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眠り姫が笑った日  作者: 吉田 琥珀
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眠り姫

今、俺の目の前には眠り姫がいる

五月の日差しに包まれながら

静かな、とても静かな寝息をたてながら。


でも、無邪気な寝言を言ったりシーツに包まったまま寝返りをうつことはない。

なぜなら


ここは、病院だからだ


愛海まなみが眠っているのは、真っ白いだけの壁に囲まれた病室のベッドの上。

余計な音も、色も、何もない

ただ白いだけの世界。

それが今の俺たちに許された唯一の場所。


最近の病院は、菌だかなんだかの感染を防ぐために花の持ち込みを禁止している所が多くなっているそうだ。

ここもそのうちの一つ

まぁ病院だからそれが当たり前なのかもしれないけど、ー殺風景ー という言葉がこれほど似合っているのもいかがなものか。


愛海は

もう一ヶ月もの間、こうやって眠り続けている


身体からのびている細い管さえなければ、

本当にただ深い眠りについているだけのようたが、いくら手を握ってもその手からは何も感じない。


ピクリともせず、どれたけ強く握り締めても決して応えることはない。

俺が手を離すと、パタリとその手は落ちてしまう。


彼女の時間は、桜の乱れ咲く満開の春から止まったままだ。


一ヶ月前のあの日、愛海のおばさんから電話がはいり、愛海が事故に遭ったと告げられた


そして、仕事をほっぽりだし病院へ駆けつけた俺を待っていたものは、俺の服を掴んで泣き崩れたおばさんと、耳を疑いたくなるような現実だった。


警察の話によると、愛海は、道にうずくまった子猫を助けようとして車にはねられたらしい。

俺が愛海と最後に会ったのはその二日前。

医師の話によると意識が戻る確率は50%


もし、万が一このまま戻らなけれは…


まぁ、そういうことだ。


ちなみにその時助けられた子猫は俺が引き取ることにした。

とは言っても今は会社と病院の往復生活のようなもの。とりあえず友人に預けている


「そういえばまだ名前つけてねぇな」


なんとなく猫の名前を考えはじめる。

でも、猫の名前なんてタマくらいしか思いつかない。

いっそポチにでもしようか…


コンコン


無音の世界に響くノック音


静かにドアを開けて入ってきたのは愛海のおばさん


遥人はるとくん、いつもありがとう」


売店で何か買ってきたのだろうか

手に大きな袋を提げている


確かまだ50代前半のはずたが、心労のせいかノーメイクのせいか、その両方か

年齢よりも上に見える

父親は小さい頃、癌で亡くなったそうだ。


愛海が事故に遭う前のおばさんは、休みの日でさえ化粧をしているほど、身なりには気を配る人だったはず。

それが僅か一ヶ月でここまで変わってしまうものなのだろうか。

いや、そうなってしまうのも無理はない。


女手一つで大切に育ててきた一人娘が

ある日、突然眠りについたまま戻ってこなくなったんだ。

おばさんの心情は俺なんかの想像をはるかに超える程の痛みと苦しみに襲われていることだろう

でも、おばさんはそんな素振りなど微塵もみせない


「全く、この子ったらいつ起きるのかしら」


そう優しく語りかけた

そして、パイプ椅子に腰をおろすと、伸ばした右手で愛海の頬を撫でた

まるで生きていることを確かめているかのように。

いや、確かめているんだ

それ程、彼女の眠りは静かだった。


「昔からそうだった。後先考えずに突っ込んで年中手足は傷だらけ。それでもいつだってただいま!って帰ってきたのよ。いったい何処まで遊びに行っちゃったのかしらね」


優しさから滲みでるなんともいえない寂しげな表情はただでさえ無力な俺から言葉を奪った


50%の確率なんて、

いったいどっちなんだよ!って言いたくなるような数字だ


大丈夫です。きっと帰ってきますよ。

なんて、へんな期待をもたせるようなこと

俺には言えない


「……………」


無音の世界が耳を刺して痛い


その空気を読みとったのか


「そろそろ身体を拭いてあげなくちゃ

遥人君、悪いんだけど少し外で待っててくれる?」

「はい」

力無く返し、ドアへむかいだした俺を

「ねぇ 遥人君」

おばさんは呼び止めた

でも、振り返りはしない

「後で話があるんだけど、イイ?」

静かな言葉だった

俺は背中を向けたまま

「はい」

とだけ返し、部屋を出た






時計を見るとちょうど昼の1時だった。

腹は減っている。でも、何かを食べたいという欲求はわいてこなかった。

俺は、病院の屋上のベンチで一人煙草を吸っていた


今日は雲ひとつない快晴

とても見晴らしが良く気温もちょうどいい

だが、今の俺にとってはこれ以上ないほどの嫌味な天気だ


小さな街だからこんな高層ビルでもないような所からでも街は一望できる

特急電車は止まらない。

人に自慢できるような施設も店舗も祭りも何も無い


「ほんと、つまんねぇな ここは…」


ボソっと呟き二本目の煙草に火をつけた


日曜日の昼下がりの公園は、たくさんの親子連れで賑わっていた

俺は、そんな平和を絵に描いたような光景をただただ、真っ白な頭で眺めていた。


煙草はチリチリと赤く燃えすすみ、気がつくと半分が灰になって落ちていた

俺は、最後の一吸い、と思いきり煙を吸い込んだ。そして吐き出そうとしたまさにその時


「ダメだよ」


突然、背後から聞こえてきた声に、俺の身体は大きくビクっと揺れ、その拍子に煙草を落としてしまった。その上


フグッ! ゴホッ ゴホッ ゴホッ!


激しくむせた。 最悪だ…


咳こみながらも落とした煙草を足でもみ消す

そして後ろを振り返った

そこで涙目の俺が見たものは、瞬きもせず

睨むようにこちらをみている小さな女の子だった。

いったいいつからいたのだろうか。

多分、小学一年生か二年生くらい。

肩より少し長い髪を二つに束ね、赤いワンピースを着ている。入院患者ではなさそうだ


ビックリさせんなよ!

そう言ってやりたかったがこっちは咳こんでてそれどころじゃない

そんな俺を見てもその子は全く無表情


「何言ってんの? お前」


なんとか振り絞った言葉にも無反応

女の子は眉ひとつ動かさず、その場から離れようともしない。

ワンピースの裾が風で揺れてなければ、まるで静止画でも見ているようだ


「ダメってなんの事だよ」


しわがれた声で問いかける。

だが、やはり応えは返ってこない。

俺は背中を向けた。


そのまま風と時間だけが流れていった


数分後、俺はフッと息を吐きこう言った


「…って、ごまかしても無駄か」


何故、俺がそんな事を言ったのか。

それはこういうことだ。




「お前、人じゃねぇな…」




俺は、いわゆる霊媒体質ってやつらしく

物心ついた時にはすでにいろんなものが見えていた。

その頃は人と霊の区別がつかなくて、当たり前のように話しかけていた。

そんな俺を心配した親が病院に駆け込み、見えているのは自分だけなんだ、と知った。


あれから20年余り

当然、今はわかる。

しかもここは病院。こんな奴の一人や二人いても不思議じゃない。自然なことだ。


奴らは人の心をよむ


「俺がどうしようとお前にはカンケーねぇだろ。死にたいって思って何が悪い

っつうか、お前、どっかいい死に場所

知らね?」


俺は投げ捨てるように言った

こんな歳端もいかないような子供にだ。

でも、こいつは人じゃない。

どうでもいいんだ。どうでも…


しばらくして、ようやく女の子は二言目を口にした。


「どうして死にたいの?」


だが、この質問に俺は応えなかった。

人ならぬこんな子供に話したところでどうにかなるものでもないし、何よりもう面倒くさかった。


俺は、新しい煙草を取り出した。

だが、火はつけない

そして、そのまま女の子の事は無視する事にした。

霊と関わっても何の得もない、と知っていたから。


ところが、いつまでたってもその気配は消えない。俺はだんだんイラつきだしていた。

だからこう言ってやろうと思った。


もういいだろ! 一人にしてくれ!


だが、この言葉は女の子の言葉によって打ち消された


「大丈夫」


「はぁ⁇」


当然、その言葉の意味などわからない


「お前、何言ってんの? うっとおしいからいい加減あっち行けよ! 祓うぞ!」


結構凄んだつもりだ。

だが、そこは人ならぬ者の強さなのか、

女の子は全く怯む様子もなくこう言った


「まだ繋がってる。少し傷ついてるだけ」

「繋がってる? いったい何の事だよ。

訳わかんねぇ事言うな!」

「糸…」


………糸?


やっぱりわかんねぇ。


「ほんと、もう勘弁してくれ。

今は一人になりたいんだ」


そう言って背中を向けた俺に、

女の子は言った。


「思い出して…」


何故かその言葉だけが浮いたように聞こえた

耳からではなく、頭の中に直接語りかけてくるような。

その不自然さに脳がピクリと反応をしめし


「えっ 何?」


とっさに振り返ったが、そこに女の子の姿はなかった。

霊を見ることには慣れているつもりだったのだか、夢でも見たのか? そう思わずにはいられないような不思議な感覚を覚えた出来事だった。



俺は

だらしなくベンチにもたれかかり、さっきの煙草に火をつけた。

煙が風にのって通り過ぎていく。

俺は深く煙を吸い込んだ。

そして、目眩がしそうなほど深く澄み渡った青空にむかってゆっくりと吐いた。

そのまま空を見上げ



「限界…なのかな…」



そう、ポツリ呟いた


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