった。

二人の沈黙は暫く続き、その静けさは、遠くで聞こえる波の音と、海鳥の声が補っていた


暫くして、おばあがポツリポツリと話を始めた。


「あの娘はいい娘さ。本当に優しいいい娘さ

ワシは足が悪い。だから、ほとんどここから出ることはないと言うたら、あの娘は自分の撮ったいろんな写真を見せてくれよった。

そん中にさ、あんたがいっぱいおった」

「俺が?」

「ああ、こんなおばあでも顔を覚えるくらいたぁくさんな」

「そんなに… ですか…」

「ああ、そんなにさ。 この兄さんはあんたのいい人かぁ?と聞いたら、なぁんも言わんと笑っとったなぁ」


どういう事だ?

あいつは俺にーサヨナラーと言った。

足を止める事もなく、振り向きもせずに。

その翌日に笑いながら俺の写真を人に見せるって、いったいなんだ?

謎を解くどころか、さらにわからなくなってきてないか?


「あの、愛海はその後何処へ行ったかわかりませんか?」

「さぁな」

「そうですか…」

「兄さんはこの後どっか行くんか?」


…忘れてた…


「ああ、はい そろそろ行きます」


そう言って立ち上がり

「どうもありがとうございました」

と、頭を下げる俺に、おばあは言った。





「ナンクルナイサ」





俺は顔を上げられなかった。

喉のおくからこみ上げる熱いものを飲み込むので必死だったから。


車に戻った俺は、さっきのおばあの言葉を思い返した。そして、

なんとかなる……のかなぁ、と、ちゅうぶらりんの気持ちのまま、美ら海水族館へ向かった。







ホテルに戻った時には、すでに八時を回っていた。

結局、水族館ではこれといった何かを得る事はできなかった。

一通り回った後の感想といったら

ジンベエでけぇ…

こんなもんだ。


シャワーで汗を流し、乾いた喉をミネラルウォーターで潤す。

時計の針はもうすぐ十時を回ろうとしている

体は疲れていた。眠気も少しさしてきている

だが、このまま寝る気にはなれなかった。


「ムチャ、海行くぞ!」


再びホテルを離れ、車で近くの砂浜へ向かった。

月が出ているとはいえ、ひとけのない夜の海は不気味で、不規則な波音をあげながら真っ黒に揺れていた。

昼間とは別世界だ。


ザッ ザッ

と音をたてる砂浜。

ここの砂浜の砂は少し粗いようだ。

ビーチサンダルに入り込んできた砂が足を刺して痛い。波打ち際までいくのもなんかダルい。 早々に腰をおろした。


俺は膝を抱えて黒い海を見ながら波音を聞いていた。その横ではムチャが砂を掴んで遊んでいる。そんな姿を見て、ふと思った。


「なぁ、俺になんかしてもらいたい事があったら言えよ。 このままこの世に居続けるのもよくないと思うぞ」


そう諭すように言ってみたが、どことなく寂しそうにうつむいた横顔は何も答えない。

そこで…


「よしっ… おいっ! 砂集めろ。

山作るぞ!」


俺がそう言うと、ムチャはパッと顔をあげ、早速周りの砂を集め始めた。


砂遊びなんてしたのは子供の頃以来だ。


「もっとたくさん集めろよぉ トンネル作るからなぁ」


山はどんどん大きくなる。

そして、しゃがんだムチャとちょうど同じ高さになった時、気がついた。


「お前さぁ、こんな時くらい楽しそうにしたら? まぁ、幽霊に楽しそうにしろって言うのもなんか違う気がするけど、俺と会ってから怒るか膨れるかしかしてねぇじゃん。

どうしてほしいかも言わねぇし、笑うどころか歯も見せねぇし、憑く相手間違えたんじゃねぇの?」


そう言って穴を掘り始めた。

どうせ、また無反応だろ…

と、思ったから。

だが、


「そんなことない!」


「っ!!!」


これには驚いた。

ビクゥッと跳ねた体は山に突っ込んだ手を道連れにした。

半分近くまで掘り進んで山は、跳ねた腕によって無残に崩れ落ちてしまった。


「あ〜」

「あ〜 じゃねぇよ! いきなりデカイ声出すな!」


目の前にはすでに山とは言えない砂の塊。

今の自分と重なった。

「あ〜あ」

と、そのまま後ろへ倒れこんだ。


もう少し計画を立ててから来るべきだったのか? そう、今更ながらの事を思うと、もしかしたら、このまま何も得る事無く終わるのかもしれない、という不安を拭い去ることはできなかった。





暫くして、


「ケツ、痛ぇ…」


そう感じるようになった俺は、寝転んだまま、ガサゴソと後ろのポケットに入れていた愛海のスマホを取り出した。


「そぉいや、写真まだ全部見てなかったな」


電源を入れ、写真を画面に写しだした。

その中には、あのおばあの砂浜も写っていた

もちろんあの岩場もだ。さっき見てきたばかりだというのに、何故か遠い昔のもののように思える。

俺は、暫くぼんやりとその写真たちを見ていた。

ところが、ある写真を目にした時、胸の中で何かがザワザワと騒ぎだした。

砂を巻き上げながら起き上がり、食い入るように写真を確認する。

それは、どこかの島の様子だった。


どこだっけ…ここ…


確かに島へは行った。でも、それ以上は思い出せない。


なんて名前だっけ…

もどかしくてイライラする。

そんな俺を解放してくれたのは、写真にアップで撮られていた一匹のヤドカリだった。


「あ… これ、コマカ島だ…」


その島は、ドライブ中たまたま見つけた無人島だった。

本島から船が出ていて、小さな島だけど、アクセスの良さから、夏にはかなり賑わう島だ


愛海はどこかで小さなヤドカリを見つけてすごく喜んでいた。

のんびりと過ごす事が好きな俺には、なかなか都合のいい身代わりだった。

愛海の写真は、このコマカ島で終わっていた


次の目的地が決まった。



「ムチャ、明日は島に行くぞ!」


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